屁風俗

北見崇史

屁風俗

 風俗店{スターライト}は、ススキノから西方面に向かい、繁華街の端にあるのっぽビルの四階にあった。

 降雪の中を平岸から歩いてきたので、そのビルに着く頃には凍える寸前となっていた。あえて徒歩を選択したのが、地下鉄かタクシーという選択肢もあったかな。これから風俗でインモラルな遊びに浸ろうとする前である。心の邪な部分が表情に出ているような気がして、そのマヌケ顔が赤の他人に見られるのがなんとなく嫌だったんだ。

 すこぶる寒くはあったが、雪の降る夜をただひたすら歩くのも乙なものだ。踏みしめる新雪が軽くて重力を感じさせず、まるで宙に浮いているような気分になったりする。不埒な行為に耽溺するのに、足取りがこんなに軽快でいいのかと後ろめたさを感じてしまう。

 煌びやかな都会の星空を眺めながら、お目当ての雑居ビルに入った。エレベーターは使えないので、狭苦しい非常階段を上る。しばらく氷点下に晒されていたので、早く温まりたかった。風俗店の小さなドアを開けると、ふわっと独特の臭気に包まれた。夢見心地のまま受付と対面する。

「本番、お触り、おしゃぶりはナシ。もちろんアナルセックスもだよ。オナニーはいいけけど、嬢にぶっかけたらダメ。違反したら、すぐに叩き出すからね。うちのケツモチ、けっこう怖いよ。ヤバいから」

 受付のオバサンからのアドバイスというか、厳守しなければならない事項を頭ごなしに説明された。毎度のことだけど、同じ口上を黙って聞くのが面倒くさい。俺は常連客なので顔は知っているはずなのだけど、今晩もこの脅迫を省くことはなかった、

「うちは屁だけだからね。よけいなことをしたかったら、ほか行きな」  

{スターライト}のサービスは、風俗店としてはかなり変わっている。

 本番行為が禁止なのはもちろんのこと、オーラルやお触り、舐めることもダメだ。もちろん嬢が客にすることもない。許可されているサービスはただ一つで、それを性行為と呼んでいいのかは微妙なところだが、淫靡な範疇でもかなりディープな内容であることは間違いない。

 いつものように、オバサンの後についてゆく。薄暗い廊下を歩いていると、胸の鼓動が強くなる。今日の嬢はどんなのだろうと期待しているのだ。

 俺は、あえて予約や指名はしない。顔見知りとなって気心が知れるのは楽なのだけれども、やはり多少の緊張があったほうがいい。

「はい、今日はここだよ。嬢にはやさしくするんだよ」

 七番のドアの前に案内された。オバサンは不貞腐れたようにドンドンと床を踏み鳴らして行ってしまった。これもいつものことであって、苦笑いしながら見送った。

 トントンとノックした。「いらっしゃいませ」と返ってきたので、そろりとドアを開けて中に入った。

 三畳ほどの狭い部屋だ。廊下の照明より多少明るい程度だ。嬢は正座して出迎えてくれた。

「お、今日は若いなあ。まさか未成年じゃないよな」

 目の前の嬢はずいぶんと若いが、顔は良くて当たりである。美人というより可愛い感じだ。

「十八」

 よく訊かれるのか素っ気ない言い方だった。

「学生さんかな」

「高校生だよ。学校にはあんまりいってないけど」

 わざわざ女子高生という身分を明かすのは、そうであることに価値を見出す客が多いのだろう。

「どういう感じでやる?」

 目上の男性に対してタメ口なのは萎える要素だが、可愛さと若さに免じて目をつむることにする。二十歳未満の嬢は初めてだ。しかも、十八歳の女子高生は僥倖でもある。

「四つん這いになってくれないか」

「オプション付けないの」

 オプションは別料金が発生する。嬢は稼ぎになるので当然のように勧めてくる。いつもは頼まないのだが、今日は鼻だけではなくて目でも愛でたいと思った。

「じゃあ、ヘッドライトで」

 追加分はあとでオバサンに払うことになる。どれくらいか訊くのを忘れたが、けっこう高いだろう。  

「これ、あんまり明るくないな」

「あたしさあ、光過敏症なんで強くしてないから」

 手渡されたヘッドライトを頭に装着してみるけど、明るさが心もとない。日光を浴びると湿疹になったりする人がいるけど、ヘッドライトくらいの微弱な光でもダメなんだな。冬の札幌は曇りの日が多いのだけど、それでも難儀しそうだ。

「あ、いま出そう。お腹が張ってきた」

 嬢がいそいそと四つん這いの姿勢になって、尻をこちらに向けた。黒いスパッツは、肛門の部分だけが丸く切り抜かれている。ちなみに上半身はタイトなTシャツだ。 

「出る出る出る。けっこういいやつきてるから、早く早く」

 いきなりの開始宣言である。もう少しトークを楽しんでからサービスを受けたかったが、出もの腫れものところかまわず、というように、生理機能は往々にして制御不能なので仕方ない。 

 女子高生嬢の肛門はスッキリとした印象だ。LEDの光で微妙な色合いを識別できないが、いかにもこじんまりとして小さくて、皺のきざみも深くなく、くぼみが浅くて可愛い。俺の鼻が高くなくてよかったなと思いながら、その穴を塞ぐように顔を押しあてた。

「いくよ」と声がかかった。

{ブフェ}ときた。

 う~ん。

 乾いていて軽めの屁だった。風圧はあったが、ニオイがそこまでない。少しイモ臭く、それよりもスパッツの生地を通過して、もわっとくる尿臭のほうが強かった。

「どう?」

「そんなんでもないかな」

「お昼にけっこうヘビーなもの食べたんだけど、飲み物が足りなかったかなあ」

 屁風俗の嬢たちは、屁を出すために特別調合の発酵ジュースを飲んでいると聞いたことがある。屁を客の顔に浴びせる仕事なので、ガスが出ないことには稼ぎにならない。職業的な努力は欠かせないみたいだ。

「あ、きたきた。今度のはいいんじゃないかな」

 二発目の到来である。一時的に女子高生嬢の尻に埋めていた顔を離していたが、再びめり込ませた。だけど予感とは裏腹に屁はなかなかやってこない。仕方なく肛門周囲の臭気を嗅いでいたが、若さのためか、もの足りなさを感じた。これが熟女ならば目に沁みるくらい臭いだろうと想像していたら、唐突にきた。 

{ブッフォ、ブッフォー、ブピピピピー}

 前半の二連発は鼻腔の奥にある肉ひだを震わせるほどの勢いがあって爽快だった。後半部分は程よい濁りと湿り気があり、赤ん坊のオシメみたいな臭いに、「オエッ」と吐きそうになった。なかなかに高品質であり、★四つをあげたい。

「いいあんばいに臭くてよかったよ」

「でしょ、でしょう」

 褒めたら調子よくなったのか、それから十発ほど屁を出した。

「ちょっと時間を置くね」

 腸の中に屁を充填させるために休憩となった。この時間は嬢とのおしゃべり時間となる。話が弾んで楽しい時もあれば、言葉がかみ合わないこともある。

「おじさん、なにやっている人?」

「なにもやってないんだ。無職だよ」

「ウソ。だってお金持っているじゃないのさ」

 無収入だったら、そもそも風俗店には来られないからな。

「生活保護費をもらっているからね。お上はありがたいよ」

「へえ、そうなんだ」

「・・・」

「・・・」

 ここで会話が止まった。相手は高校生なのに、いらぬ気をつかわせてしまったようだ。ウソでもいいから、公務員とかテキトーなことを言えばよかった。

「宇宙飛行士になりたくてね。一生懸命勉強して、体も鍛えていたんだけど選考に落ちてしまったんだ。それからなんにもやる気が起きなくて、けっきょく何もしてないんだ」

 自分を大きく見せようと、くだらないプライドが出てしまった。言ってしまってから失敗だったと後悔した。 

「へえー、宇宙飛行士ってスゴイじゃん。だって宇宙を旅するんだよ。頭良くないとできないっしょ」

「いや、だから、選考に落ちてしまったんだよ。結局無職でさ、ハハハ」

 この話題を続けるのは気まずいと思っていたら、タイミングよく催してきたようだ。

「キタキタ、こんどのは今日一だわ。ほら、おじさん早く」と言われて、すぐに嬢の割れ目に鼻を押しつけた。

{ぷぴっ}ときた。

 デカいやつを予想していたけど、幼児みたいな屁だった。ほのかなウンチ臭であって、肛門周辺の残臭と区別がつかない。屁を満喫するには、いかにも力不足だった。

「今日はこれまで。こんどは指名してよ。ロングだったらいっぱい出せるから」

サービスが終了となった。

 いつもはニ十発以上浴びるから、今宵は少なめだった。女子高生の体はまだまだ成長過程であって、そんなに出せないのだと考えるとクレームをぶつけるわけにもいかない。少ない屁なれども若さがあって、それとなく満足できた。次の来店時は指名しようと思う。


 翌日の夜も平岸街道を通ってススキノまで歩いた。張り切って入店したが、女子高生嬢は接客中とのとこで指名できなかった。仕方がないので待機している嬢にした。

「いらっしゃいませ」

 三十を越えてはなさそうだが若くはなかった。受付のオバサンいわく、ベテランだそうだ。面長の顔が和風でいい感じである。

「どんな姿勢がいいですか」

 おしゃべりなしで早々にサービス開始となった。たしかにベテランっぽいな。

「ええーっと、じゃあ四つん這いで」

「じゃあ、どうぞ」

 ぐっと突き出した尻はデカかった。紫のスパッツに丸い穴が開いていて、そこの部分はもちろん肛門である。ヘッドライトのオプションをつけていないので、そのすり鉢の構造はほとんど見えないのだが、肌感覚としてなんとなく把握できた。皺の彫りこみが雑というか、昨日の女子高生嬢と比べると加齢感があった。

「では」

 慎重に顔を寄せて、尻の谷間に鼻を沈めた瞬間に{ブッフォ}ときた。

「うげえっ」おもわず呻いてしまった。

 臭かった。なまら臭かった。

 ドロドロに腐ったイモと、キュウリを数百倍に濃縮したみたいな青臭さが吐き気を誘った。ベテランらしい屁臭であり、最初の一発目で虜となってしまった。

「まだまだ、たのむよ」

「はい、どうぞ」

{ブベッ}ときた。

「うっげー、臭い。これはいい。すごくいいよ」

{ブフォッ、ブフォー、ブペペ、ベポッ、ブベバッ、ブッボ、ペ、ッペ、}

 ベテラン嬢のプロフェッショナルなサービスが絶え間ない。女子高生嬢の軽くて若々しい屁も良かったが、それと比べてこの嬢の屁は重く、イヤになるほど臭くて、音色も下劣だ。緩急をつけて、飽きさせないようにしている点が見逃せない。

 さらに、わざと拭き残しているのか、肛門周辺にこびり付いているウンチ滓の臭さがツーンときた。吐きそうやら苦しいやら切ないやら、なんだか複雑な心境になってきた。なぜか懐かしさまで感じてしまった。

「いや~、よかったよ。素晴らしかった」

 賞賛の意を込めて、ベテラン嬢の尻をペシペシと叩いた。 

「お客さんは宇宙飛行士の人ですよね。ミクちゃんが言ってましたから」 

 昨日の女子高生嬢はミクという名前だった。控室で俺のことをネタに話をしたらしい。

「いや、宇宙飛行士を目指していたけど、結局ダメだったんだ。そう話したつもりだけども」

 間違った認識を訂正しておく。俺はお上から保護費をもらっている身分でしかないんだ。

「宇宙船に乗って、どこまで行く気だったんですか」

 そう訊いてくる時でも、{ブベベベビィー}と、ナイスな屁を出してくれていた。 

「目的地は、プロキシマ・ケンタウリっていう赤色矮星だよ」

「遠いんですか」

{プス~}ときた。

「うげえー、臭え~」

 古今東西、すかしっ屁は容赦なく臭いというのは常識だが、この屁はさらに熱さがあった。ニオイの乗数効果が発揮されて、ふつうのよりもさらにキツい。肺どころか脳ミソまで黄色く濁ってしまう。

「地球から4.3光年だったな。その恒星を周回する惑星を調査するのが目的なんだ」

「けっこう近いんですね」

「いや、新開発の量子エンジンを搭載した恒星間宇宙船で。最大限に加速しても片道四百七十年はかかるんだ」

 そろそろ強い屁圧がくると緊迫していたら、ベテラン嬢はスカしたことをするんだ。

「いま、ちょっと溜めていますから、お尻のニオイでも嗅いでいてくださいな」

「ああ、そうか」

 連発し続けたために、ガス欠となったようだ。腸内に屁をチャージする間が必要となる。沈黙は気まずいなあと心配していたら、会話を切らさないように話題をふってくれた。

「何百年の旅でしたら、もう奥さんには会えませんね」

「宇宙飛行士はコールドスリープ状態だから年を取らないけど、地球ではふつうに時が過ぎるからね。よくよく考えてみれば選考に落ちてよかったんだ」

 ベテラン嬢の肛付近に汁みたいのが分泌されていて、そいつが鬼臭い。基本はウンチ滓臭なんだけど、体臭やら汗、垢やらが足されてエゲツないんだ。つねに生温かく湿っていて、いいあんばいに熟成されていた。屁を愛でる者にとっては、まさに玉石混交なんだよ。クセになってしまい、割れ目から鼻が離せない。

「お客さんの担当は何でしたか」

「パイロットだよ。軌道を周回する母船から切り離されて地表に着陸するランダーのパイロットだったんだ。まあ、そんなことは夢物語なんだけど。いまの俺はただの無職で、平岸からススキノまで歩いてくる貧乏人だから」

{プフェ~}と小さな屁がきた。

 気をつかってくれたのか、尖った臭気ではなくて角がとれた丸っこいニオイだった。幼稚園児の屁みたいな柔らかさがあった。

「着陸は上手くいきましたか」

「うう~ん、どうなのかな。出発してから数百年たっているから、もう到着しているのかもしれない。惑星グリーゼbへの大気圏突入はオートパイロットだけど、地表付近は嵐がすごくて手動で着陸させるんだ」

「すべての惑星を調べるのですか」

 ベテラン嬢の肛門に鼻をくっ付けているので、けっこうしゃべりづらかった。少し顔を上げればいいのだけど、そうするとニオイが嗅げなくなってしまう。もったいなくて離せないんだ。

「ハビタブルゾーンの惑星だけだね」

「太陽に近いほうには行かないのですか」

「あの星は潮汐ロック状態なんだ。半面が常に赤色矮星に固定されて焼けただれているし、もう一方の面は凍りついているし」

「でしたら、境目付近はちょうどよい天気なんですね」

 肛門がモヘ~、モヘ~と、何度もせり出していた。屁を出そうと力んでいるようだが、充填不足で発射できない。ただ肛門の穴が開くたびに、もわ~と屁臭が洩れだしてくるので、それがまたいいんだ。

「いや、そうはならないよ。焼けた面からの対流が凄まじいから、嵐がひどくて住めたものじゃない」

「そうなんだ。ひょっとしたら住める環境かと思っていたのに残念だわ」

{プピ}と、極小の屁がきた。僅かでも残さぬよう鼻から大きく息を吸った。ちょっとの量でも十分に臭かった。

「このお店に通っているのは、奥様にナイショですか」

 俺は平岸にある1DKのアパートで独り暮らしだ。生活保護費が振り込まれたら、この風俗店まで歩いてきて、嬢たちの屁を楽しむしか能がない男なんだ。

「あいつは、もう死んでるよ。数百年も前に、きっと死んでいるさ」

{ボッファーーーー}

 ものすごく大きな屁がきて、風圧で顔が押されてしまった。鼻だけではなくて口の中にも入り、えもいわれぬ味がした。嘔吐の初期微動をなんとか抑え込んだ。  

「いまので終わりです。本日はありがとうございました。また来てくださいね」

 おもいがけず、いい嬢に当たってツイていた。個室に漂う残臭を意地汚く吸い込みながら帰り支度をする。

「次は指名するから名前を教えてくれよ」

「レイナです」

 源氏名かもしれないけれど、いい名前じゃないか。俺に娘がいたら、きっとレイナと呼んでいただろう。


 いつものようにススキノまでの道を歩いている。雪が降り続いているので、すべての音が吸収されていて、どこもかしこも静かだ。

 平岸街道沿いの大学構内に地下鉄の駅があるので、そこから乗ろうとも思ったが、やっぱり歩くことにした。ひどく寒いが、屁のことを考えているうちに体が温まるはずだ。前にも言ったが、電車の中でニヤついている顔を見られたくはない。

「今日は早いね」

 受付のオバサンに言われてしまう。たしかに、いつもの時間よりも早めの出勤だ。じつは、今日は振り込み日なんだ。財布の中身に余裕があった。 

「まずはミクで、そのあとにレイナを頼むよ」

 だから、二人分を楽しむつもりだ。

「そりゃ無理だね」

「え、なんで」

「ミクもレイナも、若いのがみんないなくなったんだ。もうワヤでさ。だから年増しかいないけど、しかたないっしょや」

 せっかく指名を楽しみにしていたのに残念無念である。でも、嬢が一人もいないわけではない。ほどよく漬かったヌカ漬けみたいに、熟女の年季の入った屁も味わい深いはずだ。

 ノックをしてから入室すると、中年っぽい嬢が出迎えてくれた。

「あんさんが宇宙飛行士の人かい。なんや噂になっとったけど」

「いや。宇宙飛行士を目指していたけど、けっきょく無職の男なんだ」

 またその話か。いちいち訂正するのが面倒くさい。

「なんや、おもんないな。ほんで、どないする」

「とりあえず、四つん這いで」

「うちさあ、膝が痛くて、その姿勢はしんどいんだわ。ふつうに仰向けで大股開きするから、なんとかやってくんなや」

「まあ、べつにいいけど」

 熟女嬢が仰向けだと、こちらの姿勢がきつくなる。股を開き裏太ももを手でつかんで引き上げてくれるのだが、床面と肛門との距離があまりない。しぜん、俺は腹ばいとなってしまう。しかも首を立てないとならないので疲れるんだ。

「ほな、いくよ~」

 関西方面から派遣されているのかな。トラ柄のスパッツでないことを確認しながら床に伏せて、熟女嬢の割れ目に鼻を押し込んだ。

{ブビュベボッ、ボッベベッペ、ベヴォヴォヴェボ、ブッフェ、ブビビビーーー、ブッ}

 強烈な屁だった。人生の酸いも甘いもすべてを網羅したような濃厚なフレグランス、およびフレーバーに満ちていた。熟成しきった下痢便を大鍋に溢れさせ、そこへ顔を突っこんだような衝撃を受けた。鼻から胃袋にかけて流動的な魔物が流れ落ち、それらが直ちに逆流しようとしていたが、なんとか気合で押し止めた。

{ブボッ、ビュボッ、ブーーーー、ベヴォッ、プへ~~~~~~}

「ぐはっ」

 だが次なる連屁には耐えきれず、不覚にものけ反ってしまった。屁を求めてこの店に来ているのだが、さすがにオーバードーズであって、脳内麻薬の許容分泌量を超えていた。

 肛門周辺部のえげつない臭気が鼻に入ってきた段階で覚悟をするべきだった。熟女嬢を侮るなかれ。

「あんさん、顔を離したらだめや。まだまだいくで~」

「ちょちょちょ、たんまたんま。少し整理したいんだ」

 鼻の奥が痛いと思った。臭覚の麻痺を感じる。血流が回復するのを待ったほうがいい。

「ほんならな、ちょいと休もうか」

 熟女嬢が上体を起こした。隅に手を伸ばし、なにかモサモサした物をとって食っている。

「あんさんにもやりたいけど、これな、うちらしか食べられへんからな」

 それを知っている。この惑星に生えるコケだ。嬢たちの主食であって、カロリーがあんまりないから常に食べていなければならない。女子高生嬢やベテラン嬢も、四つん這いの姿勢で屁を出しながら食べていた。消化に時間がかかり、だからガスの元なんだ。

「そんでえ、奥さんが恋しくなったりせいへんか」

「妻なんかいたら、風俗通いはできないよ」

「アハハハ。奥さんの屁じゃあ、満足できへんかいな」

「だから、俺は独身だって」

{ブフェッ}と一発、熟女嬢が大きいやつを出した。すぐに部屋中へと拡散してしまい、成分の数パーセントしか嗅げなかった。もったいないと悔やんだが、もう遅い。

「あんさん、娘さんがいてたってなあ」

「ああ。双子の女の子で、美玖と怜奈という名前だよ。地球時間だったら、もう四百七十三歳だ。俺の給与で不自由はしなかったと思うけど、とっくに死んでいるさ」

「長旅やったなあ。疲れたやろ」

「ずっと寝ていたから、たいして感じてないよ。船はオートパイロットだからね。いつの間にかケンタウルス座・アルファ星系まで来ていて、目覚めてみればプロキシマ・ケンタウリ星・ケンタウリbの周回軌道に乗ってたんだ。てか、寒っ」

 今日は暖房をケチっているのだろうか。長引く不況で、ススキノが活気を失ったように思える。

「若いのがバタバタ死んでもうて、このコロニーの保温もままならへんくなってしもうたわ」

 惑星に向かって着陸船を発進させた途端に、母船に異常が起こった。機械的なトラブルなのか、惑星軌道上のデブリか隕石かわからないが、致命的な損傷となった。制御不能に陥り、火の玉となって大気圏へ向かって落下してしまった。

「あのう、鼻の調子が戻ってきたので、もうそろそろやってくれないか」

「あんさんも好きだねえ」

 熟女嬢にそう言われて恥ずかしかった。だけど、せっかく風俗店にきているのだから、心ゆくまでサービスを堪能したい。エロの恥はかき捨て、ということだ。

「さっきみたいな、小汚い感じのを、たのむよ」

「ハハハハ」と笑われてしまった。でも俺はめげない。

「ちょっと冷えてきたんで、熱いやつを、まずは三発くらいで」

「あいよ」

 寒さが体に堪える。こういう時は体温を感じさせる屁がいい。 

「若い嬢がいなくなったんだって」

「ウイルスやで。うちらみたいな年増はまだ耐性があるけど、若いのほどやられるんや」

「それはたぶん、俺の体にいたウイルスだ。麻疹かインフルエンザかもしれない。すまない」

「いいんやで。あんさんが来なくとも、遅かれ速かれこうなったわ。太陽が、よう照れへんくなった。この星は、もうアカンのや」

 熟女嬢の語り口が優しい。{ブップ、ブップ、ブーー}と屁をたれながら、十個以上の瞳が俺を見つめている。コオロギというか、バッタみたいな顔だ。

 ただし、地球のよりはよっぽど巨大である。足がたくさんあって、おまけに生温かい粘液だらけで、見るからに奇っ怪なんだ。どういうわけか尻だけはなまめかしくて、人間のそれとほぼ同じだ。

「想定外の乱気流で着陸船も操縦不能になって、墜落するように着陸した。俺以外の乗員は死んでしまった。仲間の遺体をどうにもできなかった。ほんとうに、すまない」

「もったいないから、うちらで食べたさ。ほら」

{プス~~}と、今度は物静かな屁を浴びた。下痢便臭さの中に、ほんのりとシトラス系の香水が匂う。たしかマリーって名前のベルギー人地質学者だったと記憶している。

「あんさんだけ、ようやく助けてん。ほかは無理やった。うちらは、あるもんはなんでもいただくから」

「げほ、げっほ」

 まいったな。風邪をひいたみたいだ。寒気がするし咳も出る。真冬の札幌、しかも夜にススキノまで歩いたことが祟ったみたいだ。

「あんさんにとっては、この星の空気は毒やさかいな、肺が腐れへんように、うちらの体内で熟成させたガスを吸い込まな生きていかれへんのやで」

「はあーっ」と大きく息を吸った。一瞬、呼吸のタイミングを見誤り、空気を肺の奥へ落とし込むことができなかった。

 ガバッと起き上がり、滞っていた気体をあわてて飲み込んだ。過呼吸気味だが、なんとか整えることができた。

「ハッ」とした。

 ベッドにいた。隣では妻が寝ている。こちらに背を向けているのが、いつものスタイルだ。いまは何時だろう。照明を点けようとしたら、もぞもぞと動いている。起こしてしまったようだ。

「おっかしな夢を見ていたよ」

 妻に聴いてほしいと思った。悪夢を見たときは人に話せばいいと母がよく言っていた。

「宇宙飛行士になって、遠い惑星に不時着したんだ。一人だけ生き残って、タコとバッタが融合したような生物に助けられたんだ」

 妻は相変わらず背を向けていたが、目覚めているはずである。

「そこの星の空気には毒性がある菌が漂っていて、肺の中を定期的に浄化しないと腐ってしまうんだ。タコバッタの屁に殺菌作用があるから、しょっちょう嗅がなければならない」

 生活費のことを気にしているのだろうか。国際深宇宙探査機関からは、孫の代まで給与が支払われる契約なんだ。心配することはない。家族には人並み以上の生活が保証されている。

「なんかな、そのニオイがクセになるんだよ。どうしても嗅ぎたくて我慢できなくて、毎日のように行ってしまうんだ」

「お客さんは好きものだねえ」と、風俗店の嬢によく言われた。

「そうでもないよ」と、すっ呆けた。

「わたしらのガスは菌を殺すけれども脳にも良くないんだよ、強いからね」とも言っていた。頭が悪いから宇宙飛行士になれなかったんだ。なにをいまさら、という感じである。

「なあ、今晩はいいだろう」

 ある種の欲望が沸き上がってきた。横で寝ている妻に体を寄せて、たくさんある足を撫で回しながら催促してみた。

「ええで。くっさいのを出したるから、あんさん、覚悟しいや」

 さっそく嬢の尻に顔をくっ付けて、割れ目の中心に鼻をあてた。

{ブッフォー}

 いい勢いだった。人妻の屁がうれしく、おもわず言ってしまうんだ。

「うう~、臭い。もう一発」

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屁風俗 北見崇史 @dvdloto

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