第24話 ぶっつけ本番

 そして、四時間目……


〝魔法学〟の時間である。


 本日の魔法学は実習らしく、いきなり部屋を移動する。


 そして……


「本日は、一か月後に迫る〝野外演習〟に向けた実技演習を行っていくぅ」


 魔法学の教師……白髪で、おじいちゃんっぽい見た目……がそのような指示を出す。


(……なんか中等部の時の魔法学の教師そっくりだな)


「野外演習では、生きた魔物と対峙する可能性が高い。そのため、今日は動くターゲットに対する対処訓練を行っていくぅ」


(……いきなりそれ系ですか……なんか嫌な予感……)


 変な時期に編入してきた生徒あるあるのぶっつけ本番である。

 本日の具体的な演習内容は、動く的に対して魔法を放つというものであった。


 学生たちは順番に並び、淡々と演習をこなしていく。


「お、君は今日から編入したというユキ・リバイスくんだねぇ」


「あ、はい」


 流石に編入初日に対する多少の配慮なのか、教師がユキに話しかけてくる。


「うむ、とても優秀だと聞いている。期待しているぞぉ」


 そう言って、去っていく。全く配慮ではなかった。


(……優秀って……そう伝えたのは、きっとアイシャ様だよな……ご評価は嬉しいのですが……)


 あまり良い予感はしなかった。


「ユキくん! 並ぶぞ」


 オーエスがやってきて、一緒に列に並んでくれる。

 おかげでユキはぼっちで漂わなくて済んだ。


 そして……


「げっ、ゲッツェコードの番だな……」


(……!)


 列に並ぶと、ちょうどスパ・ゲッツェコードが実技演習をする番であった。


 スパは右の手の平を前に突き出す。


雷撃サンダー・ボルト


 当然のごとく無詠唱……激しい紫電の雷撃がまるでレーザービームのように高速で直進する。


「「「おぉおおお」」」


 その迫力に軽くどよめきが起きる。


 スパは、ターゲットの動きに合わせて、小さく手の平の角度を変えることで、いともたやすく的を破壊する。


「……すご」


 ユキも思わずスパを賞賛する言葉が漏れる。


(あれは魔法論理マジック・ロジックで表すとどんな感じになるのかなぁ……レーザーは浪漫の塊だよなぁ……)


 などと思っていると……


「憎たらしいが、実力は確かだ……流石はゲッツェコード家のご令息といったところか。アイシャ様の秘書を任命されているだけはある」


(……なるほど)


「お、次もなかなか興味深いぞ」


(お……? あの子は……)


 赤みがかったサラサラしたセミロングの髪をなびかせて一人の女子生徒が前に出る。


「ルビィ・ピアソンだ」


「……有名な人なの?」


「えっ、逆に知らないのか?」


 ユキの質問に、オーエスは驚いたような顔をする。


「……ご、ごめんなさい」


「いや、謝るようなことでもないんだけど……」


 オーエスは少々、腑に落ちないような表情を見せる。

 ユキは前世の記憶が蘇った際に、それまでの今世の記憶と交じり合ったことで、今世の記憶がやや混濁しているところがある。


「ルビィ・ピアソンは伯爵家のご令嬢だぞ」


(伯爵……? えーと、子爵よりは位が上なのかな? それより上は侯爵とか公爵とかって言うんだっけかな……いまいち、その辺の感覚がわからないんだよなぁ。もはや部長とか課長とか係長とかにしてくれないかなぁ……)


「変な質問かもだけど、子爵とか伯爵とかってそんなに偉いの?」


「えっ……? う、うーん……偉い……かと言われるとなんとも……まぁ、位としては高いのは事実だけど……」


 オーエスはやや口を濁す。


「位が高いのと同時に、親が権力を持っているから、変な因縁つけられない方が、ベターではあるよな」


「なるほど……!」


(……それは気を付けないとな。俺の目指す穏やかライフに支障が出る)


 そんなことを考えているうちにルビィ・ピアソンが手の平を前に構える。


「〝煉獄れんごくの炎に焼かれよ〟 紅炎クリムゾン・フレイム〟」


「「「え……?」」」


 ルビィの魔法宣言に、他の生徒たちがざわめく。


 そして……


(っっっ……!!)


 凄まじい炎弾が大量に発生し、ターゲットが動いているとか動いてないとか関係ない程の広範囲を焼き尽くす。


「ルビィ嬢、これはまた……ど派手にかましたな……」


 オーエスもルビィの大出力魔法に少し呆れるようにしつつも驚いている。


「とまぁ、ルビィ嬢は学園内でも、ちょっと一線を画する感じ。それにあの容姿もあり、かなりの有名人ですわ」


「な、なるほどです……」


(そんなすごい方がお隣だったとは……)


 ユキは自身の穏やかライフゲージが下がる懸念を感じる。


 そんな話をしているうちに……


「お、次はユキくんの番だな」


「あ、はい……」


 ユキの番がやってくる。


「実は僕もユキくんの魔法の実力って知らないんだよな。楽しみにしてる」


「…………あまり期待しない方が」


「またまた、謙遜して……ほら、かましてこい!」


 そう言って、オーエスはユキの背中を押す。


「あ……!」


 ユキはオーエスに背中を押され、前に出る。


 すると、周囲は一瞬だけ静かになり、その後、小さなざわめきが起きる。


「お、編入生の番か……」

「こんな時期に貴族でもないのに、編入してくるっていうんだから、相当な実力があるんじゃないの?」

「期待大」


(……)


 周囲の期待の視線が非常に苦しい。


 それでも、ユキは意を決して、取り出す。


〝魔法補助具〟を――


「「「「…………????」」」」


 多分、全員だ。

 教師を含め、スパ・ゲッツェコードもルビィ・ピアソンも……オーエス・フリーでさえ……全員がキョトンとする。


 そんな空気感になっていることは百も承知でも、ユキは魔法補助具をターゲットに向けて構える。


「あ、えーと……ユキくん……一発目からネタをぶっこむ必要はないんだぞ?」


 オーエスがそんなことを言う。


 ユキにはわかる。

 オーエスは本当にユキのことを思って言ってくれていることが……


 だけど、だからこそ、ぐさりと来る時もあるのだ。


「いや、ネタじゃないんだが……」


「「「「…………????」」」」


 周囲はやはりついてこれていないようである。


「あの……自分……〝魔生成不可者〟なんで……」


「「「「…………????!」」」」


「魔生成不可……? あーーー、えーと、あの……魔法の具現化ができないっていう……あの……?」


「そう……その〝魔生成不可者〟」


「あーーー、確か……中等部の教科書に載ってたな……あー、うんうん、知ってるぞ」


 オーエスはなんとかそんなことを呟く。


 が……


「「「「「あはははははははは」」」」」


 次の瞬間、どっと笑いが起きる。


(…………)


「冗談きついって、リバイスくん、魔生成不可者って〝無才〟のことだろ?」

「え? なんで、無才がこの学園に編入できてんの?」

「コネ? 親の七光り……?」

「いや、貴族に無能なんているわけないだろ」

「意味不明すぎる」


(…………)


 ユキは中等部の時に初めて魔法の実技訓練をしたときのことを思い出す。

 ユキの〝無才〟が発覚した時のことだ。

 だが、今回はあの時より遥かに露骨にディスられている。

 魔法の得手不得手に関係なく集められた義務教育の地方中等部ではなく、ここは魔法の才ある者が集められた王立高等学園であることを認識させられる。


「おい、お前らやめろ……! ユキくんにはすごい能力があるんだよ!」


 オーエスがそう言ってくれる。

 だが、周りのざわめきに掻き消されている。

 それでもユキはオーエスがそう言ってくれるだけで、そこそこ救われた。


 オーエスがそうやってかばってくれる一方で、スパ・ゲッツェコードは腹を抱えて、高笑いしていた。

 なんとなくユキの目に入ってきたルビィ・ピアソンは興味なさそうに無表情を貫いていた。


 そんな状況で、結局、ユキは魔法補助具を披露することなく、魔法学の授業の終了を告げる鐘がなるのであった。


 ◇


「ユキくん……ごめんな……知りもせずに煽るようなこと言ってしまって……」


 昼休憩のために教室に戻る道すがら、オーエスはユキの元に来てくれた。


「いや、こちらこそ、事前に無才だって打ち明けてなくてごめん……」


「…………無才だなんて……」


 オーエスは気まずそうな顔をする。


 だが、未だ、クラスメイトはユキを嘲笑するような浮足立った空気感がある中で、空気に流されずに、謝罪に来てくれたオーエスは本当にいい奴だとユキは思った。


 と……


「あ、すまん、ユキくん、実はさっきからずっと我慢してて……」


「ん……?」


(……なんだろ?)


「ちょっとお手洗いに行ってくる。先にクラスに戻っていてくれ」


「あ、うん、わかった」


 オーエスはお手洗いに行ってしまった。


(はぁ……オーエスはいい奴だけども……この先、ずっとこんな感じで無才であることをこすられるのだろうか……)


 ユキは将来のことをうれい、重い足取りで、クラスへと戻る。


 そんな中、教室へ戻る列の最前列のグループが、教室の入口へ到達し始める。


「「「えっ……?」」」


(ん……?)


「「「えっ? えっ? なんで?」」」


 そんな最前列グループがなにやら、ざわついている。


 と……なぜか急にその生徒たちが頭を下げ始める。

 中には、ひざまずいている生徒もいるではないか。


(え……? なんだなんだ……?)


「うぉおおおお、イクリプス様だ……!」

「生アイシャ様……やべえ……お美しい……」

「おい、お前……ファーストネームで呼ぶなんて不敬だぞ……!」

「なんでこんなところに……? 珍しい……」

「秘書のゲッツェコードくんに御用かしら……」


(あ……アイシャ様?)


 透き通るような白銀の髪、意志の強そうな青い瞳のきわめて均整の取れた顔立ちをした女子生徒がそこにはいた。


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