第11話 電源

「ユキ……か……?」


(……!?)


 ユキ一人となっていた研究開発室に透明感のある声が響く。


 ユキが振り返ると、えんじ色のブレザー姿、透き通るような白銀の髪で、青い瞳の少女がいた。


(アイシャ様だ……)


「ユキ、何をしているのだ?」


「なにって……」


(あなたが無茶ぶりした冷蔵庫作りじゃないですかー!)


 などという不遜なことは言えないので……


「えーと、冷却装置の開発作業です」


「っ……」


 アイシャは少しハッとしたような表情を見せる。


 そして……


「まさか、初日からこんなに遅くまで頑張ってくれるとは思っていなかったよ」


「そうですかね?」


「そうさ……ありがとう……ユキ」


「っ……!」


(前世では当たり前のように、この何倍もの長時間労働してたからな。言うほど、頑張っている感覚はないのだけど……とはいえ……お疲れ様はともかく、ありがとうなんて言われたことあったかな……)


「とんでもありません。アイシャ・イクリプス様……」


「……アイシャで構わない」


「えっ?」


「フルネームで呼ぶのは長くて大変だろう?」


「……ですが」


「構わないさ……親しい人は皆、ファーストネームで呼んでいる」


「承知しました……ですが、せめて敬称はつけさせてください。周りの目もありますので……」


「……わかった」


 アイシャは少し不満げであったが、ユキの提案に納得する。


「君はなんだか……少し大人びているな……」


「そ、そうですかね?」


(……まぁ、元は30過ぎの……以下略)


「それで、ユキ、調子はどうなのだ?」


「あ、はい……試作品プロトタイプ的なものはできたのですが……」


「え!?」


「っ!?」


 アイシャが大きな声をあげたので、ユキはびくりと肩を揺らす。


「どうなさいましたか? アイシャ様」


「もうできたのか!? 試作品プロトタイプが……!?」


「あ、はい。芝刈り機と類似の魔法論理マジック・ロジックだったため、それほど、時間はかかりませんでした」


「……ほえー」


 アイシャは口をぽっかりと開けている。


「それでどんな感じだなんだ?」


「それがですね…………重大な欠陥を抱えておりまして……」


「…………そうか」


 ……


「……実行エグゼ


 しばらくすると冷気を帯びた球は消滅する。


「……実行エグゼ


 しばらくすると冷気を帯びた球は消滅する。


「「………………」」


 ユキとアイシャはその様子を見て、沈黙する。


「アイシャ様……申し訳ありません。試作品プロトタイプを作った結果、正直、私ではアイシャ様の望む冷却装置を提供することは困難……いや、不可能ということが判明しました」


 ユキはアイシャに頭を下げる。


「頭を上げてくれ、ユキ」


「…………はい」


「ユキ……申し訳ない……」


「え……?」


 アイシャがユキに謝罪する。


(…………お役御免……解雇……かな……?)


「まさか君がここまで早く試作品プロトタイプを作ってくれるとは思っていなくてな」


「はい……?」


「元々、魔法補助具の起動には動力の役割…………要するに人間の魔力が必要であることはわかっていたのだ」


(……?)


「その上で、魔法補助具を改造できるという君をスカウトしたのだから、勝算が全くないわけではないのだ」


「えーと、どういう?」


「少し待っていてくれ」


 そう言うと、アイシャは研究開発室内の収納スペースから、何かを取り出し、そして、ユキのところへ持ってくる。


「……これは?」


 アイシャはテーブルの上に、なにやら不気味に光る鉱石のようなものを置く。


「これは〝魔石〟というものだ」


「魔石……?」


「最近、発見された〝魔素を宿す不思議な石〟だ」


「!?」


「……その顔を見ると、ユキもこの意味がわかったかな? 改めて申し訳ない。君がここまで早く試作品プロトタイプを作ってくれるとは思っていなくて、魔石の紹介が遅れてしまった」


「……!」


(これって要するに〝電源〟ってことだよな……)


「あ、アイシャ様……こ、これは……やばいぞ……」


「ふふ……」


「あ、すみません……失言でした」


「気にするな」


 アイシャはユキの反応を見て、少しだけ微笑むのであった。


 この時、ユキはその希少性に気付いていなかった。

 笑うことがないと言われる氷の魔女の笑顔を見られた貴重な瞬間であることに。

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