第2話 彼女の絶望は


 どうしてあの人は忘れてくれないの?


 どうしていつも出会った時は、後妻なの?


 子供さえいれば、こっちを向いてくれるはずなのに……


 なぜ、あの人はあたしの名を呼ばないの?


 あたしはしょせん身代わりでしかないの?






「あの人の子供がいるんです。このお腹には。別れてくれませんか」


「子供……ですか……」


「あ、貴女には無理なんでしょう? 彼を解放してあげて」


「…… わたくしには…… なにも、できませんわ」


「どうして! 彼に無理矢理迫っているんでしょう!」


「わたくし、何もしておりません」


「あなたが! 彼を不幸にしているのよ! 好きなら彼の幸せを考えたならどうなの!」


「ですから、わたくしは彼とは何の関係でもありません」


「じゃあ、二度と会わないで!」


「ええ…… こちらに来ないように伝えて下さいな。あなたから」


「来たら追い返して! 会わないで!」


「ふぅ…… 何度も言っているでしょう? わたくしは一度たりとて、自分から呼んだことはありません。自分から会おうとすらしたことは無いのです。お分かりになって」


「お腹には…… お腹には子供がいるの! 彼の子供が!」


「もう、お帰りになって。興奮すると、子にさわりますよ。お大事に……」


 彼女が手をふると、お付きのメイドが私を部屋から連れ出した……


 なんで分かってくれないの。あんたじゃ彼は幸せになんてなれないんだから!






 屋敷を追い出されて、とぼとぼと歩く……

 お腹を擦りながら今度こそ、幸せになるんだ。今度こそ……



 家についても誰もいやしない……

 彼と暮らすために育った家を飛び出したから……

 付き合ってると家族に言ったら、遊ばれているだけだとか、身分を考えろとか。誰も喜んではくれなかった。




「あんた、お腹に……」


「うん。彼の子供ができたの」


「堕ろさないと…… 早くしないと堕ろせなくなるよ」


「えっ? 産むよ。彼も産んでいいって言ったの」


「結婚するのかい?」


「そうよ。一緒に住むの。家も探してくれたのよ」


「そうかい? 一緒になるんなら……」








「なんで! なんでそんな事を言うの? ここで一緒に住むんでしょ」


「子供は産んでいい。金もだす。だが、結婚はできない」


「どう…… どうして!」


「私の結婚が決まったんだ。家の繋がりもあるからな。大丈夫だ、今まで通りここで過ごせばいい」



 どうして、どうしてそんな顔をしているの……

 そんなに嬉しそうな柔らかい顔をして……

 子供ができたって言ったら、喜んだじゃない……

 ねえ、こっちを見て。この子を見てよ……






 彼は礼服に着替えて、出ていった……

 うれし…… そうに……

 あ、あたし、は、何?

 なんなの?

 テーブルに用意した夕食のカトラリーを……

 思いっきりクロスごと引いき飛ばした……

 ガチャガチャと音をたてて落ちていく……

 グラスがカシャンと落ちて割れた……


 し、幸せだったはずなのに……

 子供と3人で始めるはずだったのに……

 どうして……



 やっぱり、あの女が無理矢理迫ったんだ……


 だって、おかしいじゃない。一緒に暮らそうって言われたの……に……


 ちがう……

 彼は…… 暮らす家を探して来たって言った…… だけ……

 全部、じゅんびはしたって……

 なんの?じゅんび?



 うそ、うそ、うそよ!

 この子と暮らすのよ。あたしと子供と……






「お前、彼女に、何を、言ったんだ」


 いつの間にか彼は帰って来ていた。


「おかえりなさい。すぐ片付けるわ」


 やっぱりここに帰って来てくれた。


「何故、彼女が、お前の事を、知っているんだ」


「なんのこと?」


「ルミネリアが知っていた。お前の事も子供の事も!」


「そんな事知らないわ。それより外に食べに行きましょう? いいでしょう?」


「そんな事とは何だ! 彼女の事だぞ! 私の大事な婚約者の事だ!」


「だったら何であたしと寝たのよ! 子供ができて嬉しいって言ったのは嘘なの!」


「子供は嬉しいさ。無理に彼女が産まなくてすむか

らな」


「なっ。なんで……」


「何もしてないならそれでいい。今日は帰る。ではな。また来る」


 ばたんとドアが閉まる音……


 独り遺された……









「ルミネリアが死んだ…… もう……」

 泣き崩れる彼を見て、ああ本当にあの人は死んだんだって。


「大丈夫よ、あなた……」

 彼をそっと抱きしめて、言った。


「何が大丈夫なんだ……」

 彼の目は狂気に蝕まれて……



 ああ…… 今度は彼に殺されるんだ…… そう思った……


 ごめんね、赤ちゃん…… 産んであげられなかった……


 うれしい…… 彼の手で死ねるのね。彼の手の中で……


 一筋の涙が流れたが…… 気にする者は誰もいなかった……

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