第44話 もうなにもない
「クライマックスだ! 兄は死んだ、次はお前だ。今まで恵まれてきたお前に、絶望を与えてやろう」
兄さんは動かない。
死んだ? 死んだ? 兄さんが死んだ?
なんで?
どうして?
こんな、あっさり?
まだ、言いたいことあったのに。
嫌だ。
痛い。
苦しい。
痛い。
息ができない。
誰かの叫び声が聞こえた。
とても、うるさくて耳を塞ぎたくなるような、そんな音だった。
それから、笑い声も聞こえた。
僕だった。
僕は笑ってた。
「どうした? 頭がおかしくなったか?」
「治ったんだよ、今更、おかしいでしょ? はははははは!」
「私は、君の姿が滑稽で可笑しいよ」
「もう、だめだ! なんか、僕の頭、ダメになったみたい!」
僕は笑いが止まらなかった。それから、なぜか涙も止まらない。
それに、傷は治ってるのに、どこも傷ついてないのに、胸がすごく痛かった。
苦しくて、息ができなかった。
どこも、傷なんて付いてないのに。
それからは、よく覚えてない。
気づいたら、僕の目の前から全てが消えていた。
あの広間も、兄さんも、騎士団長も、王様も、知らない人達も、王宮も、僕の見慣れたあの街並みも、兄さんと見たあの景色も、すべて。
僕の視界から消えていた。
見えるのは、ぐちゃぐちゃになった土の地面が永遠と続く光景。
何もない。何も残ってなかった。
僕の住んでいた国が消えた。
ーーーーーーーーーー
何日経っただろうか。
僕は動かず、ただ空を見上げていた。
日が昇り、そして、暗闇に包まれ、また火が昇り、そして、また暗闇に包まれる。
その繰り返し。
冷たい地面が、僕の背中を突き刺した。
兄さんが居ない。
ただそれだけで、僕はこんなにも辛い。
「あぁ、父さんたち、何してるかな」
父さんたちの居る国は、広大な森を挟んだこの国の国境の隣にある。
この騒ぎに気付いて、王都まで戻ってきたとしても、十日はかかる。
まだ、父さんたちは帰ってこない。
ということは、まだ十日も経っていないんだ。
僕は、父さんたちに会いたくなった。
何もない地面を踏みながら、僕は歩いた。
しばらく歩いた。
かなり歩いたね。何回も太陽が昇っていた。
そして、国境に辿り着いた。
しかし、なにやら騒がしく人で群返っていた。
「ノスタルジア国に、私の子供がいるのよ! 通して!」
そう叫ぶのは、母さんくらいの歳の女性。
「危険です。離れてください。事態を解明中ですので、もう暫しお待ちを!」
壮年の男がそう言っている。
「私の、私の息子も居るの! 二人、ムエルトと、ユミトっていうのだけれど、何か知らない? 一体どうなってるの? なぜ、通してくれないの?!」
母さんだった。泣いている。
父さんも居た。
僕は二人に駆け寄ろうとした。
でもーー。
二人は僕を許すかな? いや、許さないだろうね。だって、僕は二人から兄さんを奪って、住む家も奪って、帰る国も奪ったんだから。
きっと、許してなんてくれないだろうね。
だから僕は、その場を立ち去った。
それに、どのみちずっと一緒には居られない。僕は歳を取らないんだし、それでまた変に疑われて、母さんと父さんに迷惑かけたくない。
それから、歩いた。
歩いて歩いて歩いた。
歩き続けた。
どこかの森にきた。
お腹も空かない。
眠くもない。
すべてがどうでもいい。
ーーーーーーーーーー
それから、季節が過ぎた。
僕はその間何もせず、ただ惰眠を繰り返していた。
僕は兄さんが死ぬ瞬間に死にたくないと思った。ならば、きっと、人が死ぬ瞬間に僕はそう思えるということだ。
そう思った僕は、その知らない山を抜けて、知らない街にやってきた。久々に眼にする人の群れ。
僕は、沢山人を殺してみた。
殺して殺して殺してーー。
何人殺したか、覚えてないけど、そんな生活を続けて、五回目の冬。
誰かの家に住み着いていた僕の所へ人が訪ねてきた。
なんでも、騎士団だとかなんとか。どこの国にもいるらしい。
「その子、お前が殺したのか?」
「そうだよ。邪魔で困ってたんだ。持って行ってよ」
「そうか……。目撃情報と一致! お前がこの国を脅かしている殺人鬼だな! まさか、お前のような子供が……。大人しく投降しなさい」
「それは、できない」
「お前は、五百人の騎士を相手に逃げれると?」
「そこまで、僕は有名になっていたのか」
そして、僕は攻めてきたその騎士団員全員殺した。
五百人殺しても、僕は何も思えなかった。死にたくないと思えなかった。なぜだろう?
そして、それから数十年は過ぎたと思う。
前に約束した魔族の彼が、僕を訪ねてきた。
「約束の時より少し早いが、お前に会いに来た。ずっと探していたんだ」
ヴァイスハイトはそう言った。
なんだか懐かしい。
凄く昔のことのように感じる。
「そう」
「国、お前がやったんだろ?」
「うん」
「一体何があった? 80年待てと言ったのはお前だぞ? まだ経ってない」
「待たなくて良くなったから」
ヴァイスハイトは辺りを見渡すと言った。
「……まあいい。イザベラの仇を取ってくれたということだ。だからお前を探しにきた。感謝する」
「違うよ」
僕は立ち上がって彼を背に歩き出した。
「なあ! まだ話しは終わってないんだ! ムエルト、一緒に俺たちの所へ来ないか?」
「……」
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