〜閑話〜 完璧な弟。兄に腕を折られた話し。

 彼にはムエルトという五歳下の弟がいた。


「今日は何で勝負しよう?」


 そう呟く彼は、弟のムエルトとよく似た見た目をしている。


 その弟と同じ、深い黒髪に紫色の瞳。


 兄弟なのだから当たり前である。


 しかし、目の色だけは色々な意味で違う色をしていた。


「ユミト! ムエルトを起こして来て頂戴!」


 母親にユミトと呼ばれたその青年は、今日も寝起きの悪い弟を起こしに行く。


 ユミトは、弟のことが嫌いだった。


 五才も歳が離れているというのに、ユミトにとっては弟のムエルトの方が上のような存在に感じていたからだ。


 精神面でも、頭脳でも、魔法でも。


 初めてそれに気がついたのは、ムエルトが一歳になった頃。


 ユミトが冗談半分で、弟に「うんこ漏らしちゃ、ダメですよ」と言ったら、「漏らすわけねぇだろ、ボケ」と返された時だった。


 その時からユミトは、『こいつに分からせてやらなければ』と思った。


 それからユミトは、弟にさまざまな勝負を挑んだ。


 ジャンケン、魔法、球技、走り、賭け、チェス、オセロ、大便の速さ、その他etc.


 しかし、いつも弟の勝ちだった。


 それから、お互いに成長して行くなかでユミトは悟った。


 何から何まで、すべて完璧な弟には勝てないと──。


 しかし、ムエルトが八歳になった頃、ユミトはあることに気がついた。


 彼はそれを両親の前では繕っていたが、ユミトの目は誤魔化せなかった。


 それは、ムエルトの性格が終わっているということだった。


 まず、優しくない。そして優しくないし、冷めているし、思いやりもない。


 ユミトは、ムエルトには人の心があるのかと疑ったこともあった。


 そしてムエルトは、なにをするのもめんどくさがる究極の怠惰人間だった。


 ユミトとムエルトを、目の色が違うことで区別することもできるが、決定的な違いは目が死んでいるか、そうでないかである。


 救いようが無い、とユミトは思った。


 よく女性に告白されているのに、ムエルトはそれを断っていた。


 ユミトは、何か特別な理由があるのかと思ってムエルトに聞いてみた。


 すると、「めんどくさいから」と言った。


 顔がいいのに勿体無いと思ったと同時に、もう弟は人間としてだめだ、とユミトは思った。


 その後も、ユミトが、


 友達を作れば? 外へ遊びに行けば? 彼女作れば? と言ってみても、ムエルトは「めんどくさいから嫌だ」と答えるだけだった。


 しかし、そんなムエルトを見たユミトは、完璧な人間など居ないのだと心から安心した。


 そして、ユミトはそんな弟が大好きになった。


「ムエルト! もう朝だぞ! 今日は山で魔法の勝負をしよう!」


 ユミトは、部屋のカーテンを開けた。


 暗闇に朝日が差し込まれる。


 窓から差し込む光が、ベットで横たわる少年に注がれた。


「……嫌だよ、寒いし。それに、どうせ兄さんが負けて終わるだろ」


 深い闇に堕ちたようなその青い瞳──。


 そこには、ユミトが映っていた。


 ユミトは、そんなムエルトを見て微笑んだ。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 僕には、五つ上の兄がいる。


 その兄は、何につけても僕と勝負をしたがる人だった。


 初めは面倒くさい人だなと思った。でも、だんだんと楽しくなってきて、いつしか兄さんが勝負を持ち掛けてくることを待っている自分がいた。


 今日も、魔法の勝負をするらしい。


 僕らは家の裏山へやって来た。


 僕は、兄さんの攻撃を受け流しながら、昔の事を思い出した。



 ****


 ***


 **


 *



 僕が八歳の頃、兄が魔法で勝負しようと言うので、僕たちは屋敷の裏にある父さんの秘密基地へと向かった。


 と言っても、そこはただの山だ。


 父さんが、仕事のストレス発散とかで使う趣味のコレクションが並べられた、広大な土地の山。


 そこで、僕達は魔法の勝負を行った。


「ムエルト! 本気で打てよ! 手加減は要らないからな!」


「そんなことしたら兄さんが死んじゃうよ」


 僕の兄さんは弱い。だから、いつも僕が手を抜いて、死なない程度の魔法を放ってあげている。


 それでも、兄さんは骨折したり、沢山怪我をする。なのに、心は折れずに何度も立ち向かってくるのだ。


「いいから、やれよ! いくぞ!」


 と、兄さんは魔法を放ってきた。


 到底僕には敵わないであろうその魔力。


「本気でやれってば!」


「やだ。面倒くさい」


「ふふふ……! 分かったぞムエルト。だったら、お前がオレに本気の魔法を放てば、欲しい魔導書を何か一つ買ってやる」


 そんな、手に僕が乗ると思っているのか。


「分かったよ、兄さん。だけど、死んでも知らないからね」


 もちろん、魔導書が欲しい僕はそれを了解する。


「大丈夫だ! さぁ! 来い!!」


 僕はある程度強めの魔力を込めて、兄さんに魔法を放った。


 青い光が、山を包んだ。


 山が音を立てて揺れている。木々が投げ倒されて風が吹き荒れていた。


「うわぁぁぁぁあああーーー!!」


 そして、兄さんは、それを両手で受け止めたらしい。


 僕の魔法が地面を抉り取り、木々を投げ倒して、山を進んでいく。


 僕は空を飛んで上空からそれを眺めていた。


 これはまずい。  


 このままでは、父さんに怒られてしまう。


「兄さん、もういいね? 約束通り魔導書は買ってもらうよ」


 僕は、兄さんに言った。


 しかし、


「ま、まだだ! まだ、大丈夫……!」


 溜め息が溢れてしまった。


 しかし、兄さんの手が血だらけになってきている。


「俺は……お前より……つよ──」


 兄さんは言葉の途中で、体勢を崩してしまった。 


 無防備になった兄さん。


 僕のその魔法が兄さんを襲う。


 その前に、僕は自分の魔法に攻撃した。


 流石は僕の放った魔法だけあって、ぶつかり合ったそれは、凄まじい威力で爆発した。


 爆風が、山を削り、地面を抉り、木々は倒れた。


 裏山が半壊したと思う。


 父さんのコレクションは終わったね。


 吹き飛ばされた僕たちは、地面に叩きつけられ転がった。


「いたたたた」


「……ムエルト!! ……大丈夫か?!」


 隣に転がる兄さんは、血だらけ、泥だらけだった。


「ははは。兄さん汚いね」


「お前もだろ!」


 兄さんは笑っていた。


 その後僕達は、もちろん父さんに怒られた。


 包帯でぐるぐる巻きにされた兄さんと、腕を骨折してしまった僕は、その説教を長々と聞かされた。


 兄さんのせいで、怒られた。


 でも、怒られているのに、そこまで嫌な気がしなかったのはなぜだろう。


 初めてそう思った。



 *


 **


 ***


 ****



「おい! 何、ぼぉーっとしてるんだよ!」


 兄さんのその声に、僕は現実へと引き戻された。あの頃は、まだ不老不死になってなかったな〜。とか、羨ましくも感じた。


「別に、ぼぉーとなんてしてないよ」


「何、笑ってるんだよ?! 集中しろよな。分かったぞ? また、魔導書を買って欲しいんだな? よし、俺に勝ったら買ってやる」


 兄さんは相変わらず、学習せずに僕に挑んでくる。そして、僕も学習せずに、彼を受け入れている。


「分かった。約束だよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る