第2話 面倒なことって嫌いなんだよね

 色々あった。語ることが面倒くさいくらい沢山の面倒が……。


 それだけ経てば、もちろんこの世界の言語は習得できる。


 そして、なぜか、背も伸びてすくすくと育っていた。


 僕の想像する不老不死というのは、文字通り歳を取らなし、死なない。そのはずなのに、僕は成長している──歳をとっている。


 ある程度で成長は止まるのか? 


 あのポンコツ神のことだから、失敗したのだろうか? 


 僕は不老不死ではないのではないか? 


 そう思いながら、この十年間生きてきた。


 どうでもいいことだけど、僕の転生した世界は魔法の使える世界だった。


 そして、僕は今日も魔導書を読み漁っている。


「ムエルト、ただいま〜! お土産があるわよ〜!」


 今日も、派手な宝石を身につけて、召使いを大勢引き連れている僕の母。


 そんな母に、どちらかというと、好みではないその食べ物を渡された。


「ありがとう、母さん。僕、これ大好きなんだ!」


 そして、それを一口頬張った。


 それから母に、兄のユミトは帰っていないのかと聞かれたので、まだ戻っていないと伝えると、母は「きっと、また道に迷っているから、探して来てあげて」と言った。


 僕は内心面倒だなと思いながらも、笑顔でそれを承諾した。


 そうして、仕方なく兄さんを探しに行くことになった僕。


 街へやって来て、魔法で空を飛び、上空から兄さんの魔力を探った。


 兄さんは方向音痴なので、よく道に迷うのだ。


 ちなみに、彼の年齢は十五歳。


 僕の五つ上だ。


 色々言いたいことはあるが、今は置いておく。


 そんな風に探していると、ある倉庫のような施設から、兄さんの魔力を感じた。


 錆びれた風貌のその施設は、周囲から孤立していて、いかにも怪しい雰囲気を放っていた。


 ──いったい兄さんは、こんな所で何をしているのだろう?


 そう思って、念の為こっそりとその錆びれた天窓から、中を覗いてみた。


 ──めんどくさい。


 僕の視界に映ったのは、白い衣に身を包まれた人が、今にも兄さんを殺そうとしている瞬間だった。


 兄さんが何者かに殺されかけている。


 僕は、いろいろと考えて自身と葛藤した挙句、やはり兄さんを助けることにした。


 僕はその天窓を突き破り、兄さんに手を掛けようとしていたその白装束を踏み潰して着地した。


 ガラスの破片が宙を散る様子と、兄さんの驚いた間抜けな顔。


 そして、僕の足の下で蠢いている白装束。


「ムエルト?! ……なんでここに?」


「兄さんこそ、こんな所で何してるんだよ」


 僕は、鬱陶しいその白装束を、兄さんへの不満も込めて蹴り飛ばしてからそう言った。


「い、いや、なんか、色々あって、気づいたら知らない人に捕まっちゃった!」


「捕まっちゃった!」じゃねぇよ。と、心の中でツッコミを入れながらも、兄さんを縛っている縄を解いてあげた。


「兄さんが無事で良かったよ。とりあえず、家に帰ろう。母さんが心配してる」


「ムエルトが来てくれて助かったよ! 殺されるところだった。だけど……どうする?」


 兄さんがそう聞いてくる。


 分かっていたけど、面倒くさい。


 そう──そんな簡単にはいかない。


「き、キサマッ! 何者だ? 無事に帰れると思うなよ?」


 僕が踏み潰した奴ではなくて、元々この施設に居た他の白装束がそう言った。


 そして、面倒なことに、僕らが居るこの場所は、この施設の中心。白装束に囲まれている状態なのだ。ここからでは、出口の扉も見えない。


 僕が葛藤していた理由はこれだ。兄さんじゃなかったら、僕は見殺しにしてたね。


 辺りを見渡せば、実験台のような白色の台が、この施設全体に並べられている。そして、そこに寝かされている子供たち。


 彼らは、もはや、生きているのか死んでいるのか分からない風貌をしている。身体中から管を通されたその身体は痩せ細り、人間の原型を留めていなかった。


 実に、面倒くさそうな匂いしかしないこの状況。


「兄さんってさ、こういうことに巻き込まれるの好きだよね」


「ごめん。ムエルト……」


 このように、ピンチの兄さんを救うというシチュエーションはよく経験した。


 面倒なことが嫌いだが、僕は兄さんが嫌いじゃないので、いつも助けてあげるのだ。


 なぜなら、僕は兄さんと同じで優しいから──。


「この実験施設を見られたからには、絶対に生きては帰さない。我々の実験材料にしてやる!」


 白装束が低い声でそう言った。


 それが合図となり、白装束達は、一斉に戦闘態勢に入る。僕は、それを見て空を飛んで逃げようと考えた。一番楽そうだからね。


 しかし、


「逃げようとしても、無駄だぞ! お前ら兄弟だろ? そこの奴から住処は聞いている!」


 白装束がそう言った。


 ──まさかね。


 僕は兄さんに、優しく聞いてみた。


「まさかだけど、本当の家の場所を教えたりしてないよね?」


「もちろん教えたさ! 嘘はいけないからな!」


 元気な返事が返ってきた。


 馬鹿みたいに馬鹿正直な馬鹿な兄さんだなと思った。


 どうやら、逃げることはできなくなってしまったようだ。流石に、家に来られては色々面倒くさい気がする。


 となると、ここで戦わなければならないがそれも面倒だ。


 兄さんは魔法を使えるが弱い。はっきり言うと、役に立たない。


 ああ、面倒だ。すべて面倒だ。


 でも、ここが魔法を使える世界で良かった。


 なぜならばこういう時、力技ですべてをなかったことにできるからだ。


 前世の僕なら、力が無くて困り果てている状況だろうね。


 ──いや、何も抵抗しないかも。


 さて、今から僕がすることを兄さんに見られたら、反対して止めてくるだろう。


 兄さんはむだに優しいからね。


 それに、父や母にチクられても面倒くさい。


 なので、


「兄さん。少しの間、寝ててくれないかな?」


「え? なんで?」


 兄さんは、相変わらず間抜けな顔でそう聞き返してきた。


 何もせず僕にしがみついている兄さんの腹を、僕は殴って気絶させてあげた。


「え? 何やってんの? こんな時に仲間割れか?」 


 白装束が、僕と転がる気絶者を交互に見てそう言った。


「違うよ。目撃者を消したんだ」


「何を訳の分からないことを……? まあ、いい。我らクルーエル教団に歯向かえると思うな!!」


 一人のその言葉を合図にして、彼らは襲いかかってきた。


 四方八方から魔法が飛んできているのが見える。


 僕は、魔法を展開した。その影響で、僕の足元にヒビが入って、兄さんが沈んだが気にしない。


 そして、僕を中心に円のように広がる、青黒い魔力の壁──。


 悲鳴が広がった。


 僕たちに向けられていた攻撃は、当たる前に消し去られていく。


 その僕の魔法が、放たれていた魔法を、僕を襲おうとした人間を、施設にあるものを、なにもかも全て消し去っていく。


 建物が破壊され崩れる音と、誰かの悲鳴が鳴り続いた。



 それから、しばらくして、僕にようやく静寂が訪れた。


 風通しが良くなって、僕の髪を、風が揺らした。ついでに見通しも良くなっている。外はもう夕日が沈まりかけていた。


 僕と兄さんを除いた全ての人間が、この施設から消え去った。


 残ったのは目の前に広がる瓦礫の山と、たぶん死体だけ。


 綺麗さっぱり、そして面倒ごとも一緒に無くなった。


「夕日が綺麗だね、兄さん。……気絶してるんだった」


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