Ritual

@Propatria

I Drink Fire

マリージェーンやドープというスラングを学ぶ前に、俺たちはすでにマリファナを吸っていた。


初めて吸ったのは14の夏だった。ウィリーの家が片親で、昼間は家がすっからかんなので、みんなで彼の庭にあつまってボンファイアを囲んでやった。


俺たちグループの中で最年長のダニエルはもうマリファナをやったことがあって、ダブを調達してきたのも彼だった。マンチーズの時に食べるとうまいとチップスとソーダも気前よく持参してきて、準備万端な俺たちはワクワクとドキドキと罪悪感を全身に感じながら昂りを抑えきれずにいた。


今の時代みたいに510やカートリッジといった手軽にこっそり楽しめるべイプもなかった時代、ボングやパイプ、ジョイントが主な吸い方だったが、知識も金もない俺たちは当時できたばかりのYouTubeという動画共有サイトでアルミホイルパイプの作り方を見て学び、見様見真似でそれを作ってアルミナ交じりのTHCを体内に取り込むことにした。


まず最初に我々グループで唯一の経験者であるダニエルが行った。


手で細かくちぎったウィードを銀ピカのボウルに放り込み、親指でぐっぐっと上から軽く押さえつけ、彼は大きくリップした。

彼の吐く煙をみんなでくんくん嗅いでみると、スカンクのような甘い独特のにおいが鼻腔にねばりつく。


目をトロンとさせたダニエルが小さなナグをまた指でちぎって、銀ピカのボウルに入れて、親指でかるく押さえつける。


両手のひらにパイプをのせ、ダニエルは隣にいるトレントへ「閣下」と言いながらそれを献上した。


マリファナを他人と一緒に吸うという行為はネイティブインディアンの儀式に例があるようにある種宗教的なエクスペリエンスでもあり、ジョイントやパイプを神器に見立て、仲間内で儀式と称してハイになる文化はアメリカの青少年なら必ず一度は経験することだ。


トレントがパイプを受け取り、神妙な面持ちで口にパイプをやり、火をつけリップした。激しい咳を何度も続けたあと、あからさまに目がトロンとなり、トレントは生涯初めてのハイを経験した。


次はウィリーが聖杯を受け取り、トレントと同じように神妙な面持ちでパイプを口にあて、そして煙まじりのすさまじい咳をしはじめた。


どこからともなくHigh as fuckと誰かがつぶやくのが聞こえ、ようやく俺の手元に聖杯が回ってきた。


俺は見様見真似でナグを指先でちぎり、ねばねばする小さな植物片をパイプの中に放り込み、かるく親指で叩いてパックし、ライターであぶりつつ吸引した。


アルミ独特の味と匂いに交じってドープ特有のパイニーな香りとスカンクのような甘い匂いが嗅覚を刺激し、そのあとすぐ喉に異常なほどのかゆみを感じ、俺もまた盛大に煙まじりの咳を何度も放った。


色はより濃く、モノの輪郭はよりシャープに、遠くのものは近くに、近くのものが小さく見えるような気がして、遠くの木の葉の葉脈一本一本がスローモーションで認識出来るほど自分のなかで何かが冴え始めた。いつもと違う感覚に半分驚き、半分恐怖しつつ、俺はトイレを理由にその場をいったん抜けた。


俺はトイレの鏡を前に、10分ほど立ち尽くしていた。罪悪感や親への申し訳なさと楽しさとワクワクが入り混じって少しダウンに入ったが、その時はまだパニックアタックの恐怖を知らず、すぐに持ち直すことができた。


ふわふわとした足取りで庭に戻ると、トレントが二発目をヒットしているところだった。全員口数は減り、聖杯を詰める、渡す、吸う、聖杯を詰める、渡す、吸うの行動を儀式のように繰り返した。


ウィードの入っていたジップロックが空になるころには全員ブラスト状態だった。特にウィリーが異常なほどハイで、何を思ったか目の前のボンファイアにライターフルードを流し込み、焚火だ焚火だとどんどん火を大きくしていった。


悪ふざけはエスカレートし、気付いた頃には俺たちはスモアズを焚火の上で真昼間から作っていた。

そしてそのもくもくと立ち上がる煙が人の注意を引くことは明らかだった。


5分もしないうちに遠くの方から消防車がサイレンを鳴らしながら近づいて来るのが分かった。どんどん近づいてくることに全員が焦りはじた。


ダニエルが急いで火を鎮火すると、時同じくしてウィリーの家の隣人がフェンス越しに顔をのぞかせ、「昼間から何やってるんだ!!!通報したからな!!!」と怒られた。


案の定消防車はウィリーの家の前で止まり、消防士のおじさんたちがぞろぞろと庭に流れ込んできた。


ハイもハイで初めてのトリップ中の俺たちには事があまりにも非現実的に感じて笑うのを堪えられなかった。

消防士たちは通報の理由が焚火だと知ると火遊びはするなという短いお叱りをして特に罰金や親への連絡もなくその場は収まった。


そのあとダニエルはチャーチスクールに行くためハイ直しにランニングに出かけ、残りの我々は最寄りのスケートパークへ向かった。

ダニエルとはチャーチスクールのあとスケートパークで合流し、ディーラーからまたダブを買う計画をたてた。


アメリカの高校はなんでも手に入る。銃でもMDMAでもコカインでもだ。

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