第2話:転移


「うぅ……」


 暗い暗い闇の中。脳に「右の頬が痛い」という感覚がフィードバックされてきた。


「痛たたたた……」


 私は地面に両手を付いて体を起こす。


「何なんだよ。もう!」


 文句を言いながら辺りを見回す。そこはどうやら森の中らしい。


 かろうじて私の周りだけ土がむき出しの状態だが、それ以外は草木が生い茂り、樹木が辺りを覆っている。空も見えないぐらいに。


「ここ、どこ?」


 未だ意識がボンヤリとしているが、次第に自分の置かれている状況の異常さに考えがおよび、思考が急速に回りだす。


「ここどこ?」


 もう一度、そう言葉を発した後、自分が自室でゲームをしていたことを思い出した。


「家でゲームをしていて……」


 私はそこに考えが至ると、すぐに自分の体を見回した。するとその肉体はゲームで自分が使っていたキャラの肉体であることがわかった。


 このことから、ここはゲームの中なのだと思った。しかし……


「ゲームにしてはやけにリアルだなぁ」


 周りの植物。その生い茂る草の一枚一枚が風でさわさわと揺れている。湿った草の匂いや土の匂いがやけに鼻につく。それが妙に気持ちをざわつかせる。


 しかし肉体がゲームのキャラの物である以上、ここが現実などありえない。


 一度ブルッと体を震わせて、さっさとログアウトをしようと、胸元にウィンドウを開いた。ウィンドウと呼ばれるそれは、言ってみればディスプレイだ。眼の前の空間に半透明のディスプレイが浮いている感じだ。そしてそれは薄く光っている。


 私は流れるような作業でログアウトボタンをタッチしようと手を動かしていった。しかし……


「うそん?」


 そこにログアウトボタンはなかった。


 試しにマップを開いてみる。そこには現在地とその周辺の一部だけがアクティブ状態で表示されている。つまりここは全くの未踏破地域であるということだ。


 いよいよ持って自分が置かれた状況に混乱してしまう。


 ここ何処だよ! ログアウトはどこにあんの!


「あ! そだ。運営にコール!」


 そう考えて運営に問い合わせようとしたが、しかしコールが通じる気配はない。


「何がどうなってんの?」


 これ以上は考えても仕方がない。情報が圧倒的に足りていない状態で判断など出来ないからだ。意味不明なことばかり起きている。しかし今の状況から私は2つの可能性を考えついた。


 1つはゲームの中に閉じ込められた。


 2つ目はゲーム以外の何処か別の世界に来た。


 改めて辺りを見回してみた。その圧倒的な臨場感。そして草木の香りは、ここが現実なのではないかという情報をありったけに含んでいる。


 私は思わずポツリと呟く。


「ネタキャラじゃなくてよかったぁ……」


 自分のゲームのメインキャラで異世界らしき場所に来れたのだ。これでネタキャラだった日には、目も当てられない。ちなみに私のネタキャラは最高にクールな外見をしている。北斗の拳で言えばハート様のような。


 私は現在の自分の装備を確認する。服装はゲームのキャラの時に装備していた物が一式だ。


 上から頭を保護するタクティカルメット。目を保護するシューティンググラス。耳を保護するイヤーマフ。


 服装は紺色のタクティカルシャツにタクティカルベスト。そして紺色のタクティカルパンツ。履物はタクティカルブーツという格好だ。


 腰にはナイフホルダーが装着されており、そこには愛用のククリナイフが装備されている。


 そしてヒップホルスターにはハンドガンが一丁収まっている。


 ちなみにこの銃は使用者の体格に合わせてカスタマイズされるようになっており、21歳になっても身長が140センチを幾らか超えた程度しかない私の小さな手にも普通に使用できるようになっている。


 先程、閉じたウィンドウを、もう一度開いてみた。そこにはステータスの表記にショップもあった。それから環境と言う項目もある。この辺はゲームの時と同じだ。


 ステータスも初期化されておらず、筋力値がやたらに高い身長140センチそこそこの女性という感じだ。見た目がムキムキじゃないのに怪力というのは何ともロマンだ。


 他には見慣れない項目もあった。


「魔物図鑑……」


 そういえば意識を失う一瞬。魔物図鑑を完成させよってあったな。付属のアイテムと一緒に。


「これがそれか」


 まぁ今はいいだろう。っていうか邪神と名乗る奴の言うことなんて聞いてられないしな。


 という訳で無視だ。


 念の為、ショップも覗いてみた。するとそこにはゲームの時と同じく様々な武器や装備が並んでいる。


 しかし購入にはキャッシュと呼ばれるモノが必要なようだ。現在そのキャッシュはゼロと表示されている。この辺は完全に初期の状態だ。


 この時点で私の期待値が否が応でも上がり始めた。どうやらここでもゲームのような力が使えるようだからだ。


「くふ」


 思わず笑い声が溢れる。


「くくく…… あっはっははははは」


 次第に大声で笑っていた。しばらく笑った後、大きく息をついた。


「最っ高! ゲームの力を引き継いで現実みたいな世界に来ちゃったよ!」


 こうして私の冒険は始まったのだった。

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