追放された貴族は、魔眼の力で隠しアイテムを独占し無双する。

@TanukiGaMaskyurar

第1話 恥晒しのアトラス

 2年前、”白き塔”の出現により領土拡大を目指した戦争は終結した。人々はスキルを手にして塔を目指し、そこにある資源を求めたからである。そのため、”白き塔”は平和の象徴として、世界の真ん中に高々とその白き体を輝かせているのである。


 ”白き塔”には階層ごとに別の世界が存在し、ダンジョンが階層と階層とを隔てている。皮肉にもダンジョンには人に害をなす存在である魔物が跋扈しているため、塔に登る人々にとっては、そこが新たな戦争の地であった。


 だが、人類の戦争を終わらせ新たな可能性が眠る”白き塔”は人々の憧れとして君臨している。そして、それは塔に人生を狂わせられたアトラス=ウォーリアーにとっても例外ではなかった。


  子爵家の次男だったアトラス=ウォーリアー、14歳の人生は、2年前“白き塔”の出現により全てが悪い方に変わった。


 “白き塔”の出現と同時に、スキルに目覚める者が現れた。スキルは超常の力であり、階層間を隔てるダンジョンの魔物を倒すための力であった。スキルを使って、ダンジョン攻略を目指す人々は冒険者と呼ばれた。



 僕の兄、レグルス=ウォーリアーもスキルを手にした人間の一人だった。兄さんは何をしても優秀でカリスマ性に溢れていた。。1階層をクリアしたパーティーの一人だった兄さんは、瞬く間に名を挙げ地位も名誉も獲得した。僕はそんな兄さんの汚点だった。いや、僕に対して兄さんは、なんの感情も抱いていなかったかもしれない。


 ただ兄さんほどのものスキルでなくても、強力なスキルを手にして塔に登りたかった。僕にとって塔は、憎い場所ではあったけれど、憧れの場所でもあったからだ。


 1年半前、塔が出現してから半年後、兄さんが1階層を攻略し僕は家から追い出された。父様も母様も、兄さんにしか興味がないらしかった。僕の食費を浮かせて、少しでも兄さんの食事を豪華にしていった。次第にメイドや執事、使用人にも蔑ろにされた。もう家に僕の居場所はなかった。


 僕は路頭に迷い盗みを繰り返して半年間生き延び、憧れの塔に登るためにできる限りの準備をした。そして僕は今、塔を目指している。


 スキルは覚醒とスキルスクロールの使用、二つの獲得方法がある。覚醒の場合、選ばれた者が何かをきっかけに発現する。スキルロールは“白き塔”のダンジョンの魔物を倒した際に極まれにドロップしたり、宝として眠っているらしい。当然高値で取引される。


 死にぞこないの僕に今できることは、命を投げ打ってでもダンジョンに潜りスキルスクロールを見つけて一攫千金を狙うことだ。死ぬことなんて怖くない。貴族として生を受けた者が生き恥を晒すことは許されない。

 

 ここ5日間水も飲めておらず、正常な判断ができなかったのかもしれない。だが、スキルスクロールにはそれほどの価値があり、命を賭してでも獲得に塔に向かった人々は多かった。そのため、冒険者の資格を持たざる者の塔への侵入は厳正な処罰が下される。塔の入り口には武装した兵士が見張り、塔への侵入すら困難を極めた。


 「おい、そこのお前。何をしている。」

 やばい、見張りの兵士に見つかってしまった。


 「フードを取って顔を見せろ。」

 正体がバレてしまうと、ウォーリアー家に迷惑が掛かってしまう。スキルなしの無能のくせに、塔を登ろうとした愚か者を輩出した家であると。


 「フードを取らないのであれば、敵意ありとみなし攻撃する。最後の警告だ。今すぐ顔を見せろ。」

 一か八か賭けるしかない。そのために塔を目指してここまで来たんだ。やるしかない。

 家から追放されたときに持ち出せたお金で買えたのは、短剣一本と煙幕一つ。煙幕を握りしめ走り出す。


 見張りの兵士たちが槍を構えると同時に、僕は地面に煙幕を投げつける。


 「なんだ煙幕か!入口まで後退しろ、絶対に通すな。」

 合理的で最も嫌な選択だった。見張りの兵士たちはこれくらい慣れていた。だが、引き下がるわけにはいかない。煙幕が晴れた瞬間、フードを脱ぎ捨て左側の兵士に向かって投げつける。命がけの戦闘で、慌てた兵士がフードを僕だと思ったのか、槍でフードを突き刺す。その隙に、右側の兵士の動きを止める。


 「ごめんなさぁーいっ!」 

 兵士の懐に忍び込み、護身用に少し習っていた体術で右腕を抱えて地面に投げつける。


 よし、これで塔に入れる。

 入り口に入ろうとするアトラスの前に、ダンジョンの見回りに行っていた兵士が、騒ぎを嗅ぎつけて帰ってきた。


 「侵入者だ。そいつを止めろ!」

 駆けつけた兵士が槍で僕の左腕を刺した。


 「あ”あぁ」

 左腕の痛みを無視して、甲冑の隙間の急所部分を思いっきり蹴り上げる。


 「ごめんなさいっ、でもこうするしかないんだ。」

 3人の兵士を後にして、入り口へ急ぐ。


_________________________________________________________________________


 とりあえず、ダンジョンに到着した。兵士たちも死ぬリスクを冒してまで、手負いの状態でダンジョンまで追ってくることはないだろう。


 僕は今塔にいるんだ。二年間ずっと憧れていた塔に。塔には全てがある。僕たちの世界と同じような世界が各階層には広がっている。僕はこの塔で人生をやり直すんだ。


 決意を改めると同時に、槍に貫かれた左腕を思い出した。猛烈な痛みに駆られるが、平静を取り戻し上着の腰回りの布を破り、テーピング代わりに傷口に巻き止血した。


 ここまできた以上、先に進むしかない。用意した短剣を構え、再び覚悟を決め前に進む。


 事前に調べた情報によると、1層はゴブリンやホーンラビットなどの低級の魔物が多いらしい。だが、1層のボスに近づけば近づくほど魔物は強くなっていく。スキルなしの人間が倒せるのは浅瀬の魔物だけだ。


 魔物との接敵は回避しつつ、ダンジョンにまれに出現するという宝箱を狙う。


 カタカタ

 足音が響く。1層は洞窟型のダンジョンであるため、少しの音でも響いてしまう。耳の良いホーンラビットなどの魔物に気づかれぬよう、足音をなるべく立てないように慎重に進む。


 ガタンッ

 しまった。足音を立てないよう気を付けていたら、足元のトラップに引っかかってしまった。

 間一髪で罠の弓矢を避けられたが、このままでは命がいくつあっても足りない。


 ダンジョンには無数の罠が張り巡らされている。そのため、冒険者はパーティーを組み、索敵や罠探知などの役割を分担してダンジョンを探索する。スキルなしの単独探索など自殺行為に等しい。だから、早く宝箱を見つけないといけない。


 「ギャギャギャ、ギャギャギャ。」

 

 ゴブリンの集団に見つかった。見える範囲でゴブリンは三匹いる。まだ碌に探索もできていないのに。ダンジョンに入って10数分だぞ。ここまでなのか。


 震えた手で短剣を構える。ゴブリンたちはお腹でも空いているのか、涎をたらしながら近寄ってくる。


 「はあああああ」


 覚悟を決めて、ゴブリンを目掛けて短剣を振るう。一匹のゴブリンの肩に刺さるが、切れ味も力も足りず、切り裂くことはできなかった。


 短剣を食らわなかった他の二匹のゴブリンが僕を囲って襲い掛かってくる。

 大した人生でもなかった。塔が出現するまでの14年間の人生はすごく楽しかった。貴族としての教養を身に着け、ウォーリアー家の跡継ぎであった兄さんと一緒に領地を守っていくものだと思っていた。全部この塔のせいだ。スキルさえあれば、スキルさえ、、


 今にもゴブリンに首筋を噛まれるかと思った次の瞬間、、、、

 「”サンダーショット”」

 目の前のゴブリンたちが一瞬で灰となって散った。僕に被害が及ばず、かつゴブリンが息途絶えるほどの絶妙な威力調整の魔法、とてつもない実力者だ。死を覚悟した僕は冷静だった。


 「大丈夫ですか。」

 身体を起こして声の聞こえた方に目をやるとそこにいたのは、、


 「なんで、、」

 そこにいたのは、ウォーリアー家のスキルに目覚めた使用人たちだった。


 命を救ってくれたのは、僕が最も会いたくない人たちだった。


 「ここで何をしているのですか、坊ちゃん。いえ、恥晒しのアトラス。」

 執事のテイラーだ。いつも父様と母様、テイラーの三人で、僕を家から追い出そうとしてきた。使用人から僕が嫌われたのもテイラーのせいだ。そんなテイラーは2年前、スキルを得て白髪の中年には似合わない、軽やかな動きとすさまじい体術を会得した。塔の出現後も兄さんの右腕として活躍している。


 「あなたはなぜ、スキルも持たないくせに塔にいるのですか。まさか、見張りの兵士に見られてはいないでしょうね。はあ、あなたはどれほどウォーリアー家に泥を塗れば気が済むのですか。」


 「テイラー、僕は塔を登るよ。ウォーリアー家からは追放されたんだ。もう関係ないじゃないか。」


 「関係ない?そうですね。関係ないなら私があなたを殺しても問題ないですよね。」


 白い手袋に包まれた二本の指がアトラスの両眼を捉えた。そして、大きく振り上げたテイラーの右足は負傷したアトラスの左腕を強打し、アトラスの体を壁にたたきつけた。


 「何も見えないでしょう。スキルなしには、スキル持ちにも夢も敵う叶うはずがないのです。諦めてここでゴブリンたちに食ベられるのを待っていなさい。私たちが助けなければどうせゴブリンたちの餌になっていたのですから。レグルス様には死んだと伝えておきます。それでは。」


 テイラーたちの足音が遠ざかっていく。次に聞こえる足音はきっとゴブリンの足音だろう。目はもう見えない。助けが来たとしてももう冒険者として塔を登ることはできないだろう。


 テイラーが来ても来なくても僕は死ぬ運命だったし、塔を登ることはできなかった。だから、あいつを憎むのはお門違いなんだろう。それでも、悔しくて悔しくてたまらない。憧れた塔まで来れたのに、何もできず何も成し遂げられず、このまま魔物に食べられて死ぬのか。見えない目から涙が流れてくる感覚だけが伝わってくる。


 どれくらいたったのだろう。あれから僕はずっと泣いていた。それでも死ぬのは恐ろしいことで、泣いている間も魔物に見つからないように、声は最小限に控えていた。


 「死にたくないよぉ」

 誇りのために死ねるなら、怖くないと自分に言い聞かせていたが、やはり死ぬのは怖かった。目も見えず、敵に見つかり殺されるのをただ待っている状況では、その誇りも恐ろしさで塗り潰されてしまった。


《スキル『天帝の魔眼』の条件を満たしました。覚醒します。》

 は?頭の中に何か声が聞こえて、視界が晴れてくる。


 スキルに目覚めた者は、頭の中に声が響いたと言っていた。もしかして、そういうことなのだろうか。失明していた目が見えるようになったのだ、スキルの覚醒でしか説明ができない。スキルは超常を可能にする力なのだから。


 クリアになった視界で周囲を見渡す。


 あっやばい。

 眩暈がするほどの情報量の多さだ。


 自然とスキルの使い方は理解できた。まるで元からそうであったように、視界から入ってくる情報が何なのか理解できた。


 透視、未来視、弱点看破、千里眼、追跡などこの魔眼のおかげで多くの能力が使えるようになったようだ。



 スキルを持つ者と持たざる者の最も大きな根本的な違いは、身体能力である。これはまだ実証されておらず、仮説の段階だが、人間の体ではスキルの負荷に耐えられない。そのため、スキルに覚醒するとき、人間の体は再構築される。その結果、身体能力が大きく上昇するらしい。その影響で僕の目も再構築されたのではないかと思う。さらに、僕も例にもれず、今までとは全く別次元の身体能力を手に入れた。


 この身体能力と魔眼があれば短剣だけで、浅瀬の一層の敵は倒せるだろう。魔物を倒せればその素材を売り、生計を立てられる。だが、冒険者でもない僕が素材を売ることは可能なのだろうか。そもそも、見張りの兵士に見られてしまった以上、何事もなく帰ることはできるのだろうか。


 とりあえず、今は魔物を倒すことが最優先だ。

 透視と未来視を使って、魔物を探す。


 ゴブリンだ。今回は1匹だが、先ほどのトラウマを克服させてもらう。

 ゴブリンが右に曲がって来た瞬間、相手の防御より速く、弱点看破で捉えた弱点に短剣を貫く。


 「魔物を倒せた。」

 死角からの不意打ちだったが、透視や未来視、弱点看破など魔眼の力を十全に発揮した勝利だった。浅瀬の魔物は難なく倒せそうだ。 


 この魔眼があれば、僕は塔を登ることができる。もう恥晒しとは言わせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る