57. 私にお任せあれ
ふと目を覚ますと朝日が登っていた。過去のことに思いを馳せていたらそのまま湖の前で寝てしまったようだ。
後ろでカサッと落ち葉を踏む音がした。トーマスだった。
「おはようございます、坊ちゃま」
「おは……!?……よ……う……」
なせが挨拶の途中から目を剥いて驚いている様子のトーマス。
「……?声が途切れ途切れですが酒やけでございますか?」
心なしか声も枯れているし、目の下に隈ができている。
「酒やけ……まあ結構飲んだな」
そう言いつつなぜかキョロキョロと視線が落ち着かない。
「……お前は何やってるんだ?」
「寝てました」
「は?」
「坊ちゃまの父君と語らおうと思って、話しかけていたらそのまま寝ていました」
だって、ここは先代男爵が眠っている場所だから。まあその他諸々も沈んでいるが。
「……そうか。なんか今さらって感じだな」
「あのときから少し経っていますが、まあなにぶん忙しかったものでして」
ヒルデの言葉にトーマスの身体がビクッとした。
「すまんな」
そう、戦いのあと……翌々日にこの世は何が起きるかわからないとトーマスはサラの元に告白するために向かった。告白する前に失恋したわけだが、その結果部屋に引きこもってしまった。すぐに出てくるだろうと思っていたが次の日にも出てこない。
あと少しでジオとレイラの結婚式が控えていたので、出てこなかったら大変と、みんなでなんとか扉の前から声をかけるが、なかなか出てこず。
5日後、結婚式の前夜にお腹が減ったと出てきたトーマス。
ひげが伸びて、心なしか臭う。親友たちの結婚式の前夜に出てきてくれてほっとしたものの、慌てて肌パックしたり、とドタバタ。
無事結婚式に参加した後の昨夜のどんちゃん騒ぎ。
そりゃあ、心穏やかに話せるときはなかっただろう。
「でも、良かったです。にぎやかな声はあの人にも届いたでしょう。あなたが無事に元気でやってくれていることがわかってあの人も感無量でしょう」
まあ、そうかもしれない。
「それで、親父はなんて言ってたんだ?」
返事なんてあるわけがない。彼はもういないのだから。しかし、あえて聞く。
「頑張れといっていました。ぜひよろしく、と」
トーマスはうん?と首をひねった。思っていた言葉と違うう。よくやったとか。お疲れ様とかかと思ったのだが……。不思議そうなトーマスにヒルデが再び声を発する。
「坊ちゃまに素敵なお嫁様をヨロシクと言っておりました」
「は?」
「私にお任せを!今回の恋は失恋という残念な結果となりましたが、恋人がいるなどというのはリサーチ不足。今度は私にお任せあれ!若く、美しく、坊ちゃまにはもったいないお嫁様を見つけてみせます!」
なんでそうなる!?驚きのあまり声が出ないトーマス。うんうんと頷くヒルデ。
「嬉しすぎて、言葉も出ませんか。そうですかそうですか」
一人で満足そうにしている。
「なんでそうなる!?」
やっと声が出た。
「これからは呪いを気にせず、子供も育てることができますし。人手が増えれば、この邸の管理も楽になりますよ」
「いやいや、子どもたちを使用人にでもする気か」
「何をおっしゃいますか。坊ちゃまが働きに出ているように、働きに出るのですよ。女のお子様であれば、家のことができるようになると良いですね」
だって、ここは庶民と変わらぬ暮らしをしている男爵家。自分のできることは自分でやるべし。
「だがら、なんでそんな考えになったんだ」
トーマスの答えに屋敷に戻りかけていたヒルデは振り返ると、艶やかな満開の笑顔を見せた。
「ここが好きだからですよ!!」
そう、ここが好きだから。
男爵家を潰したくないから。
ここでトーマスとお嫁さん、子供の元で働き続ける。
それが自分が新たに見つけた自分の道。
そのためにはまず相手がいなければ話しにならない。
しかしこのままでは、トーマスにはお嫁さんが来ない可能性が非常に高い。トーマスには任せておけない。次の恋こそは自分が恋のキューピッドになるのだ。まだ見つかってもいないのにお節介な考えをするヒルデ。
その顔は非常に明るく眩しい。しかし、トーマスは何やら背筋がゾッとした。
そしてその寒気によって思い出す。自分があることに驚いたことをーーーーー
「おい、ヒルデ」
「はい、坊ちゃま」
「そちらのしゃれこうべさんはどちらさまだ」
親父と話をしていたと言っていたが、まさかーーーーー
「坊ちゃまの父君ですよ。先程湖から拾っておきました。ああそうだ。坊ちゃまにお渡ししないといけないですね」
ほい、と渡されるしゃれこうべ。思わず受け取ると目のくぼみと見つめ合う。父親との感動の再会……本物の頭部人骨。
トーマスは気絶した。
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