55. 失恋のとき②
屋敷を出てサラの元へ向かう途中にトーマスは手ぶらなことに気づいた。告白するのに花の一つでもなければ格好がつかない。屋敷に戻るよりも花屋で買ったほうが早い……ということで花屋に向かう。
花屋が見えてきた……そして、サラの姿も見える。はっ、と気づく。サラは花屋の娘だった………………。サラのお店で花を買ってそれを渡すのはなんか違う気がする。屋敷に戻って庭園の花をミランダかヒルデに包んでもらおうと踵を返そうとした時。
サラの前に高身長、程よい筋肉の付いたスリムボディ紳士がいることに気づいた。ただのお客…………には見えない。なぜならサラの顔が今まで見たことのない輝きを見せていたから。そして、その紳士もサラを優しげな……そして愛おしげな目で見ていたから。
ふらりふらりと無意識に花屋に近づいていた。近くに来た彼に気づくサラと紳士。
「こんにちは、男爵様。もしかして、ミランダさんが頼まれていた花を取りに来られたのですか?」
いつもと変わらないサラの笑顔。先程見た紳士に向ける顔とは違う顔。
「あっ、ああそうなんだ」
思わず何も考えずふらりと近づいていたが、ミランダが花を頼んでいたようで助かった。少々お待ちください、と言ってお母さーんと言いながら店の奥に入っていくサラ。目の前には紳士が……気まずい。ちらっと顔を見ると涼やかな美形のお顔をしていた。こちらに気づくと軽く会釈をされた。
お待たせしましたと戻ってきたサラから花を受け取る。覚悟を決めて気になることを聞く。
「サラさん……そちらの方は恋人とか…………?」
サラと紳士は目を合わせると照れくさそうに笑う。ガーンと効果音がつきそうなほどショックを受けたもののまだ肯定の返事をもらったわけではない……まだ……まだチャンスはあるはず…………。
「男爵様いらっしゃいませ~」
店の奥からサラの母親が出てきた。フフフ~~~とご機嫌なようだ。
「やっぱりわかりますよね~」
何がだ……何が……いや…………わかります。
どう見てもわかります。
「ついにうちの娘にも恋人ができたんですよ~。しかもこんな美形な男性。しかも……宝石商としてやり手の方なんですよ」
はっきりと恋人と言われてしまった……終わった。母親の褒め言葉に照れくさそうにそんなことありませんという様子を見るに人の良さそうな紳士だ。
「…………とても良い人みたいだな。サラさんお幸せに」
この紳士とだったら幸せになれるだろう。いや、全然知らない人だが……なんか見た目がそんな感じがする。
「はい!ありがとうございます!男爵様にも良い出会いがありますように!」
溢れんばかりの眩しい笑顔。
しかし、その笑顔と言葉はトーマスの心に突き刺さった。
こうしてトーマスは告白する前に失恋した。
~~~~~
グスグスと話している間ずっと泣いていたトーマス。話し終わった後も泣いているが……少々泣き過ぎではと思ってしまうのも致し方なし。そして外野はキャハハと笑っている。頼まれたからというより本人たちがただ面白くて笑っているように見えるんだが……。
「サラさんがあんなに面食いだったとは……」
いや、キール将軍を見たときもポーッとしていたが。あの美貌は規格外だし、誰もが見とれるだろう。いや、それにしてはポーッとしすぎていた気も…………。やっと涙が枯れたトーマスは次はグチグチ言い出す。
友人の姿に若干ひきつつ周りを伺う。何が楽しいのかキャハハ、ケラケラと楽しそうに笑っている。酒の力恐ろしや……。
グチグチ言うやつ、ひたすら笑っているやつ……自分は結婚祝いに呼ばれたはず……これはなんの会?と気が遠くなるジオだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます