28. 昔語り
ヒルデが男爵家に戻ってきた夜のこと。
「ヒルデお帰り~!カンパーイ!!!」
「「「お帰りなさ~い!!カンパーイ!!!」」」
晩御飯の時間。今日はヒルデが狩ってきた鹿肉を使ったごちそう。ヒルデ帰還の連絡を受けて、ジオとレイラも晩御飯にお呼ばれした。ごちそう持参で。
「ミランダ、この料理美味しいですね」
ジオが料理を褒める。
「あら~。これはレイラ様が作ってくれたんですよ~。顔も綺麗で、お料理もできるなんて鬼に金棒よね~~~」
「……っ…………」
レイラの顔が真っ赤に染まる。美味しいと言われたのが嬉しいが反応に困ってしまって声が出せない。
「いや、伯爵家にはコックがいるだろ」
トーマスのツッコミに、レイラが思いっきり睨みつけてくる。怖いっ。
「そうなのか。この腕前なら毎日でも食べたいな」
「えっ………」
ますます赤くなる。茹でたタコみたいだな…とトーマスは失礼なことを考える。
「あっ…ありがとう……ジオ。あっ!ところでヒルデ、久しぶりの王宮はどうだった?友達とは会えた?」
恥ずかしさをごまかそうと、わたわたとヒルデに話しをふる。
「付き添いの兵士さんたちと話したくらいです。お友達はまあ……クビにされた将軍と仲良くしてもメリットないですしね。それぞれ忙しい立場だったりするので、話してる時間はありませんでした」
時間がないというよりも自分で時間をなくしたようなものだったが……。
「そうだったの…なんかごめん」
レイラの顔が曇ってしまった。
「いえいえ、別に構いませんよ。一番会いたいのは友人たちより恩人でしたし。孤児院にいた私を見出し王宮に連れていってくれました。魔術の使い方、剣の使い方、体術等々……その方がいたから将軍になれたとも言えます」
「へ~素晴らしい方があなたの恩人だったのね」
レイラの言葉は皆が思ったことだった。その人の話しをするときのヒルデの表情がとても穏やかで、愛おしいものを見る目だったから。でもどこか暗い色も伺える。
「そうですね…私にとってはですが……」
「は?」
「妻子ある方だったのです。私の魔力の高さやいろいろな飲み込みのはやさを見て、家庭は省みず、私の教育ばかりなさっておられましたので。ご家族が与えられるはずだったものを私が受けてしまっていたので……。人間としてできていたかというとそうでもないような気がしますね」
「そ…そうね………」
「ええ………」
皆視線をそらし気まずそうな表情をしている。
「お前がねだったわけじゃないんだろ。その人がお前をとったんだから、お前は悪くねえだろ。幼児が誰か大人と一緒にいたいと思うのなんて当たり前だろ。お前が気にすることはねえよ」
トーマスがちょっと硬い声をだした。
「そうかもしれませんが………」
「よし、みんな食ったなー。この辺で解散にするぞ」
トーマスが真っ先に席を立ち、食堂から出ていく。皆もぞろぞろと自分が戻るべき場所に戻っていった。レイラを除いて。そのレイラがニヤニヤしながらヒルデに近づいてきた。
「ヒルデ」
「はい」
「その方があなたの初恋なの?」
「えっ?あの人格破綻者がですか?」
「えっ?」
からかってやろうと思って近づいていったのに、意外な返答に驚くレイラ。先程の恩人のことの話題に触れたときのヒルデの瞳が若干暖かい感じがしたので、恋心を抱いているのかと思ったのに。
「申し訳ありませんが、そんなものではありませんよ」
「そっ……そうなのね…………」
人格破綻者相手にそんな想いは抱かないだろう。乙女の大好物、恋バナができると思ったのに。若干へこみ気味で自分も帰ろうと扉に手をかけるレイラはハッとする。
美しい漆黒の髪の毛を窓から室内に入ってきた風に揺られながら立っているだけのヒルデに、なぜか肌が粟立つ。空気感……それともその紫色の瞳に揺らめく狂気的な熱のせいか。
「ええ……そんなものではありません。彼は私の全て。今の私は彼が作り上げた。彼がいなかったら今私はここにいない。私は彼のために生まれ、生きている」
なんだそれは……レイラは声が出せなかった。かといってその姿から目を離すことができなかった。固まるレイラにそれ以上何も言わず、口の端を上げると人差し指を口元にあてると小さくシー…………と言った。
そして消えた。
ヒルデが消えるとハッと動けるようになったレイラは腕を交差し両腕をこする。
「なにあれ……こっわ…………」
なんなのだ、さっきの禍々しいほどの美しさ、狂気は。それにシー…って、
「誰にも言うなってこと…………?」
あのシー……にどんな意味があるのかは正確には分からないが、今日のことは誰にも言うまいと思った。人から話す恋バナは楽しめば良い。しかし……こちらから聞き出そうとする恋バナは後悔しかない。そんな変な価値観がついてしまったレイラだった。
それにしても……人格破綻者を崇拝しているなんて、やっぱり天才とは普通の人とは感じ方が違うのね……。ちょっと残念な子を見る目になってしまったのはご愛嬌だ。
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