27. 帰還
男爵邸で草むしりをするトーマス。急に人の気配がしたかと思うと、下を向いていた視界が陰る。
「坊ちゃま、ただいま戻りました」
最近は聞いていなかった聞き馴染みのある声に顔を上げる。そこには想像通りの人がいた。急に現れる彼女に驚いていたのが懐かしい。最近では少々慣れてしまった。
「ヒルデもう帰ってきたのか」
彼女がここを去ってから1週間。普通なら行って戻ってするには1ヶ月以上かかる。
「到着した日に魔術でとんぼ帰りでしたので」
「おっ、おぉ~~~。もっとゆっくりしても良かったのに」
こいつ人間じゃないと思ってしまうのも致し方ないだろう。ふと、顔に向けていた視線を下にずらし、首を見て言った。
「とりあえず、首くっついてて良かったな」
「あはは、ちょっと質問があって呼び出されただけなのに、頭と身体が離れるわけないじゃないですか」
「あはは、お前言動が失礼だからな~~~」
「あはは、そんなんで首チョンパならとっくの昔に首飛んでますよ~~~。いや、職業的にはクビ斬られてますが」
あははと2人が笑っていると、ミランダとアイルがやってきた。
「あら~お帰りなさい」
「お帰り、ヒルデさん」
にこやかにヒルデを迎えてくれる2人。
「そうだ、聞いてくれよ。こいつらめっちゃ仕事してたんだよ。普通の20代くらいのやつらの速度で動いてたぞ。火事場の馬鹿力ってやつだよな。……家を清潔に保つために」
普段から動けるのに動かないだけだろうと思うが、真実は闇の中に葬り去るに限る。坊ちゃまのピュアな心は大事にするべきだ。トーマスは察しは悪くないはずなのだが……なんというのか、まあ苦労をかけた二人を大事にしなければという思いが強いのか……。見る人から見れば2人が常人離れした老人を普通の老人、いやむしろ弱々しい老人フィルターで見てしまう。とはいうものの“普通の“20代くらいとか言っちゃう時点で二人が普通じゃない人間ということは無意識のうちに察しているようだが……。ヒルデはふと気づく。
「あら?そういえばカイル様はどちらに?こちらに置いて行かれていましたよね?」
「ああ、あいつなら……」
王宮の兵士をあいつ呼び……ああと察する。
「ヒルデさ~ん!!!」
噂をすればなんとやら、リュックを背負った本人が涙を流しながら走ってこちらに向かってくる。眼の前でキキーッと停まるとキラキラとした眼を向けてくる。その顔を見てヒルデはニコリとする。
「隊長殿が早く戻ってこい、と言っておりましたよ」
勝手に置いていくことを決めたのに今度は早く帰ってこいとは……と思うことなくカイルは涙面から一転して満面の笑みを浮かべると
「かしこまりました!それでは皆様お世話になりました!!」
ペコっと頭を下げると馬に跨り王都に向けて駆けていった。
「おっおい……給金は………………まあ、いっか使い物にならなかったし……」
軍人として有能な人間がハウスキーパーとして有能なわけではないのである。ヒルデはだからあいつ呼びだったのね、と再確認できた。ちらっと横目で薪置場を見る。
「それにしても久しぶりの田舎はいいですね~。空気がおいしい。薪が少なくなっているようですね。ちょっと薪割りに行ってきますね~~~」
返事も聞かず、森の中に入っていく。帰ってきて早々働こうとするのを止めることなくその背を黙って見送る3人…………ではなかった。
「ヒルデ!!おかえり」
「おかえりなさい、ヒルデちゃん」
「おかえりなさい、ヒルデさん」
その言葉に振り返ったヒルデはふっと笑うと、森の中に姿を消した。その背中を見送ったトーマスは呟いた。
「とりあえず特に変わった様子もなさそうだし、良かったな」
「そうですね。坊ちゃま」
「それにしてもヒルデさんは湖が好きだなぁ。薪割りに行くのも湖を見たいからだろう」
トーマスが所有している森の中にある少し小さ目の湖。非常に美しい湖で、ヒルデはその湖を見ながら薪割りするのが好きなようだった。
「まあ、普通にきれいだしな。ザ帰ってきたって感じがするから早速行ったんだろうな。王宮の荒んだ空気吸ってきたから、きれいな空気吸いたいんじゃないのか。俺もこの前、帰ってきたとき、湖に行ったぞ。心が洗われる気がするよな」
「坊ちゃまそんなことより!ヒルデちゃんが帰ってきたから、何かいいお肉狩ってきてくださいよ。今日はごちそうにしましょ」
「おお!ごちそうは賛成だが………自分でなんか獲物採って帰ってくるだろうな」
「………そうですね…。坊ちゃまの出番なしですね」
「……。今日は伯爵家の柵を直しに行くんだった。行ってくる」
「はい、しっかり稼いできてくださいまし」
「行ってらっしゃい、坊っちゃん」
今日もとってもいい天気だ。ヒルデが帰ってこようが平常運転の男爵家だった。
~~~~~
森の中に一人入ったヒルデは薪割りするでもなく、湖の前に佇んでいた。すっとしゃがみ湖を撫でると、指がついた湖面を中心として波紋が広がる。
「勝つのは私………………」
ヒルデの小さなつぶやきは風に乗って消えていった。
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