25. 謁見

 王宮の門を守っていた兵士は目の前に立つ人物に困っていた。目の前に立つ今までに見たこともない絶世の美女、いや正確には遠目からならば見たことはある…あれは、軍の訓練だったか………そのときも綺麗だと思ったが間近で見ると信じられない美しさだった。


「元将軍ヒルデ・ブルク、現在は平民のヒルデにございます。陛下の命により、登城いたしました。お取次ぎを願います」


 このセリフは3度目だった。


 この女神のような女性が元将軍であるヒルデであることは間違いない。だが、陛下の命と言うが門兵には特に連絡はなかった。王宮を追放された元将軍、ようするに今はただの平民である。一応上の者に報告はしたものの、皆陛下に取り次いでいいものかわからずごちゃごちゃしたやりとりがあり、なかなか陛下まで報告が届かない。


 大々的に捜索命令を出していれば良かったが極僅かな人間しかしらなかった。陛下の命と言われても誰もそんなこと聞いていないので信憑性が低くなってしまって、なかなか取り次いでもらえない。相手は最強の魔術師。王宮で何か問題でも起こされたら自分たちのクビが物理的に飛ぶ。いや、でもこの目の前に立つ女性を怒らせでもしたら、それはそれで物理的に首が飛ぶだろつ。


 おいおい、どうすればいいんだよ~~~と思っていたら、後方から大声と共に土埃が近づいてくる。じーと見ていると全力疾走してくる馬と必死の形相をした馬に乗った人だった。


「ヒルデ殿~~~!!!待ってください~~~!!!速すぎです~~~!!!どこのメイドがそんなに早く馬に乗って走れるんですか~~~!!!」


 先輩兵士が叫びながらも、ヒルデに追いついた。意外なことに先輩は隊の中で1、2を争う剣や乗馬の腕前を持っていた。ちなみにいつも争っているのは後輩兵士である。先輩はやる気なさげなときも多々見られるが、やればできる男なのであった。


 男爵領から猛スピードで駆け出したヒルデ。なんとか見失わないように追いかけていた二人だったが、隊長は中間地点くらいで脱落。人の多い王都に入り、スピードは落ちたものの見事な手綱さばきで人の間をぬっていくヒルデに先輩も置いていかれた。


 ヒルデとしては初っ端から置いてってやろうと思っていたのだが、食らいついてきたので驚きだった。王都に入ってからは引き離せたが……。自分もまだまだ未熟だな……と少し反省していたものの、余裕ぶって軽口を叩く。


 「あら~、メイドにおいていかれるようでは将軍にはなれませんよ」


 ちょっと上から目線で物を言うヒルデ。


「誰も将軍なんて目指してませんよ!めんどくさい!!」


「あらま、まだお若いのに向上心のない…」


「いやいや、ほとんど年変わらないでしょ!!」


「いえいえ私はもう将軍になりましたから」


「クビになったでしょ」


「あらま、レディに向かって何たる言い草」


 その後もギャイギャイと騒ぐ2人。戸惑う門兵。どうすれば……とおろおろしていると先程の光景が再来した。土埃と共に猛スピードで近づいてくる馬と人影。隊長がやっと追いついた。


「ぜー…ぜー……捜索隊隊長のジークです。陛下にお取次ぎ頂けますか?」


「畏まりました!少々お待ちください!!」


 陛下に取り次いでも問題ない人間の登場に門兵の目尻に嬉し涙が浮かんでいたのは気のせいだろうか……門兵が中に入っていくのを確認したヒルデは隊長に向き合った。


「隊長殿はジーク様とおっしゃるんですね」


「今更ですね。そちらはハイドです」


「ハイドです。よろしくお願いします。ちなみに男爵邸にいるのはカイルです」


「ヒルデと申します。よろしくお願い致します」


 今さら自己紹介をする3人。その後も適当におしゃべりをしていると門兵が戻ってきて城内に入れることになった。ジークの口から思わず出てしまったのだろう、「やっと密命が果たせた……」と聞こえた。


(((えっ…密命だったの。いや、めっちゃ目立ってたし。今もヤバいくらい目立ってるけど)))


 門の前には人だかりができていた。でも、そんなことは言わない門兵含めた3人。門兵はさておき、ヒルデとハイドも意外と空気が読める系の人間だった。




~~~~~


 隊長改めジークが陛下に取り次いでもらえたことで王であるリカルドと話すことになったヒルデ。彼女は王の執務室の椅子に座っていた。


「お久しぶりにございます、陛下」


 声をかけると執務机に積まれた書類と格闘していた若き王が顔を少しだけ上げる。


「ああ、久しぶりだな。しばし待て。あとこの机の書類を片付けてしまう」


(いや、100枚以上あるんですけど………)


 と思いつつ、勝手に椅子に座ると大人しく待つことにする。


(それにしても、人の顔を見るなりみんなぎょっとした顔しちゃって。クビにされた人間が復讐にでも来たと思っているのかしら。だったら実力のあるものに監視させればいいじゃない。それとも、単純にここにいることに驚いただけなのかしらね~。そういえばこんなに騒ぎになってるのに、顔見知りは来ていないし、みんな冷たいわね~。っていうか、坊ちゃまたち大丈夫かしら。まあ、心配ないわよねミランダさんとアイルさんが付いているし。二人共さぼってるだけで、やろうと思えばまだまだできるし…。カイル殿もいるし。彼力仕事得意そうだしね。そういえば、今日の夜ご飯何しようかしら…肉?魚?王都ではやりのお菓子にしちゃおうかしら……でも…。そういえば……………。)


「………おい!おい!ヒルデ!皇帝の執務室で寝るやつがいるか!起きろ!!」


 うるさい声に目を開けると窓の外に見事な夕日が見える。鮮やかなオレンジ色である。オレンジ………


「オレンジ食べたい………というか、こんな時間まで人を待たせるとは何事ですか、陛下?もっと早く仕事はこなさなければなりませんよ。それにこんなに待たせるのではなく切り上げてちゃんと客人の相手はするべきですよ」


 王宮についたのがお昼少し前なので、5時間くらい経っていた。


「言っていることはその通りだと思うが、待ってろと言われて5分で寝始めたやつに言われたくないな。普通、王の前でグースカ寝るか?気持ちよさそうに寝てたからそのままにしておいたが」


「あら、そうでしたか?一瞬寝かけただけかと思ってましたわ」


 しっかり5時間近く寝ていたのに白を切るヒルデを見つめた後、ため息をつくリカルド。無駄話している場合ではない。


「………何をするつもりだ?」


 ヒルデを見たまま視線をそらさないリカルド。ヒルデも視線を外さないまま、薄っすらと微笑むものの無言のままだった。


「………妃がお前が何かやらかす予知夢を見た」


 妃ーーーオハラは極稀に予知夢を見ることがあった。当たるときもあれば当たらないときもある。しかも、本当に極稀に見るだけのものだったからあまり信憑性のないものだった。


「しっかり尻に敷かれていますね~。妃様から私を止めるように頼まれたといったところでしょうか…」


 ふふっと軽く笑う。


「………何かお前に考えがあって動いていることは察してはいた。だが、妃の話しではお前が全力で魔術を展開しているビジョンが見えたそうだ」


「あら……今お世話になっているところに何か起こるのかしら?用心しなければ」


「…………もう一度聞く。何をする気だ。父上…先王はご存知なんだろう?あの事件の時お前を一旦解雇し、雇い直そうとしたのも先王のお言葉があったからだ」


「………………。先王のことはわかりかねますが……私のような平民が陛下に嘘偽りを申すなど恐れ多いことですわ。………ですから、何も申し上げることはございません。私が個人的にすることです。誰かに力をかしてもらうことでも……まして口出しされるものではございません」


 秘密はあるけど、嘘はつきたくないから黙る。王といえど口出し無用。なかなか失礼なことを言っている。ヒルデはニコニコとしたまま表情は変わらないように見えるが、瞳に少しばかり面倒そうな色が見える……いや、わざと見せているのか。


「……まあ、お前が国に何か害になることをするとは思っていない。だが、妃が心配していたからな。あいつはお前に恩を感じているし、好いている」


「まあ!好いているなどとどうしましょう。陛下というものがありながら私に惹かれるなど……。しかし致し方ありません。私の美貌は何者も虜にするのですから」


 真面目な話しをしているときにこいつは何を言ってるんだと呆れてしまう。自分の妻が自分よりお前を好きなわけ無いだろうと言いたいところだが、言葉にした瞬間何倍にもなって返ってくることが予想される。それに……うまいこと話しをそらしたな。


 恨めし気に宝石のように美しい瞳を見つめたあと、ため息をつく。昔から自分を曲げることがない人間であることはわかっている。王相手にある程度忠誠心はあってもイエスマンではない。むしろこちらが譲歩することが多かった。

 

 妃は心配していたがヒルデが全力で戦う相手。そんな相手と戦える人間はほぼいないだろう。キールも世界屈指の実力を持つとはいえ剣術だけならまだしも魔術も含めた勝負となったらヒルデには遠く及ばない。ヒルデが規格外なのだ。だから彼女に何かあったとしても自分たちにできることなどない。


 しかし、なんやかんやいっても……まあクビにした相手であっても友人だと思っている。彼女に何か起こるのであれば……王宮に留めておき、何か手助けができたらと思う。


 少し考え込んでしまった王を見つめながら、ヒルデが呟く。



「………ええ、国に仇なすことはありませんよ。…………たぶん………もしかしたら、何か害は及ぶかもしれませんが…………」


 最後の方は本当に小さい声でつぶやかれた。が、耳の良いリカルドには聞こえた。


「は?」


「では、陛下失礼致します。ご心配いただいて感謝いたしておりますが、非常に個人的なことにございますので、放っておいてください」


 美しい笑みと美しい敬礼をすると、出ていってしまった。


「おいっ!ちょっと待てっ!」



 王の叫び声が響いたが廊下にいた使用人たちは聞こえないふりをした。



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