22. 目撃情報④

 男爵邸に向かう道中、休憩したい2人はしばらく歩いているもののまだブツブツ言いあっていた。一応ちゃんとついてきてはいたが………。やる気のない二人を見て、トーマスはちゃんと探す気があるのかと疑問に思ってしまった。


「隊長殿一つ確認したいことがあるんですが、よろしいでしょうか」


 ずっと黙っていたトーマスが3人の姿を横目で捉えつつ話し始めた。


「ああ、構いませんよ。なんでしょうか?」


 筋肉男爵と呼ばれても怒らない。王宮から派遣された兵士が自分の家のメイドを探していると聞いても動揺もしない。かといって、媚びを売るでもない。人を疑うことをしらない楽天家か、金にがめついやつか、何事にも動じない豪胆なやつか。トーマスのことを捉えきれない隊長。


「うちのメイド………いえ、ヒルデ元将軍をお探しとのことですが、彼女に危害を加えにきたわけではないですよね?」


 さっきまでの案内人に選ばれて金がもらえるーと、ほくほく笑顔のまま世間話しをするかのように言葉を発するトーマス。それが逆に不気味で捜索隊の3人は静かに腰の剣に手をかけた。


「……………危害を加えに来たわけではありません。王宮にお連れしろとの命を受けてここにいます」


 なんだこいつは……剣を持っているわけではない。でも何を考えているのかわからない。王宮に勤める兵士が自分の領地も持たない、特に知名度が高いわけでもないただの男爵に怖気づくとは。


「じゃあ、皇帝との約束を破ったヒルデを処罰しにきた訳じゃないんですね?」


「約束とは何か存じ上げませんが、我らがすることは一つ。ヒルデ元将軍を見つけ出すこと。可能であれば王宮に連れて行くことです。………というよりも、元将軍と知った上でメイドとして雇われていたのですね」


 まず、そこに驚きだった。


「何を今更……。うちの邸のやつら…ほんの数人だがみんな知ってますよ。あいつがうちに来て10日くらいでうちの周りのやつらはみんな知ることになりましたよ。………むしろ、知りたくなかったのに。……………面倒だし…」


 最後の方はほとんど聞き取れなかったが、こんなに一生懸命探したのに、知ってる人は何年も前から知っていたことにやる気が失せてしまう。なんで、王都まで伯爵領に元将軍がいるって噂が流れてこないんだよ。せめて周辺領地に噂が流れてこないんだよ。不思議だねー、奇跡だねー、という感じだが噂にならなかったものはしょうがない。


「まあ、人の不幸は蜜の味ですけどね。でも自分が何か危険に巻き込まれるのは嫌だから追放された人間のことをベラベラしゃべろうとは思わなかったんでしょう。それにあいつ………いいやつだし……仕事できるし……いなくなったらうちの邸が………」


 こちらの表情から読み取ったのか、慰めてくる。最後の方は聞き取れなかったが、自分の気持ちを言っているだけなのかもしれない。別に犯罪者でもないから隠すことではないし、本人も隠れているつもりもない。だけど、周りの人のほうが気を使ったんだろう。


 とりあえず何を考えているかよくわからないが、危害を加えてくるわけでもなさそうなので、柄から手を離す。


「それでお屋敷にお邪魔してもよろしいでしょうか?」


「ああ、危害を加えるつもりがないならウェルカムです!」


「………では、引き続きお願いします」



~~~~~


「てな感じだ。あっ!約束の金貨をお願いします。なにせうち貧乏でして……」


 隊長から金貨を受け取るトーマスを見てわなわなと震えるレイラ。


「ねえ……それってヒルデのこと売ったって言うんじゃないの?」


「えっ……でもどうせ俺が黙っててもこの人たちきっとここにきてたしな。どうせ来るなら金もらって得したほうがいいだろ」


 そういう問題じゃないだろ!と震えが止まらないレイラ。私がしたことって……とお怒りモードだった。レイラが怒ったのはトーマスがここに案内したことはもちろんのことだが、実はレイラも兵士にヒルデのことを知っていると言おうかと一瞬思ったからだった。ーーーヒルデがいなくなればジオのヒルデへのあの視線を見なくてもよくなるーーー。そんな考えが頭をよぎったものの知らないという言葉が出ていた。


 だって、ヒルデのことを友人だと思っているから。ヒルデと話していると楽しいし、ヒルデが作る男爵邸の料理はおいしい。洋服のアドバイスもセンスが良くジオからほめてもらった。誕生日のとき声をかけてくれたことも嬉しかった。それに蝶の髪飾りーーーあんな高価なものーーーをもらって……!いや、決してものに惹かれたわけじゃない。


 自分は葛藤して私欲に打ち勝ったというのに……という怒りが彼女を震わせていた。


「…………せ」


「あ?なんだって?」


 レイラが何か言ったが声が小さくて聞き取れない


「返せって言ったのよ!!」


「何もとってねえよ」


 トーマスの頭の中は?マークでいっぱいだった。


「あのときの気持ちを返せって言ってるのよ!!!」


 トーマスは更に頭の中が?マークでいっぱいになった。



 二人のやり取りを黙って見ていた兵士3人は、二人を放っておくことにした。だってこのままでは話が進まないから。隊長がヒルデに向き合う。


「改めてお聞きします。ヒルデ殿でいらっしゃいますか?」


「違います」


「「「はっ?」」」


「なんちゃって」


「「「はあ」」」


 これまた初対面の人をからかってケラケラと笑うヒルデ。笑いをおさめると首を少しすくめて軽く言った。


「いかにも、私がクビにされたヒルデです」


 やっぱりそうだった。将軍ってこんな人なのって、ちょこっとショックを受けながら、気を取り直した兵士たち。


「男爵殿、少しヒルデ殿とお話ししたいのですが、お屋敷を借りてもよろしいでしょうか?男爵殿も可能であれば同席していただきたいのですが」


 まだレイラと言い争っていたトーマスに声をかける。ヒルデだけでなく、トーマスにもこうなった経緯を聞きたい。ここで働いているのなら王宮に連れて行くにも主人のトーマスの許可がいる。


「構いませんよ。どうぞ」


 トーマスの両方のほっぺたに手形がついていたが、見なかったことにしておく。


「ありがとうございます。それでは早速お屋敷に失礼させていただきます」



 兵士3人はほっと安堵の息を吐いた。相手は天下の魔術師。話しをする前に逃げられる恐れもあったがとりあえず第一関門クリア。


 まあ、これからどうやってヒルデを王宮に連れて行くのかが問題なのだが…………。


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