10. 正体がばれる〜3年前〜

 ~またまた過去…ヒルデが男爵家で働き始めて1週間程経った日の朝~



 まだたったの1週間だったが、ヒルデは何をやらせても

誰よりも早く正確に仕事をこなした。おかげでニーナは彼女が来てからたったの2日で退職します!といって出ていった。もともとアイルとミランダがやっていた仕事ばかりなので、ニーナがいなくてもヒルデに教えることができたからでもあったが。


 トーマスは今まで頑張ってきたご褒美か!と神様に感謝していた。


 今までは朝一の時間を庭の雑草除去に費やしていたが、剣の素振りに当てることができるようになり、この日も外で汗をかいた後屋敷の自室に戻った。


 そこで机に置いてある新聞を手に取った。この辺には関係のない話しばかりだなーとどんどん記事を読み進めていく。しかし、ある記事を目にしたとき



…………固まった。





「ヒルデーーーーーー!!!」


 屋敷中にトーマスの大声が響き渡った。広大な屋敷に響き渡る、すごい声量である。


「はい、坊ちゃま。お呼びでしょうか?」


 目の前にヒルデがいた。ものの5秒。トーマスは驚いて声が出ない。


「「どうされました坊っちゃま(ん)」」


 アイルとミランダが目の前に現れた。ものの30秒。


「……ちゃ、ちゃを……。とりあえず茶をくれ」


 出してもらったお茶を飲んで気を落ち着かせると、トーマスは言葉を発した。


「ヒルデ、お前に聞きたいことがある」


「なんでございましょう?坊ちゃま」


「今から聞くことは俺の勘違いだと思いたい。でも俺の勘が告げている、そうだと。というかここにでかでかと書いてある。いや、前からもしかしてとは思っていたが、違っててほしいと思い目をそらしていた。でも、心の底から違っていてほしい。めちゃくちゃ外れていてほしい」


「「「はやく言ってください、坊ちゃま(ん)」」」


 いつまでもグダグダ言って先に進まないトーマスに苛立ち、3人はさっさと話すようにと促す。


 トーマスはふーっと息を吐くと先程見ていた新聞のある記事をヒルデに見せながら言った。


「……………………ここに書いてある解雇された我が国の大将軍ヒルデ・ブルクとはお前のことだろうか?」


「………………」


「あら~ヒルデちゃん只者じゃない感じがしていたけれど将軍だったの~」


「ヒルデさん、仕事できるからなー」


「いやいや、仕事できるしー。だから大将軍でもおかしくないよねーみたいなレベルの話しじゃないだろ。ヒルデ将軍っていったら、18歳で将軍になった若き天才。更に2年前の大戦で大活躍して周辺国を屈伏させるのに活躍した英雄の一人だろ。ここにいるのおかしいだろ……いや、なんでここにいるのかはお前たちが連れてきたからなんだけど。そもそもなんで将軍が付いてきちゃってるんだって話しで…!」


「………………皆様、名前が同じだけですよ。ちょこっと人より仕事ができるのは事実ですけど。……私がそんな将軍と呼ばれる女傑に見えますか?将軍なんて、きっと筋肉ムッキムキのゴリラみたいな人ですよ」


「いや、ヒルデ・ブルク将軍っていったら武術も剣術もすごいとは聞いているが、美人としても有名だしな。それに特に秀でてるのは魔術だろ?優秀な魔術師として有名なんだからムッキムキのゴリラって印象じゃないし。魔術に筋肉なくてもいいだろ。つーか、普通にここに似顔絵が書いてある。お前とそっくりだ」


「…………………………」


 新聞には明らかにヒルデと思われる絵がでかでかと掲載されていた。


「訳ありだとは言ってたけど、将軍ってほとんどこの国のトップじゃねーか。なんでクビにされてんだよ?っていうか、国の秘密とか知ってるよな?敵もめっちゃ多いよな?暗殺とか来たりするんじゃないのか?めっちゃ怖いんだけど、大丈夫なのか?」


 目をぐるぐるさせながら矢継ぎ早に質問するトーマス。


「クビにされた理由はそこに書いてあるでしょう?そんなことを本人に聞いたら失礼ですよ」


 目を白黒させるトーマスに呆れたような視線を向けるミランダ。アイルも「そうですよ、坊っちゃん。暗殺とか怖いこと言って女性を不安にさせるよのじゃないですよ」と言っている。


「失礼か?いや、まあ普通に失礼だな。……いやいやこれ俺らの命もかかってるよな?まあクビになった理由も書いてあるけど……要するに王様の愛する人のわがままの尻拭いってやつだろ。そんなんで将軍がクビにされるか?クビにするくらいなら消されたり、幽閉じゃねえのか?いろんなこと知ってる女がクビにされた腹いせに海の向こうに渡って他国に情報売ったりする可能性だってあんじゃん」


 冷静になってきたトーマスが冷静に分析しだした。


「そんな単純な問題ではないのですよ。陛下は色恋に溺れる方ではございませんし……。政治というものはいろいろあるのです」


「あら~そうなの?面倒だわー」


「ちなみに暗殺者に関しましては、一応警戒はしております。……しかし、襲われるかどうかは……まあ運としか言いようがございません」


 申し訳なさそうに言っているが、なぜかその言葉を素直に受け止められない。ヒルデの申し訳無さそうな顔があまりにも芝居臭いからだろうか。ちょっと笑ってるように見えるのは気のせいだろうか。


「………そうか」


 暗殺者と言ったものの実際、ヒルデに危害を加えられるものなど、この世に片手で数えられる程度だろう。各国の将軍級でも相手になるものは少ない。ヒルデが本気を出したら一つの国くらい簡単に滅びると言われているくらいの実力者だ。


 とはいうものの、ヒルデは大丈夫だろうが男爵家3人衆は大丈夫ではない。不安は募るばかりだがもう雇ってしまったものはしょうがない。



「それにしても王宮でのできごとだからか、オブラートに包んでいるっていうか、はっきりと何があったか書いてないからわかりにくいな」


「詳しいことを知りたいですか?」


「いや、知りたくない。知ったらいけないから詳しく書いてないんだろ」


 知らない方が幸せということがこの世にはあるものだ。トーマスはきっぱりと断った。


「今回の件は私が将軍として大活躍した大戦のときにまで話しは遡ります」


……が、勝手に話し出すヒルデ。


「知りたくないって言ってるだろうが。それになんか自己評価高くねえか?」


「もともと私は武、知識、魔術……あらゆることで他者と比類なき能力を持っていまして……まあ、もちろん生まれながらに持っている能力に努力して更に高めていったのですがーーーーーー」


「…………」


 もうヒルデが何も聞く気がないことを悟ったトーマスは黙って話しを聞くことにした。



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