「錬金術師」ではなく「錬菌術師」 神に救われたので善人も悪人も全員救う旅に出ます
マロン64
プロローグ
そこは白い空間だった。何もない空間に白い光球はただ佇んでいた。
そこに白い純白のドレスを着た女神が歩いてきて、ふっと息を吹きかける。
すると白い画用紙に絵の具が色をつけるが如く、魂が吹き込まれていく。
その魂は思い出した。自分は綾野 康二と呼ばれる、地球では何も目立たない男性であった事を。一体自分はなぜこんなところにいるのかと考えていると次第に記憶が戻っていく。なぜ綾野 康二は白い空間に来たのかというと…
日本時間でいう繁花17年 4月9日 午前10時に遡る。
綾野 康二は自分の運命を呪いながら、公園のベンチに1人佇んでいた。埼玉の閑静な住宅街の中にある寂れた公園であった。
彼は無職の30歳男性である。生まれてからずっと無職であったわけではない。高校を卒業し、地元のゴトートウカドウというスーパーで正社員として働いていたこともあるし、ある時はラーメン屋の調理スタッフもしていた。
仕事ぶりは真面目だし、人間関係も良好だであったが彼はある問題を抱えていた。それは勤怠が安定しないことである。頻繁に体調を崩し、心配した上司が1人暮らしの家を見にいくと、青い顔をした彼が頭痛でうなされていたこともあった。
そんなことが何回も続くと会社もこれでは面倒をみることができんと無理やり休職させて、病院に行かせたこともある。しかし体に異常は診られないと言われ、そのままズルズルと退職させられる。
そんなことが続き、彼は定職に就く気力を失い、家に引き篭もるようになっていた。
しかし、両親は彼の苦悩を理解せず、ハロワに行けと口うるさくいうばかりであった。そして春の穏やかな朝、家を追い出されハロワに行って、職をみつけるまで家に帰ってくるなと
3万円を押し付けられ、追い出されてしまった。
「3万円なんて、駅前のネカフェに泊まり込んでも10日で追い出されるだろ!電車代だってかかるから、どこかでバイトの仕事でも探してこいってか?今までと何も変わんないってあいつらは分かってるのかな…」
もう嫌だこんな人生、なんてムリゲーと思いながら、公園のベンチに座り込んで塞ぎ込んでいるとどこかで
「にゃあ」
と可愛らしい鳴き声の猫の声がする。どうでもいいと思いながらも顔を上げてみると目の前には可愛らしい白猫がチョコンと座り込んでいた。
「何だお前、俺は餌なんて持ってないぞ、どっか行け」
「にゃにゃにゃー」
一向に逃げずに康二を構ってくる謎の猫に興味を持ち、少し撫でてみる。しかし抵抗もせずにゴロゴロと喉を鳴らす猫の可愛さに陥落した彼は、白猫を抱いてブランコに座ってみた。
「ナーウ」
白猫が鳴いた瞬間、先ほどはポカポカとした春の陽気に包まれていた公園に急に強風が吹きだす。
「ん?」
康二は何か様子がおかしいことに気付いた。その次は乗っていたブランコが勝手に揺れだす。そして康二の体は金縛りにあったかのようにブランコに固定されていた。
なんだかおかしなことになっていると気付いた康二はこの猫がこの現象を起こしているのではないかという結論に至った。そうすると、さっきまで落ち込んでいたのに、沸々と怒りの感情が湧いてきた。
「うおおおおおおおおお!!!!何じゃこれは!!!」
公園の中だけ台風並みの風が吹き荒れ、ブランコの勢いはまして行くばかりで遂にはブランコが180度の角度にまでゆれるようになった。
「ナウ」
「おい!クソ猫ぉおおお!これはお前のせいか!??」
「ニャウ」
「どうするんだよ、この状況!ナウナウ言ってないでこの状況からどうにかしろおおおお」
「あら、そう、じゃあこうするわ」
「え?」
一瞬ポカンとした康二はブランコから一気に投げ出され天高く舞い上り、そしてそのまま地面へと頭から突き刺さった。康二は走馬灯をみる隙もなく、天に召されたのであった。
「どう?思い出した?貴方がなぜここにいるのか?」「どうもこうもないわ!あの死に方じゃ大神家の一族じゃないか!」
当然のようにキレ始める康二。当然である、謎の強風とブランコに高く飛ばされての転落死。当然日本でも謎の突然死としてニュース番組を騒がせていた。
「しかもあの白猫最後に喋ったよな?目の前のお前と同じ声で。」
「あら、何のことか分からないわ」
「どういうことかちゃんと説明するよな?な?」
ラーメン屋で働いていた頃、理不尽なクレームに悩まされていた店長の代わりにクレーム客に対してメンチを切ったことがある康二だが、その時の2倍いや100倍のメンチを切っていく。あまりの形相に純白の美貌の女神が青白い顔をしてプルプルと震えている。
「まずは謝罪だろ。
「ゴメンナサイ」
ジャパニーズ土下座を瞬時にする女神様。ここで康二と女神の立場が完全に逆転したのであった。
「で、なんであんなことをしたんだ?」
白くて何もない殺風景な空間のなぜか畳でできた和室の空間が作り出されていた。そこで熱いほうじ茶を飲みながら、女神に聞く康二。
「だってしょうがないじゃない、あそこで貴方を放っておいたら、2日後に電車の踏切に飛び込んで自殺するところだったのよ。」
「え?いや確かに絶望はしていたがそこまでの精神状態ではなかったぞ」
「何言ってるのよ。あれだけの絶望を溜め込んでおいて。それに貴方の魔力量を考えたら、関東圏は一瞬で吹き飛ぶわね。」
「魔力?お前は何を言っているんだ。地球にはそんなファンタジーな設定はなかったぞ。」
「そうね。貴方の常識は確かに正しい。でも稀に魔力が存在しない世界に存在しない魔力を持った人間が生まれた。それが貴方よ。」
「それにおかしいと思わなかった?自分の体調が悪いのに病院に行っても異常がないと言われることが。」
確かにおかしいとは思っていた。朝から夜まで続く頭痛や吐き気や眩暈が次の朝にはすっきりと無くなったりしていたり、まだ続いていたりする。そして幻覚が見えることもあったのだ。目を瞑っても夜空の星が無数に輝きながら蠢いている。そんな幻覚であった。
女神が言うには頭痛や吐き気や眩暈は「世界」によって押さえつけられていた魔力が体内で暴れた結果生じた痛みらしい。そして魔力は地球にはないものであったので、それを当然病院は感知することができず、異常はないと診断したのである。
『まあ別のパラレルワールドである日本にはこのような症状の場合、群発頭痛と診断するらしいけどね。でもこちらの日本にはそのような症例が彼しかいないのが問題だったのかしらね。』
女神としての知識を活用して、康二の別の病名を導き出した彼女だが、これを彼を告げるか悩んだところで、康二から質問が飛んでくる。
「それじゃあ、幻覚はどうなんだ?あの星空のような無数の輝きは」
「あれは統合失調症という病気によるものよ」
「統合失調症?」
「そうね。女神としての知識からの流用だけれど貴方は幻覚の他に妄想や幻聴に悩むことはなかった?」
あえて女神としての知識と言って濁す女神。それはパラレルワールドの存在はまだ康二の住む地球では取り沙汰されていないものであったからだ。女神は別のパラレルワールドの地球は随分と空想好きで逞しいものだと思いながらも話を続ける。
「人によっては特定の妄想にハマり、それを盲信することもある。例えば自分が神である。とかね。幻聴は人によって変わるけど自分をほめそやす類のものであったりとか逆に悪口になったりすることもあるらしいわ。それが貴方の場合は?」
「悪口だな」
「それもあるけど特定の妄想の方は?当ててあげましょうか。自分はこの世界に産まれるべきではなかった、と」
ハッと息を呑む康二。まるで心を読まれたかのようだった。いや女神だから読んだのだろう。と想像する康二。
「そうね。貴方の想像通りだと言ってもいいし違うと言ってもいい。なぜならその生き様はこの神域の担当の神はみんな知っているからよ。」
え?と惚ける康二。どういうことだと混乱しているうちにフッと女神がちかづいてきて正面から抱きしめられる。
「もういいのよ。貴方は十分頑張ったわ。自分が生まれるべきではなかった世界で痛みや苦しみに耐え、ここまで頑張った。だから私が貴方に救いを与えたのよ。」
だから泣いていい。そう伝えると康二は悲しみが止まらなくなるのを感じて、気付いた時には女神の胸で泣きじゃくっていた。生まれたての子供のように。
「お前の…いや女神様の名前は…?」
「ラヴァンよ。特別にラヴと呼んでもいいわよ。」
「でも土下座は必要かしらね?」
ニヤリと笑うラヴ。顔が引きつる康二。
ラヴは根に持つタイプらしい。
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