日珠之国風土記(ヒタマノクニフドキ)
ミコト楚良
一
けわしい
追い詰められた
少年は自然の要害の岩山の上から、それを見下ろした。
「みな燃やしたか。
つぶやいた少年を、〈声〉が
『つつしめ。曲がりなりにも、おまえの一族の最期だぞ』
「曲がりなりにも」
少年は口の端をゆがめた。
青白い肌に頬はこけて、目だけが異様に大きく思えた。
年の頃、十二ばかり。少年は
(……と、うるさい
かすかな気配に少年は眉をひそめた。下草を踏んで近づいてくる者たちがいる。
予想したとおり、ばらばらと背後の木立から、
「まだ、いたぞ!」
「召しとれ!」
それぞれに
(
見るからに借り物の具足をまとっている男たちを一瞥すると少年は立ち去ろうとした。しかし、その先は、あいにく崖だった。
(はぁ)
少年は、ため息をついた。
その少年の背に雑兵たちは、いっせいに
「
やおら、少年は腰の漆黒の
一瞬、冷たい光がひらめいた。
「 」
雑兵は声もなく、その場に倒れた。
ただひとり、遅れて木立の中にいた者をのぞいては。
「ひぃ」
その者は腰を抜かした。後ずさりしようにも足が動かない。さっきまで立っていた首のあたりの高さの
「……血止め、おそい」
少年は雑兵たちの動脈をねらって斬った。だが、皮一枚を修復されて、彼らは地面に転がっている。
『ハ。容赦なく斬るくせに、血はきらいって』
先程から声はするのに姿は見えないものが、かわいた調子で笑った。
『ひとり、斬りそこねたぞ』
腰を抜かした男をどうするのか、と、〈声〉は聞いている。
「めんどぅくさい」
『じゃあ、そのまま』
「ん」
少年は、急ぎ、辺りの気配を読む。
討伐隊の兵士が、そこここにいる。
(気が滅入る)
少年は、その者どもに殺されてやる気もなかったが、さりとて、他の選択肢も思い浮かばなかった。
(また誰か来る)
その気配を察して、少年は、ゆっくりと振り向いた。
「
「
「……」
青白い顔の少年は黙ったままで、
「おまえ、名はっ」
「――聞いて、どうする?」
やせこけた少年の目だけ、異様に輝いていた。
「ひぃ、ふぅ……。今日はもう、十分、斬った。明日にしたい」
少年は幼児のように口先をつぼませて、眉根にしわを寄せた。
「明日だと?」
この有り様で。
この少年に高く
こちらが、少年の腹を
ただ立っているだけの少年に隙がなく、
……りぃぃ、ん。
少年の輪郭が揺らいで、振動した。
『おや。
いぶかしげな〈声〉がした。その姿は見えぬ。その〈声〉は、少年にしか聞こえていない。
『何の予兆であるかぁ』
「もう一度、聞く。おまえの名は」
「知らぬ」
少年の片方の目元が、ひくついた。
「知らぬのだ」
……りぃぃ、ん。
また、空気が振動した。
「われに名は与えぬと
ゆらりと少年は、大刀を下げた。それは、あたかも戦いを放棄するような仕草に見えて、実は構え。大刀を下から少年は突きあげて来た。
(
「知らぬ! 誰からも名など呼ばれたことはない!」
少年は、
……りぃぃ、ん。
遠く近く、その音は
「おまえは何だ? なぜ、
「おまえ、聞こえるのか?」
が、好機かもしれぬ。少年からは殺気が消えた。今なら脇腹を横殴りに。
「わしの呪縛を断ち切るものは、
『うむ』
〈声〉が答えた。
少年は、まったく息を切らさず、くるりと舞うように
「
追い詰めているのは、
「くれ」
それは脅しで、懇願なのか。
「や、やる」
ひりついた
「おまえの名は、
とっさに、それしか思い浮かばなかった。
「くだれっ。われら
「……どう思う?」
誰に聞いているのだろう。少年の右手は
『どちらのためでもある。定めは成った』
〈声〉が明滅した。
『渡してよい。どうせ、おまえ以外のものには使えぬ刀だ』
姿の見えぬ者の〈声〉が。
『この者について行け。
この声は、少年にしか聞こえていない——。
「わかった。ていねいに扱えよ」
少年は、抜いていた
思わず、捧げ持つように
(なんだ、この刀は)
(ふしぎな
そして、
木立を抜け、そこで待機していた部隊と合流した。
「向こうで数人、やられた。
誰に、とは言わずに
そして、留め置いていた自分の馬に近づくと、その愛馬の左右の耳がバラバラに動き鼻孔が大きくなった。きょときょとと視線は定まらず、こころなしか、けわしい。
(
火にも水にも
「われがこわいのだそうだ」
「おまえ、馬の言葉がわかるのか」
この少年なら有り得るかと、
「いや。訳すものがいる」
少年は小声で馬に向かって、「あきらめろ」と、言った。すると、馬は
「では」
少年は
それが年相応の反応で、
『ハハハ』
かわいた〈声〉も笑った。
馬上から少年に見えたのは、彼にとっては未知の世界だった。
(
さっきもらった自分の名を、少年は口の中で転がした。
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