七夜三話
朝吹
一話目「砂の王国の砂」1000文字
わたしの名はサクラ。
亡き国を象徴する花だそうだ。その花を見たことはない。
友人のツルとわたしは古びた本をめくっている。並んだ字はまるで読めないが、そこに描かれた絵を参考にして衣合わせをするのが好きなのだ。髪型も似せて編む。
「サクラ。ツル」
狩りに行った兄さんたちが帰って来た。男たちは沢山のお土産を乗せた橇を曳いている。あちこちの洞からも人が外に出てきた。
「よく帰ってきた。アオモリ」
「父さん、ただいま」
わたしの兄はアオモリ。ツルの兄はカガワ。男子にはかつてあった国の地名をつけるしきたりだ。
シガと眼が合った。狩りに同行していたシガは、「ほら」とわたしに包みを投げて寄こした。
「ありがとう、シガ」
本の中にあるような色鮮やかな花模様の衣。狂喜しているわたしの頭に兄が手をおいた。
「受け取るならシガと結婚しないといけないぞ」
「分かってる」
少し恥ずかしいけど、わたしは頷いた。
風が吹いている。風のある日は外に出てはいけない。悪鬼が風に混じっているからだ。吸い込むと血を吐いたり、失明してしまう。止む無く外に出る時には眼鏡をかけて、隙間がないようにぐるぐると布で全身を包む。
「風の音が強い」
隣りで夫のイバラキが身を起こした。最初の夫のシガはすぐに死んでしまった。男子の多くは若いうちに死ぬ。狩りに行くせいだと云われている。でも誰かが行かないと必要なものが揃わない。ここは砂の国。全てが粉微塵になって崩れ落ちてしまった跡の砂礫の国なのだ。
二番目の夫イバラキは、シガが死んで嘆き哀しんでいるわたしに果物の缶詰をくれた。まだ少年だったが、数年の間に声が変わり背がのびて、わたしを抱けるほどに逞しくなった。
サクラ。
爆撃を免れた土地に遠征に行くと貴重品が手に入る。その代わり命が縮む。地平の先まで赤錆と毒が満ちている。倉庫のある運河地帯に定住しようとした者もいるが、みんな骸骨になってしまった。熱い肉体をしたイバラキもいずれ、ツルの兄のカガワや、シガと同じように吐血して死ぬのだろう。
ざあざあと砂が降る。砂の雨が降る夜はいなくなったシガやイバラキのことを想い出す。
「そう都合よく同じようなものが見つかるかなぁ」
わたしが見ている本を上から覗き込んでいたシガ。彼がくれた花模様の鮮やかな衣で、イバラキとの間に生まれた赤子をくるむ。
わたしは赤子に窓の外の景色を見せる。あれが雪よ。
降り積もる細かな砂を月の光が照らしている。
[了]
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