最終話
アイツは返事を待っていてくれるだろうか。
そういえば、アイツはいっつも待ってくれていた。
数学の問題でも解けるまで、向かいに座ってじっと待ってくれていた。
拘りまくって周りが見えてなかった時でも、振り返れば、
見上げれば、
いつも、待っていた。
晴れのち曇りの雲を見つめている。
メッセージアプリ内の一覧に『元気か?』が表示されている。
今どうしてるだろう…。
アイツは何にでも真面目なヤツだった。
根詰めて体悪くしてないだろうか。
なんとなく物事にちょっといい加減なオレだったけど、釣られて色々頑張ってみたら楽しくなった。
アイツはちょっと手を抜くのを覚えたと笑ってた。
いい笑顔だと思った。
写真に残したくなるぐらいに。
ま、撮れなかったけど。
カメラ向けると逃げてたからな。
オレ、何から逃げてんだろ。
たぶんオレが謝らないといけない気がする。
でも……。
またアイツから歩み寄ってくれたのに。
メッセージ送ってくれたのに。
きっかけくれたのに。
ツキンと胸の上辺りが痛んだ。
ギュッと胸元のシャツを握りしめた。
ヤベ、泣きそう。
アイツが謝るんなら。
なんでやねん!
謝るならオレじゃないか!
アホ、バカ、オレ。
成長してないオレ。
またアイツにおんぶに抱っこじゃんか。
分かってたんだ。アイツに全部押っ被せる気でいるんだと。でも、でも……。
涙は引っ込んだが、酷く落ち込んだ。
降りなきゃ…。
ポケットにスマホをねじ込む。
今日も見てます。
睨みつけてます。
見られてる気がする。
ぼんやり視線がを上げると、目が合った。
困った顔が見てた。
視線が優しかった。
照れ臭くなって、慌てて視線をスマホに戻す。目を閉じた。
メガネさんの表情が焼き付いてる。
がんばれって励まされてるような気がした。
あの目、なんか覚えがある。
ああ、そうだ。中学の時の先生だ。
教科担任だったかな。
寡黙でいっつも無言で生徒を見てた。
クラス担任はした事ないって言ってたかな。
優しい眼差しで、直接何か言うわけでは無かったけど、授業での雑談などのみんなに向ける言葉は少なかったけど、そのひとつひとつは胸に残っている。
『ガンバレ』って目で励まれていた。
ああ、あの目だ。
再びメッセージを見る。
違って見えてきた。
アイツ心配してくれてる。
譲歩とかじゃない。
謝るとか謝れとかそんな事じゃない。
『元気だ。そっちはどう?』
打て……た。
震える指が送信ボタンの上を彷徨った。
押そうかどうか迷ってる。
この期に及んで!
何やってんだ。
スマホを握る手が湿ってきた。手汗が…酷ッ。
ガタン。電車が揺れて……押してしまった!
あうあう、あああ!
押しちゃったよ!
なんだかワタワタして、顔を上げたら、薄っすら笑ってるメガネさんと目が合った。
気まずい。
立ち上がって移動して、扉に寄りかかった。
メガネさんに背を向け、スマホを抱え込むように背中が丸くなる。
送信した事にあたふたしてたが、既読になっている事に気づいて、さらに慌てた。
どうしよう…。
スマホを閉じようとした時、振動が。
恐る恐る画面を見ると、
『元気だ。会わないか?』
随分な御無体な放置の上の返信なのに、極々普通に返してきた。
ついこないだ話してた相手のように。
手汗が酷い。
たぶん顔も赤くなってるかも。
心臓が飛び出そうにドキドキする。心臓が痛い。全身心臓になってる。全身痛い。
返信しなきゃ!
なかなか指が動いてくれなくて、誤字ばかりで、消しては打って、打っては消しての繰り返しで、スタンプでもいいかと、焦っていると。
振動が!
ピコン!とメッセージが表示される。
立て続けに更に表示。
ちょ、ちょっと待って!
今入力してるからー!
こちらの心の叫びなんて聞こえる訳もなく。
会う会う会う! 会いたいんだよ!
『会わなくてもいい。』
『メッセージだけは送ってもいいか?』
と次々送られて来る。
なんだかアイツも焦ってる気がする。
いっつも待ってくれるアイツが。待ってくれない。待ってくれそうにない。
あああ、待ってくれ!
今までこちらから「待って」など言った事なんてない。
何かが違う。
このままだと、これっきりになりそうな、決定的な何かが送られてきそうな予感。
嫌だ!!!!!!
折角アイツがくれたチャンス。
オレだって! ああああ! 指動けよ! ミスるな。ああああ、消すなよ!
大混乱。
指も頭もグルグル、あちこち大嵐。
さっきから耳の中で砂嵐の音が大音量で鳴り響いてて、頭がぼーっとしてきてる。
もうどうなってんだ!
泣きそう。
泣くな、バカ!
ますます慌てて。
…長文は諦めた。
『会う』
即送信。
精一杯だった。
祈る想いでスマホを握りしめる。
首の辺りがギュンギュン締まって息苦しくて痛い。
既読。
再び、振動。
フッと息が漏れる。
力が抜けた。
軽やかに手が動く。
ガタン、ゴトン……。
電車の音が戻ってきた。
あの時、言えなくて。
ずっと胸の奥でつっかえて。
ツキンと痛んで見ないで蓋して、わだかまって。沈んでた。
言えなかった一言を送信。
いつもアイツは苦笑いでなんでも許してくれて。なのにあの時は…。
最後のアイツの記憶は冷たい無表情の顔。
ツキン。
腹が立って。
心臓痛い。
悪いのはアイツだ。
ツキン。
分かってる…違うんだよ。
言えなくて。
言えなかったんだ。
なあ? オレってバカだよな?
変われるかな。
顔を上げる。
青空だ。抜けるような青い空。
景色が鮮やかに流れる。
背筋が伸びた。
手の中のスマホが振動している。
言えなくて アキノナツ @akinonatu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます