第3話

さてさて、事件です。


日々のバイトと講義、電車の往復でなんの変化もなく過ごしてるオレの日常にスパイスとなっていたメガネさん。ここ暫く見かけていません。

消えました。

姿を消してしまいました。

日常に『ちょっと』の変化は楽しいのですが。

これはじわじわとスパイスが効きすぎです。


こうもガッツリ見なくなったら、気になりまくりじゃないですか!


んー、時間帯が変わったのかも?


車両が違う?


降りるホームは同じだから、降りたら探してみました。ーーーーいない。


出張? 転勤? 転職?


なんらかの前兆的な変化は、消える前日の電車ではありませんでした。


実はメガネさんの勤め先を判明してたりします。

断じて、後をつけたりとかしてませんよ。

ストーカーではありませんからね。

偶然ですよ!


大学職員でした。


たまたま職員の方々がよく利用してる研究棟の食堂を講義の関係上利用したのですが。

いつもとは違う食堂で、慣れない場所にキョロキョロしてたら見かけました。

首から下げてる職員証で知ったんです。


今日はあの食堂に行ってみようかな。


もやもやして、今日も座席の尻が落ち着かないです。


断じてストーカーじゃないからな。気になってるだけだから。観察対象がいなくなって、電車が詰まらないんだ。


ポケットの中のスマホの縁をそっとなぞった。





もう一ヶ月は経っただろうか。

何度か行った例の食堂に姿は見る事はなく。

電車でも見かけない。


こうなってくると、病気?……死?

いやいやいや! 違う違う! じゃない!


……人って呆気ない感じで死んじゃう時があるって誰か言ってた。


急に胸のあたりが冷たくなった。

いやいやいや! きっと、きっと大丈夫、大丈夫!


オイ! オレ何を考えてんのさ。

指先が冷たい。

変な想像? 妄想? 嫌だなぁ~。

嫌な汗かいてきたじゃないか。


手元のスマホをぐるぐる触る。





そんなこんなだから、週末の仲間との集まりも全然楽しめなかった。


地域ニュースをついつい漁ってしまう。

……事故は無い。


名前も知らない。

話した事もない。

全くの赤の他人。

連絡先ももちろん知らない。

短時間電車で一緒になるだけの人。


なのに、なんで、オレは情緒不安定になりますかね。


なんだか笑えてくる。

なんか落ち着かない。

ただ観察して楽しんでただけの人じゃん。


スマホを画面を立ち上げては閉じるを繰り返す。


最近こんな感じで電車の時間を過ごしてる。

黒い画面に自分が映っている。

眉間に皺よってるな。

揉んどこ。




「ぁ……っ!」

そんなこんなで、メガネさんが乗り込んできた時は、思わず声かけそうになるところでした。

危うく不審者です。

…危なかったよ。


いつもより心持ち車両の扉の開いてる時間長いなと思ったら、三角巾に松葉杖のメガネさんが乗車してきました。

痛々しい姿に周りが素早く「どうぞ、どうぞ」と通路開けたり座席を空けたりと優しさに包まれた。


手はギブスだけど、足に包帯が見えるがギブスでは無いようで、ゆっくり歩けば問題無いんだと思う。


痛々しい姿だけど、会えて良かった。


心底安心して、力が抜けると同時に急激に腹の底から冷えた。

冷えは、全身に回り、脳の芯を痺れさせるほどに冷たくゾッとされていった。


人はフッと消えてしまう事がある。


それって……二度と会えない、って、事?


いや、いやいや……!

その気になったら会えるもんじゃん!


何を言ってるのさぁ。


頬が痙攣してのを感じてた。


嫌だなぁ。

そうだ。こんな時は笑顔、笑顔。笑顔になれば、気持ちもつられるってもんだよ。


頬をぐりぐりマッサージ。


実家に帰ったら両親いるし。


なんだったら昨晩も母親から電話かかってきて鬱陶しいぐらいだったし。


中高のダチだって、地元で会ったりするし。

こっちで出来たダチもちょっと声掛けたらすぐ集まる。


いつだって、会える。その気になれば、いつでも。いつだって……。


悪寒がする。訳の分からない感情が不安定に湧いてくる。

滲む汗が冷たい。


居て当たり前の存在でもフッと消えてしまう可能性に、今の今まで気づけてなかったのだと愕然とした。


目の前がグニャッと歪んだ。

眩暈起きそうになって乗り過ごすところでした。


吹っ切るように電車を降りた。


ゆっくり自転車を走らせながら、事故のニュースは無かった筈だったけど?と漠然と考えだした。


風を切って自転車を漕げば、気分が晴れる。


さっきまでの冷たくなった考えはもうどこにも無かった。

綺麗さっぱり。


痛々しい姿に心配なのに、そんな事よりと、瞬く間に頭の中が疑問でいっぱいになってしまった。


何故、怪我?


やっぱりオレだね。笑えるよ。

芯が冷えるような思考より、目に見える事実の方が気になります。


酷い怪我ですよね。どうして?


この角を曲がって……到着。

バイト先につけば頭に中は仕事モードです。





暫くして謎は解明された。

バイト先で知る事になった。


大学からちょっと離れたところで自転車事故があったと作業中の雑談で、君も気をつけてねと言われたのだ。自転車でバイトに来ているのを知られているからだろう。


どうやらその事故は、自損だったらしい。

道路の縁石に乗り上げて、投げ出されて、その先も縁石でその上に落下したとか、聞いてて痛いわ。


血だらけで救急車も来て辺り騒然だったらしい。

頭打ったのか、一時気も失ってたらしい。救急車きて、気づいて大丈夫って抵抗してたらしいけど、運ばれたとか。

頭打ってると行動おかしくなるらしいよとも言ってた。


「ありがとうございます。気をつけます。…それってこの大学の人ですか?」

なんとなく聞いてしまった。

雑談ってそんな感じでしょ? 流れですね。

「うん、大学の職員さんだって。 あ、これって個人情報に引っ掛かる? わ、忘れて。えへへ」

付合しましたよ。

「大丈夫っすよ。雑談です。…終わったので上がりまーす」

へらっと笑って手をひらひら。

「お疲れ。勉強頑張ってね」


メガネさんの事だね。

自損ね。新聞載らんわな。

んー、ちょっと鈍臭いね。

キッチリしてそうでちょっと抜けてる感じだったし。

あの人ならあり得るね。入院か養生してて休んでたのかな。


よくぞ生還してくれました!

ピシッと心の中で敬礼。


ん……。これはよろしくない。

これって声に出したら怒られるな。

顔を真っ赤にして怒っている懐かしい顔が思い浮かんだ。

ブンブンと頭を振って消す。


オレって、グッと重くなる空気に耐えれなくなるんだよねぇ。えへへ…


クッと伸びをして「ヨシ!」と気合いを入れる。

今日の講義室に向けてレッツゴー!


謎が解けてスッキリです。

良かった、良かった。

モヤっとしたのが晴れて清々しい気分。


晴々気分なのに晴れのち曇り的な次のモヤっと、変なのが湧いてきてさ……。


ポケットのスマホを取り出して、開く事なくポケットの中に押し込んだ。


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