第2話
早朝の電車で大学の最寄りの駅。下車。
今日も風を切って自転車でレストランのバイトに向かう。
空気が妙に澄んでる気がする。昨晩降った雨のお陰かも知れない。
今日もスーツ姿のあの男が乗ってきていた。
同じ時間、同じ扉から乗車してくる。
サラリーマンは、定位置に座った。
今日は鞄からクリアファイルを出して、眉間に皺を寄せてファイルを睨みつけている。
ファイル越しに書類を確認してるようだ。
この男を観察するようになってから、もう一ヶ月くらいになるだろうか…。
分かっている。
誓ったよ。
だから、じっと見ないって。
じっとは、見てない。
ちょっと離れた扉付近の座席をオレの定位置と定めた。
この席だと、メガネさんの位置が見ようとはせずとも視界に入る。絶妙な位置関係。
『メガネさん』というのはあのサラリーマンのオレの中の呼称である。
スーツは何着かを着回してるみたいだ。ネクタイも前の日とは違うのでそれもローテーションがあるのだろう。
白いYシャツもしっかりアイロンが掛かってるみたいで、パリッとした感じがする。
スーツもネクタイも着てるモノや持っているモノがブランド物という感じはしないが、機能的で使い込まれた感じがするのに、見窄らしくはない。
そして、メガネさんの今日のメガネは銀の細いフルフレームである。
メガネなんて一本有れば事足りると思ってる俺としては、度々変わるメガネに驚いた。
そう言えば、あの日にかけてたメガネはもう見てない。
大きなレンズと太いフレームだったかな。
あれから観察してきたラインナップからは、かけ離れた印象だ。
なんていうか芸能人が変装に使うようなメガネ?
うん、普通に、似合ってなかった。
なんとなくデジャヴ感があるんだが……なんだったかなぁ…忘れた。
髪はサイドをきっちり撫でつけててオールバックをちょっと崩した感じ。
顔はフツメン。
肩とかが、がっちりした感じなのに、ちょっと尖った顎がシャープな雰囲気を醸しだしている。
はい!
ここまでがこの一ヶ月程の観察の成果です。
じっとは、見てないよ。
ちょこ、ちょこっと、と見てるだけ。
断じてじっとは見てない。
その証拠に、相手と視線は合ってません! えっへん!
威張っても誰も褒めてくれないが、ここは趣味の範囲で。うん、趣味!
密かな楽しみです。
ただの人間観察ですよ。
ストーカーとかじゃないからね。
今日のメガネさんの観察は終了。
手元の資料に目を落とす。
本業を忘れてはいません。
そろそろレポートの締切りが近いので、本腰入れないといけないのです。
今日は汗だくですねぇ。
寝坊でもしたのでしょうか。
メガネさんは、オレが初めて認識したあの日みたいに、時折り汗だくで乗車してくるのです。
今日がその日でした。
お
ん? ちょっと収まり悪そうな感じですね…。寝癖かな?
ああ、寝癖と格闘してて遅れた?
うふふ……
キッチリしてるような人でも抜けてる時があるのね。
ちょっと親近感?
おっと、目が合ったかな?
不味いな。
気をつけねば。
そう言えば、最近、時々視線が合う気がするのです。
でも上手く逸らせてるはず。
うふふ、ストーカー気分。
断じて違うけど。
気のせいだと思うが、メガネさんの若干引き気味な表情をしてる気がする。あの顔は、なんというか…なんとも居た堪れなくなるんだよな。
そんな不憫そうに見るなよ…。
オレ、なんにもしてないじゃん。
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