第10章:違和感の真相
約束の日、住吉さんはスーパーで買ってきた粗末な総菜とおにぎり、そしてもやもやとした不安と違和感を抱えながら、車で英恵さんを目的の湖まで乗せて走っていました。
湖について冬の風を避けられそうなベンチを見つけると、英恵さんの手を引きながら歩きました。ベンチに腰掛けて持ってきた『ランチセット』をテーブルに広げて、『まずは腹ごしらえですね』と住吉さんは笑って見せました。英恵さんは小さな声で呟きましたが、それでもせっかくのランチセットに手をつけませんでした。『食べないんですか?』住吉さんがそういうと、英恵さんは小さくうなずき合掌を作り頭を下げました。『そうですかぁ。では少しお話を伺います。』住吉さんが切り出しました。
『英恵さん、私は今回の件があってから違和感を感じていました。最初はそれが何か分からなかったのですが、先日ご自宅へお邪魔した際に全部分かったような気がしたんです。』住吉さんは探偵気取りで話を続けます。
『英恵さんが腰かけていたところの隣にある本棚に、心理学や催眠術の本がたくさんありましたね。催眠術って、暗示をかけることで人をコントロールしたり、スポーツの世界では瞬間的な力を出すために、セルフマインドコントロールなんて呼ばれることもあるらしいじゃないですか』ここまで聞いた英恵さんは何かを悟ったように口を開きました。
『30年もお付き合いがあると、わかってしまうものですか』しわがれた、か細い声で英恵さんがそういうと、『わかりたくなかったことですけどね。』住吉さんは答えました。実は今回の事件、もともと清司さんに対して英恵さんが催眠術を利用して暗示をかけ、上岡さんに復讐するために行っていたことだったのです。
『私は事件の後、3つの違和感があったんです』
住吉さんは湖のほうを見ながら言いました。『それは、①英恵さんが清司さんの傍にいる間、何が起きているのか聞かなかった、②あの時に店内で流れていたBGMは深夜帯のものであり、時間的には流れるはずがなかった、③今現在は殺人事件の時効が撤廃されているのに、上岡さんが時効と叫んだ理由、この3つです。』
『まず一つ目については、旦那さんが目の前で血まみれになっていて暴れていれば、気が動転してしまいますから、無理もないかなって思ったんです。だからあまり気にも留めなかった。でも警察の事情聴取を受けて真理ちゃんの話を聞いたときに、もしかしたらって思ったんです。お二人は共犯だったんじゃないかなって。』
『二つ目のBGMですけど、実は店内にいる時にはそれほど自覚もありませんでした。でも、これも警察の事情聴取の際に、”アルバイトの子がいつもと店内BGMが違った”って言ってたらしいんです。それで私も確かになんか違う気がしたなって思い出したんです。』
『最後の時効の件ですが、これは勉強してわかりました。今は2014年、殺人事件の時効撤廃が決まったのが2010年、つまり4年前ですね。だから私時効があるって思ってなかったんです。でも真理ちゃんの事件が1973年ですから、1998年の段階で時効が成立していたんですね。だから法では裁けなかった。法で裁けないのであればー』そう言いかけた住吉さんに対して『おっしゃる通りです』と英恵さんは小さくつぶやきました。そして、こう続けました。
『真理子が亡くなってから、何度も何度も警察に行って毛髪の鑑定をお願いしたんですよ。でも当時ってねぇ・・・わかるでしょ。結構ずさんなとこもあってねぇ。だから旦那と話して、だったら自分たちで見つけてやろうってなったのよ。でも名前も分からないし、顔も分からない、それであの野菜を送るっていうサービスを始めたのよ。うちに来てくれるお客さんは近所の人が多くて、都会に出る人も少なかったから、いつか店に来る日があるだろうって。そこで名前と住所を控えておけばいつか復讐ができるってね。』
『そんな・・・』住吉さんは絶句しました。
『もちろん、独自サービスっていう面もあったのよ。でも最初の目的は犯人捜しが目的だった。で、あれよあれよという間に時間が過ぎて時効になっちゃってね。それからというもの私たちは途方に暮れたよね。それでエアコンの件を思いついたんです。あれは、旦那に対して催眠術を掛けて深夜帯のBGMが流れた時に、エアコンの温度を下げるっていう催眠術を掛けてたのよ。
私は表に出ていてパネルをいじることが出来なかったから。そうすることで店内が寒くなってくるわよね。お客さんはジャケットを着たまま買い物をする。旦那は年を取って目も悪くなったんだけど、真理子を殺した男のジャケットの手触りは忘れてないっていうから、レジでジャケットを触ることが出来るようにしたのよ』
地域の人気者だった老夫婦に隠された驚愕の真実に、住吉さんは言葉が出ませんでした。英恵さんはなおも続けます。
『それからね、スポーツ選手が催眠術を使うって、オリンピックの時にテレビで見てね。年老いた旦那でも人殺しができるように、それもあとから催眠を掛けたんですよ。』
まとめるとこういうことでした。1973年真理子さんが殺害された。警察に毛髪の鑑定を依頼したが、なかなか動いてもらえなかった。どうしても犯人捜しをしたかった田村夫妻は、自身の経営するコンビニを利用して近所のお客さんの名簿を『野菜サービス』を利用して収集した。
清司さんが野菜サービスをするときにレジ側ではなくお客さんの隣に立つのは、お客さんが着ているジャケットの手触りを確かめるためだった。そして、『その時』が来たら年老いた清司さんでも相手を殺せるように催眠術を掛けていた。夫妻がよく勤務していた深夜帯のBGMなら、ほかのスタッフに影響は出ないと考えた。
『自首はなさるんですか?』住吉さんが聞きにくそうに英恵さんに問いかけました。『そうですねぇ、住吉さんとは昔からの仲ですからね。住吉さんに知られちゃったんであれば、そういうことも必要かもしれませんね。』英恵さんはゆっくりとそしてしっかりとそういった。
『私は他の人には黙っていますから、ご自身で決断されてください。その決断がどうなっても私は咎めるつもりはありません。』住吉さんはそういうと、手をつけなかった『ランチセット』を片付けながら、『そろそろ行きましょうか』と英恵さんを促した。
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