第9章:事情聴取の後

12月になって、あれだけ繁盛店だった田村夫妻のコンビニは、看板も外され駐車場には規制線が張られてガランとしていました。あんなことがあってからでは物件を売りに出すこともできず、不動産管理会社は頭を悩ませていました。君枝さんと住吉さんはそれぞれ別々に事情聴取に呼ばれて、これまでに3回の事情聴取を受けています。住吉さんは精神的なショックと事情聴取のスケジュール上、仕事をしばらく休暇扱いにしてもらっていました。住吉さんが警察から説明を受けた事件の顛末はこうです。


事件は、殺人及び傷害致死。加害者は田村 清司、被害者は上岡 将(かみおか まさる)。清司さんは上岡さんと連れ立って事件当夜21時12分ごろ店へ来店し、レジ前で口論になり、上岡さんを氷の入った袋で殴打したことが致命傷とのことです。清司さん本人は意識が朦朧としており、当時のことは明確に答えることが出来ていない様子ですが、防犯カメラの映像と英恵さんの証言を合わせると、1973年に亡くなった次女真理子さんを殺害したのが上岡さんであり、復讐のために殺害したというのが現状の動機となっています。


真理子さんが殺害されたという事実は住吉さんも初めて知りましたが、実は当時17歳だった真理子さんは韮崎市の山中で乱暴された状態で、首を絞められて殺されたようです。山へ出かけると言って戻らない真理子さんを清司さんが心配して探しに行ったところ、真理子さんと思しき叫び声と男の声が聞こえ、慌てて駆け寄るとジャケットを着た男が真理子さんに覆いかぶさり、首を絞めていたのです。


男は帽子をかぶっており、辺りは暗くなっていたので顔は見えませんでしたが、逃げようとする男の髪の毛を清司さんがつかみねじ伏せようとしました。しかし、男のほうが体が大きく振り払われてしまい、清司さんの爪には男の毛髪が残っていました。


事件後、警察に何度もDNA鑑定を申し出ましたが、清司さんが男の毛髪をつかんだというのは清司さんの証言しかないので相手にしてもらえず、若い女性が強姦されるという話は当時の田舎町ではよくある話だったので、警察もろくに取り合ってくれなかったということです。


清司さんが保管していた毛髪を再度調べたところ上岡さんのDNAと一致し、証言だけで言えば真理子さんを殺害したのは上岡さんで間違いないだろうという話です。当時上岡さんは酒癖が悪く暴れることもあり飲酒運転で逮捕歴があったので、大筋で警察もそれを認めているとのことでした。しかし、すでに事件は時効を迎えているため、怨恨からの殺人ということで清司さんは書類送検されることとなりました。


『あんなにお人よしだと思ってた清司さんが、まさか、あんなことになるなんてなぁ』


住吉さんは清司さんが訪れていた湖のベンチで一人つぶやきました。清司さんがあんなことになってしまい、一番苦労するのは英恵さんだと思った住吉さんは、自宅で小さく静かになってしまった英恵さんを訪ねることにしました。


田村さん夫妻の自宅はコンビニ・・・があったところから歩いて5分ほどのところに、羽振りが良かった勢いで買った大きな家でした。高度経済成長の時代に建てられたものの、時代の流れに逆らって塀があって門構えも立派な、どこか古臭い作りの、それでいて所謂金持ちの家という様相でした。近隣には現代風のモダンな家が多いことから特に目立っていましたので、近所の人にも一目で田村さんの家だということが知れ渡っていました。


家の中に入ると君枝さんが出迎えてくれました。声はしっかりとしていますが、頬はこけて目にはクマが出来ていました。『どうぞ』と君枝さんに促され、住吉さんは英恵さんのいる居間に腰を下ろすと、目の前に出されたお茶を一口すすりながら、『大丈夫ですか』と声を掛けました。英恵さんは縦に頭を動かしながら声は出さずに、合掌をして色々と迷惑をかけたということを住吉さんに詫びました。


『真理子の事・・・死んだ理由を話してなくてごめんなさいねぇ・・・。でも乱暴されて・・・怖い思いをしながら苦しんで死んだなんて・・・人様にはとても・・・』


住吉さんは『いえ・・・』とだけ言ってまた一口お茶に手を付けました。住吉さんには事情聴取が終わった後3つの違和感がありました。しかし、今ここでそれを口にできるほどの空気ではないと察したため、『明後日、英恵さんが良かったら真理ちゃんの湖、一緒にいきませんか』そう口にしました。


蛍光灯がすこしチラチラと点滅する居間の真ん中で英恵さんは少し考えながら、『お気遣いいただいてありがとうございます。ご面倒じゃなければ気分転換に甘えさせてもらおうかな』と答えました。『もう12月ですから、寒さ対策はしっかりしてきてくださいね』無理に声を張って重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうと住吉さんは答えました。

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