二十六、洞天仙会〈一〉

 時の流れとは早いもので、苓舜レイシュンに秘術を伝授してもらってからひと月、滞りなく──苓舜レイシュンを見る度に以前よりもドキドキしてしまったが──"滅火の術"を習得し、とうとう洞天仙会当日を迎えた。


 早朝、琴霞チンシャ山地の中央にある洞天の門前に東西南北各仙門が集う。それぞれ仙門に合わせた身なりをしているため、見分けがつきやすい。

 その中に何人かメインキャラに見える者もいて、宵珉シャオミンは興奮する。しかしまあ、イェン派とリン派以外はまだそんなに見せ場がない。


 宵珉シャオミンたちリン派一行も既に到着しており、イェン派の隣に並んで立っていた。隣の列を見ると、晏崔ユェンツェイ角柳ジャオリウ緋揺フェイヤオの姿がある。


 今日のまとめ役は北峰のガン派師尊・チョウ氏だ。彼は長年琴霞チンシャ山地のまとめ役を担う老輩で、八仙門の師尊の中でも一番歴が長い。伝統と格式を重んじており、その雰囲気からも威厳が感じられる。


「今回、東峰のイェン派とリン派からは新人が参加してくれると聞いたぞ。我々の中に新しい風が吹くのはとても嬉しいことじゃな」

 

 チョウ氏は皆の前に立ち、顎髭を撫でてながら話す。


 イェン派・リン派からは実戦経験のために新入り弟子が選出された。監督役として汪澄ワンチェン苓舜レイシュンが引率している。

 入門時期が異なる他の仙門からは宵珉シャオミンよりも歴が長い者が多かったりする。


「今年は東西南北の対抗戦じゃ。洞天に隠された天宝をいち早く探し出せた組を首位とする。洞天には様々な妖魔が住んでおるが、相対したら必ず倒すこと。リタイアした場合は失格じゃ」


 チョウ氏が仙会の概要を説明していく。

 既に内容を承知していた宵珉シャオミンは「キタキタ」とほくそ笑む。


「ただし、谷や崖には近づかないこと。奈落は危険だ。万が一落ちてしまっても命の保証はできぬ」


 最後にチョウ氏は声色を変えて釘を刺す。周囲から「恐ろしいな」「以前にも落ちて死んだやつがいるらしい」と囁き合う声が聞こえてきた。


(あはは……俺のことかな……)


 宵珉シャオミンに至っては他人事ではなく自分の身に降りかかることであるため、苦笑を零してしまう。


 チョウ氏の説明が終わると、早速競技を始めるために班分けが行われる。今回は東西南北の対抗戦のため、イェン派とリン派は五人ずつの混合班に振り分けられた。


 班分けの結果、宵珉シャオミンと同じ班のメンバーは、晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウ角柳ジャオリウ綺珊チーシャンだった。


 原作では綺珊チーシャンを除いた四人班だったのだが、なぜか今世では従順な配下のおまけ付きらしい。


華琉ホァリウ、よろしく!」

「ふん、今日こそ勝つつもりだったのに一緒の班だとはな」

「ふふ、俺は嬉しいよ」

「ま、まぁ……俺も……」


 華琉ホァリウと共闘できることになって喜ぶ晏崔ユェンツェイは、嬉々とした笑みを浮かべて華琉ホァリウに話しかける。華琉ホァリウも嬉しい反面、リベンジできずに悔しいというような顔をしていた。


(なんか、距離が近くなってる)


 交流会の時よりも二人の距離感が縮まったのは宵珉シャオミンの気のせいではなさそうだ。


宵珉シャオミンと……君は?」

綺珊チーシャンです。よろしくお願いします」

「僕は角柳ジャオリウ! よろしく頼むよ」


 こっちの二人はにこやかに手を握りあっているが、どちらも貼り付けたような隙のない笑みだ。腹黒二人、正直いって怖すぎる。


晏崔ユェンツェイ、お前の憎む妖魔が同じ班にいるんだけど、大丈夫? 大丈夫よな?)

 

 晏崔ユェンツェイ綺珊チーシャンという根本的に相容れない二人が同じ班という心配もあるのだが、晏崔ユェンツェイはまだ秘魔の紗に気がつくほどの力を手にしていないようだった。


(それを言ったら俺もだけどね)


 汪澄ワンチェンが秘魔の紗を強化してくれたおかげで、他所の修仙者に魔力のことは気づかれていないようだった。師尊さまさまである。


宵珉シャオミン、おまえらとは別の班だな! 哥哥とオレの力みせてやる!」

「俺たちも負ける気はないぞ」


 別の班になったモン兄弟が挑戦的に煽ってくるので、宵珉シャオミンは「お互い頑張ろうな!」と返す。


 全班の確認が済み、いよいよ仙会が始まる。参加する者たちは洞天の入口に立つ。

 一見こじんまりとした入口だが、木々に囲まれた光を放つその洞窟の中に身を投げれば、異空間へと移動できるのだ。


「これより開始とする! 参加するものは中へ進め!」


 周氏の合図で、北峰から順に修仙者中へ入っていく。


「師兄ー! 修行の成果を見せれるように頑張ります!」

「行ってきまーす! 終わったら打ち上げしましょう! 打ち上げ!」


 華琉ホァリウと共に苓舜レイシュンに手を振る。彼は交流会の時と同様に中には入らず、外から中の様子を監視する役割だ。


 苓舜レイシュンは「健闘を祈る」と言って、手を振り返してくれる。


(生き残って苓舜レイシュンとご飯食べるぞー!)


 心の背中を押された宵珉シャオミンは、活力が湧いてきて、「うおー!」と天に向かって拳を突き上げる。そして、ひょいっと洞窟の中へ入っていった。


◇◇◇


 霊気漂う洞窟を通った先に現れたのは広大な山岳だった。爽やかな香りと涼しい風、青々と清々しく広がる自然はまさに修行にぴったりの場所である。


 ここから空を見ただけでも、仙獣である麗らかな鳥が自由に空を飛び回っていた。


 各班別々の場所に飛ばされる仕組みになっているが、宵珉シャオミンたちが飛ばされたのは木々が生い茂る山道の途中だった。


 早速天宝を探すことになり、晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウを先頭に山の中を歩き回る。


「ねぇ、華琉ホァリウ。たしか、天宝の周りには強い妖魔がいるんだよな」

「その強そうなやつを探せば見つかるんじゃないか?」

「たしかにそうかも。天宝って、具体的になんなのか教えて貰えなかったけど……どんなものなんだろう」

「光ってたりするんじゃねーの? 流石になにか目印はあるだろうし」

「なんでも斬れる剣だったりしないかな」

「ははっ、なんでも防げる盾かもしれねーぞ」


 前を歩く晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウはすっかり二人の世界に入っていた。こちらにも話しかけてくれるが、なんというか、個人的に邪魔したくない。


(せっかく二人の何気ないやりとりを見られるってのに、俺はまたもや途中退場か……)


 宵珉シャオミンは、とほほ……と項垂れる。


 一方、後ろを歩く角柳ジャオリウは監督役の緋揺フェイヤオに通信で話しかけて、『真面目にしなさい』と怒られていた。

 交流会で宵珉シャオミンも同じ経験があるので、暖かい目で眺める。


「グァァァッ!!」


 そうこうしているうちに、向かい側から邪鬼の群れが襲いかかってきた。


「滅!」


 晏崔ユェンツェイが剣を抜き、火炎を纏わせて切りかかる。


「はあっ!」


 続けて華琉ホァリウも蒼炎を灯して、喚く邪鬼を突き刺し、消滅させる。


華琉ホァリウ、いくよ!」

「ああ!」


 晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウが攻撃する度に、赤と青が交差して綺麗なコントラストが生み出される。


(かっけー!!)


 宵珉シャオミンはたまらずわくわくする。


フェイ師兄、見ててくださいねぇ」


 一方、角柳ジャオリウは杖の法器を用いて、遠隔でイェン派の術を発動させ、妖魔を撲滅する。


(法器もいいなぁ! 俺も杖とか符とか使いたい! 帰ったら印符作ろ〜)


 自分の考えたかっこいい戦闘を間近で見ることができて、感動の涙が出てきそうだ。


「俺も敵を……ってあれ?」


 宵珉シャオミンも近くの敵を倒そうとするが、傍に控える綺珊チーシャンが襲いかかる妖魔を片っ端から消してくれるので、一向に出番がない。


「あのー、綺珊チーシャン。守ってもらわなくても俺も結構強いんだけど」

「へい──じゃなくて宵珉シャオミンさんをお守りするのが僕の役目ですので!」

「そ、そう……」


 綺珊チーシャンは張り切って、どんどん蒼炎を灯した弓矢で妖魔を射抜いていく。百発百中のその攻撃は、見ていて気持ちいい。


(ちゃんとリン派の術を応用できてるあたり、やっぱこいつもすごいんだなぁ……)


 宵珉シャオミンは仕方なしにシュッシュッシュッと鉄扇を振り、皆のサポートをする。


(まあ、阿珉アーミンも何もしてなかったしな。楽しちゃお)


 原作の弱い阿珉アーミンは妖魔を倒せるはずもなく、ほとんど他の三人がこなしてくれていたのだ。


 戦闘が一段落して、奥の方へと歩みを進めていると、近くから黄の深衣を纏った修仙者の男たちが現れた。男たちは宵珉たちの前に立ちはだかり、行先を阻む。


「おや、そこにいるのは東峰のひよこちゃんたちじゃないか」

「ははっ、俺たちが守ってやろうか?」


 こちらよりも歴が長いのだろう男たちは、宵珉シャオミンたちを見下げて腕を組み、にやにやと笑っている。


「チッ。まだ入ったばっかだからって、バカにしてんだろ」


 不服そうな華琉ホァリウが小さく愚痴をこぼす。


(黄色い服……南峰のバイ派だな。後ろはガオ派。明らかに俺たちを舐めてんな)


 宵珉シャオミンもむすっとして男たちを観察する。

 すると、隣の綺珊チーシャンが「こいつらやっちゃいます?」と耳打ちしてくるので、「やめろ」と返す。洞天が滅びかねない。


「あの、俺たちの邪魔をするより、自分の身を案じた方がいいと思いますけど……」


 ずっと黙っていた晏崔ユェンツェイが、男たちの後ろを指さす。


「はぁ?」

「お、おい、危ねぇって!」


 顔を顰める男たちだったが、後ろから大きな妖魔が迫って来ていることに気がつくと、ドタドタと慌て出す。


「おお! でっか!」


 晏崔ユェンツェイが示した先を見ると、巨大な怪牛が走ってきており、今にも男たちに襲いかかろうとしていた。黒い怪牛は長く鋭い角が伸びており、身体には大きなコブと奇怪な羽が生えている。


「ハッ、情けねぇ」


 華琉ホァリウは腰の抜けた男たちを見下ろし、怪牛へと飛びかかる。続けて、晏崔ユェンツェイが「いけ!」と剣を構えて仙術を発動させる。

 二人の攻撃に合わせて、角柳ジャオリウ綺珊チーシャンも遠距離から攻撃を与えていく。


「俺も!」


 宵珉シャオミンも怪牛に向き合い、鉄扇を構えて、頭を狙って術を発動させる。


「蒼氷乱舞!」

「ギィィイイッ!!」


 宵珉シャオミンの放つ氷風が怪牛に直撃して、その内部から青く燃え上がる。そして、四人の攻撃によって既に弱っていた怪牛は、断末魔を上げて消滅した。


「よし!」

「やった!」

宵珉シャオミンさん流石です!」

「僕たち、いいコンビネーションだったね」

「皆、強いな〜!」


 五人で勝利を喜びあっていると、背後からガサッと布ズレの音がして、男たちの存在を思い出す。


「せ、先輩に向かってなんだその面は!」

「もう知らねぇからな!」


 南峰の男たちを一瞥すると、彼らはよろよろ斗立ち上がり、奥の方へと走っていった。


「あーいっちゃった」

「南峰の修仙者って、あんな感じなのか?」

「あの人たちは天宝を見つけられないだろうね」


 宵珉シャオミンたちは、情けない先輩の後ろ姿に呆れた視線を送るのだった。

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