四、魔力

 宵珉シャオミンは自分の容姿を堪能した後、再び寝台にぽすんと腰を据えて、腕を組む。


「さて」


 洞天仙会の奈落墜落が必須だと分かった今、宵珉シャオミンに残された選択肢は【餐喰散サンハンザンを倒せるように力をつける】ことである。

 宵珉シャオミンが『桔梗仙郷伝』の作者でなければ、あまりの難易度に「ムリムリムリッ!!!」と、発狂していたことだろう。実際に発狂寸前だ。


 しかし、宵珉シャオミン餐喰散サンハンザンを倒す必勝法を知っていた。

 まあ、この必勝法が恐ろしいほど高難易度のために意気消沈していたわけだが……倒す方法はちゃんと存在するのである。


「てか、俺の霊力はどうなってんだろ」


 これからの修行計画を練る前に、まずは自分の霊力を理解しておかねばならない。

 すぐに退場させられるようにへなちょこ設定にしたから、原作通りならば実力はリン派の中でも下の下だろうと推測する。


「よし」


 宵珉シャオミンは目を瞑り、手を自分の左胸に添える。

 そして、体内の霊根と気の巡りに意識を集中させる。これが自分の霊力を測る方法だ。


 この時期の阿珉アーミンに霊力を視ることができるかはわからないが、基本的なルールを設けたのは宵珉シャオミンなのだから、霊力を測る方法も術を繰り出す方法も理解している。

 まあ、理論上の理解であるそれを簡単に実践できてしまうのは、カミサマが授けてくれた"転生者特権"だと受け取っておこう。


「うわぁ……これはひどい」


 宵珉シャオミンは自分の霊力を認識し、思った通りの現状にため息を吐く。

 この身体は、まだ仙術をひとつも会得していない上に、霊力の蓄えもほんの少ししかない。


(こいつ、資質は十分あるのになんでこんな弱いんだ!)


 我ながら呆れてしまう。

 先程測ったところ、なぜか阿珉アーミンは、生まれつきの資質がいい。

 霊気の吸収が他の者よりも容易いはずなのに、霊力の蓄えが少ししかないなんて、全然修行してなかったみたいだ。


「本当に怠け者だったんだな……」


 「境界を突破できないぞ」という華琉ホァリウの心配はまさにその通りだったわけだ。


(まあ、その設定にしたのは俺だけど)


 原作の阿珉アーミンは修仙者としては序盤も序盤の修行段階で留まり続け、霊力もほとんど得られず、一度もレベルアップをしていない。


「ん? なんだこれ?」


 ふと、宵珉シャオミンは霊根の辺りに違和感を覚える。通常の霊力とは違う別の力を感じるのだ。

 宵珉シャオミンは手に力を込めて、より"視る"ことに集中する。


「は!?」


 すると、何かドス黒い謎の力が宵珉シャオミンの霊根近くに埋め込まれていることに気がつく。


(なんだこれは、霊力なのか……?)


 しかし、通常の修仙者が持つ霊力にしては、様子がおかしい。宵珉シャオミン阿珉アーミンにこんな謎の力の設定を与えた覚えはない。


 宵珉シャオミンはその正体を探るため、その場に座禅を組んで気を高める。


「なっ……」


 宵珉シャオミンの精神がその力に触れた瞬間、ビリッと弾き返された。そこで、はたと気がつく。


「これは……魔道の……!?」


 宵珉シャオミンは驚いて閉じていた目をハッと見開く。

 なんと、宵珉シャオミンの身体には魔道──この世界の仙郷では禁忌とされている修行の道──を修めると得られる霊力──その名も魔力が封じられていた。しかも、並大抵の量ではない。


「こんな設定、阿珉アーミンに付けた覚えはないんだが!?」


 宵珉シャオミンは叫ぶ。

 本来の阿珉アーミンは純真な修仙者であり、魔道に陥るなんて設定を書いた覚えはない。

 ここは『桔梗仙郷伝』の世界のはずなのに、どうなっているんだ。

 「どうせすぐ死ぬから霊力とか修行段階とか詳しく書かなくてもいいよな」などと怠けてしまったから、こんなバグが!?


「これ、もしかして……」


 そして、宵珉シャオミンは魔力の心当たりに気が付き、頭を抱える。

 その心当たりは、『桔梗仙郷伝』のラスボス・妖魔王の設定にあった。


一、妖魔王はとある理由から自滅する。

二、妖魔王は自滅する際に自分の魔力を凝縮させて、俗世に作った"器"の体内に全て封印した。

三、やがて、"器"に潜む魔力が解放された時に、その"器"が妖魔王として完全復活する。


 この三つが妖魔王の秘密であるが、宵珉が必死に復元していた最新話では、この二番までの秘密が明かされる。

 本編では"器"となるキャラクターはまだ登場していない。


「カミサマ、ホトケサマ、これはどんなバグですか!? こんなことある!?」


 宵珉シャオミンは、自分の体内に埋め込まれた謎の魔力について全てを理解した。


 つまりこういうことである。

 作者の宵珉シャオミンが本編未完結の状態──妖魔王の器となる人物を登場させる前に死んでしまったために、エラーが起こり、【妖魔王の器】という設定が宵珉シャオミンに付与されてしまったのだ!


「どうなってんだ! 阿珉アーミンは妖魔王の器じゃないし、器は他のキャラとして今後登場させるつもりだったのに!」


 どうやら、宵珉シャオミンが転生した世界は『桔梗仙郷伝』のストーリー通りではなく、変なバグが生じてしまっているらしい。


「うう、こんな転生者特権いらないです……」


 宵珉シャオミンが【妖魔王の器】だということは、体内に潜むこの魔力の塊は、妖魔王の残した特大魔力の凝結ということになる。

 この魔力が解放されれば、宵珉シャオミンは妖魔王そのものになってしまう……!


「な、なんてこった……」


 宵珉シャオミンはふらふらとよろけて、自分の頭を部屋の壁にゴツゴツとぶつける。


 もはや、餐喰散サンハンザンに喰われることに怯えている場合ではない。

 主人公・晏崔ユェンツェイの親の仇、そして『桔梗仙郷伝』のラスボスに転生してしまったのだから。


(死ぬ……! 絶対死ぬ……!)


 たとえ、餐喰散サンハンザンを倒し、洞天仙会を生き延びたとしても、その先の未来には絶望しかない。

 目の前に断頭台が見える。どんな物語でも、ラスボスは倒される宿命なのだ……!


「死にたくない!」


 しかし、死ぬのは嫌だ。なんとしてでも生き延びて、『桔梗仙郷伝』の世界を堪能したい!


 宵珉シャオミンは考えた。いかにして、晏崔ユェンツェイの復讐から逃れられるかを。

 幸いこの時点では、晏崔ユェンツェイは才能に覚醒しておらず、時系列的にも妖魔王との最終決戦から程遠い。

 ということは、この世界で【妖魔王の器】すなわち妖魔王が晏崔ユェンツェイに殺されるというルートはまだ確立していない。


(俺が妖魔王の器であることがバレない限り、晏崔ユェンツェイは自滅した妖魔王の幻影を追い続けるはず……!)


 よし、この魔力は生涯──体内に封印し続け、宵珉シャオミンは純真な修仙者であり続けるのだ。絶対に妖魔王の力を復活させてはいけない。


「俺は魔道などには陥っていないし、妖魔王でもない! あの魔力は見なかったことにしよう……」


 またしても、前世での自分の行いが仇となって返ってきたのか。宵珉シャオミンはあまりの困難に、寝台のシーツを涙で濡らす。


 これから先、難易度SSS【洞天仙会を乗り越える】に加えて、難易度SSSを限界突破した【妖魔王の器であることを隠し通す】という鬼畜ミッションが付け足されてしまった。


「……よし」


 宵珉シャオミンはパンッと両頬を叩く。

 妖魔王のことは一旦忘れて、間近に迫る洞天仙会の生還計画を練ろう。


 餐喰散サンハンザンは、秘術を用いれば簡単に倒すことができる。

 実際に本編では、晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウがその秘術を習得し、餐喰散サンハンザンを撃退するのだ。


 では、二人は秘術をどのようにして身に付けたか。ここで出てくるのがリン派の一番弟子・苓舜レイシュンである。

 友である阿珉アーミンを殺され、餐喰散サンハンザンに憎しみを抱いている華琉ホァリウは、熱心に修行を続けて修行段階が金丹期まで到達する。

 そして、そんな華琉ホァリウを見込んだ苓舜レイシュンは、華琉ホァリウ餐喰散サンハンザンを倒す秘術を伝授するのだ。


「ああ、苓舜レイシュン……」


 宵珉シャオミンは項垂れる。

 困ったことに、秘術はリン派に伝わる門外不出の術で、苓舜レイシュンは本当に信頼できる者にしか伝授しない。

 秘術会得の難易度はその点にあった。


 つまりこの先、宵珉シャオミン苓舜レイシュンの好感度を上げまくり、秘術を伝授してもらわなければならないわけだ。


「そんなの、無理じゃないか……?」


 宵珉シャオミンは書院でのやり取りを思い出す。

 宵珉シャオミン苓舜レイシュンの座学中に何度も居眠りをし、苓舜レイシュンは呆れた様子であった気がする。

 しかも、それは今日だけの話ではなく、リン派の門下に入ってからずっとのことである。

 原作でも阿珉アーミン苓舜レイシュンに怒られてばかり。宵珉シャオミンが描写した二人の絡みは説教だけだ。


 そこから考えるに、この世界においても苓舜レイシュンから宵珉シャオミンに対する好感度はゼロに等しいのではないだろうか……。


(嫌われてるかなぁ……嫌われてるだろうなぁ……)


 予測好感度は10%ほど。

 阿珉アーミンよ、なぜ真面目に修行をしなかったのだ。なぜ苓舜レイシュンの講義をちゃんと聞かなかったのだ……!


 外見がドタイプなだけに、嫌われるのはすごく辛い。


(苓舜に嫌悪の視線を向けられたら、生きてけない……っ!)


 悲しい現実に落ち込んでいると、「ぎゅるるるる!」と腹の音が鳴る。


「はぁ……とりあえず、ご飯食べるか。腹を満たして気分を上げないと」


 宵珉シャオミンは暗い思考を振り払い、宿舎の台所へ赴く。


 位の低い弟子は自分でご飯を作るのが基本だ。また、高位の修行段階に入れば、食事は必要なくなるため、台所は修行中期までの弟子しか使わない。


◇◇◇


「うっす!?」


 宵珉シャオミンは、試しに積まれてあった山菜と僅かな豆肉を調理して食べてみるが、あまりのあっさり加減に叫んでしまう。

 周りには塩や胡椒といった最低限の調味料しか用意されておらず、肉は見当たらない。


「誰だ、こんなに質素な作りにしたのは……ああ、俺か……」


 原作でリン派の食事を【山で採れる山菜や豆肉を使った質素な食事】などと描写したのは、紛れもない宵珉シャオミン本人だった。


 しかし、味が薄いだけで不味いわけじゃない。カップ麺ばかりの生活よりも、身体的にはよっぽどマシだ。というか、とても健康的だ。


 宵珉シャオミンはメリットを並べ立てて、なんとか自分を説得する。

 そして、修仙者としての位が上がったら肉を存分に食べよう……などと欲まみれの願望を抱いたのだった。

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