砂の王国 みっつ

武江成緒

1. 眠り砂




 あたり一面、すべて砂。

 みわたす限り、すべて砂。


 大地を区切るは砂の丘。

 大地いろどるは砂の波。


 どこまでも、限りなくつづく大砂漠。

 果てなくひろがる砂のなか、動くものは影とて見えず。




 空に舞うものは、風にはばたく砂嵐。

 地をはしるものは、いずこかへと流れ去る流砂。


 この世界には、生きるものは砂のほかには何もない。

 この世界には、きているものはただ砂ばかり。


 この世界にむものはみな、砂ばかり。

 この世界の民はすべてが、砂ばかり。


 この世界は砂の王国。






 その砂をく、まっしろな日がかたむいて、黄色みを帯びたその頃に。

 砂の王国のまんなかに、大きなおおきな穴がぽっかりと口をあけた。




 砂の王国を喰い破った大きなおおきなその口は、みるみるうちに広がりを増して、王国の民草である砂どもを飽きることなく呑みこんで、喰らい続けて。

 それを照らす太陽が、あかく染まったその頃に、ようやくその広がりを止めた。


 果てしない砂の王国の、その果てしなさそのものを喰い破るほどに巨大なすりばち

 そんなものを思わせる大口が、ぽっかりと黒く開いていた。


 その光景を見るものがいたとして、それに茫然とする間もあたえず。

 巨大な口の、その中から、巨大な口がずぶりと姿をあらわした。空にむけてのどをひらいた。



 地獄。

 まさに地獄が口をあけたがごとき光景。


 果てしない、まさにその全体がどれほど果てしないものか見当もつけられない蟻地獄が、そのを開いたのだ。




 貢物を求めるがごとく、朱い空へとその口をうごめかせた地獄の主。

 しかしながら、この世界は砂の王国。


 この王国にむものはみな、砂ばかり。

 この王国にある獲物はただ、砂ばかり。


 この王国には、生きるものは砂のほかには何もない。

 この王国には、喰らえるものはただ砂ばかり。


 砂の王国の王はただ、むなしくをひらいて閉じてを繰り返し。




 不意にその繰り返しをぴたりと止めたと思いきや。

 ぶわり、と。朱かられてくれないへと変じた空へとむけて。

 喰らった砂をき出した。





 砂どもがあかい空を飛ぶ。

 幾億、幾兆、いやいやさらに幾京幾垓までに達する砂粒どもが、砂の王国の王の勅命を受けて、砂漠の空を飛んでゆく。


 その指す先はどこなのか。

 その目的はなんなのか。




 夕暮れの空へ砂どもが飛び立ったのち。

 砂の丘のかなたへと太陽がその身をしずめ、紅い空がさらに熟し、汚血のいろへと変じたその頃。


 砂の王国が破られた。


 生きるものは砂のほかには何もなく、棲むものはみな砂ばかりだったはずの砂の王国に。

 その砂どもを二本の脚で踏みしめて、歩いてくるものたちがいた。


 砂どもに脚をとらわれつつ、おどる砂どもにつつ、歩いてくるものたちは。

 何ともうつろな足どりで、それでもただまっすぐに。

 砂の王国の王のもとを指してひたすら歩んでくる。





 民どもの狩り集めてきた獲物どもの歩みを察して。

 いまや眠りにつこうとする空のもと。

 王はその巨大な口を、おぞましくもほころばせる。

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