2月15日〜一日遅いバレンタイン〜

あるふぁ

チョコ

「結局貰えなかったな……」


 俺はベッドでそう呟く。今日は二月十四日、バレンタインデー。それもあと数分で終わる。

 俺はチョコレートを貰えなかったことに落胆する。

――もっと正確に言おう。幼馴染からチョコを貰えなかったことにショックを受けている。


 仲の良かったはずの幼馴染。毎年チョコをくれた幼馴染。

 幼馴染は、今年もチョコをくれるのだろうと思っていた。だが、そんなことはなかったらしい。


(今日は話すことさえできなかったな……)


 話したところで貰えたとは思えないのだが



 ◇



 ほぼいつも通りの時刻に教室に入ると、クラスメイトの三分の一くらいが登校していた。


 バレンタイン当日ということもあって、いつも以上に賑やかな教室の空間。

 そんな中で一人で過ごすというのは、なんとも言えない気まずさを感じる。

 普段は独りぼっちで過ごすことはあまりなく、ホームルームが始まるまで、友人と駄弁っているのだから尚更。そいつはこの場にはいないのだが


(断れる雰囲気じゃなかったしな)


 数分前に連れていかれた友人を少し気の毒に思いながら、スマホを取り出す。


 無意識的にメッセージアプリを起動し、一番上にある幼馴染とのトーク画面を開く。昨夜となんら変わらない。

 いつもこの時間帯に来るメッセージが無いことに少し寂しさを覚えつつ――とはいっても、一週間に一度くらいの頻度で、来ないこともあるのだが――スマホをしまう。




 聞こえてくるほとんどの話題はバレンタインに関するもの。「誰にあげる?」みたいなやつから自慢話まで色々聞こえてくる。

 バレンタイン一色だな、と思いつつ、今年の幼馴染のチョコはどんなものだろうと思案する。


 幼馴染の坂本さかもと実花みかから、毎年貰っているチョコレートはとても美味しい。自他ともに認める料理の腕前を持つ彼女は、毎年毎年凝ったものをくれるのだ。

 これぞ幼馴染の特権。


(これに満足して、告白できずにいるんですけどね)


 生まれてまもないときからの付き合いなのに、一向に関係が進まない。否、進めようとしない。

 そんな自分自身にただただ呆れる。



 いつから始まったのかなんて最早覚えていない、このイベント。小学校低学年の頃から続いているが、正確な開始時期は覚えていない。


(そう言えば……)


 思い出すのは、自分が小さい頃に貰ったチョコ。実花が一生懸命作ってくれたことが伝わってくる、そんなチョコだった。

 形は不格好だったけど、美味しかったことを今でも覚えている。


(あれから毎年くれるようになったんだよな)


 実花の作るチョコは渡されるたびに上手くなっていた。俺は、実花のチョコを毎年楽しみにしていた。


(中学生くらいのときから本格的になったよな)


 実花が、今のような凝ったチョコを作り始めたのが中学一年生くらいのとき。ちょうど俺が実花を意識し始めたときと重なる。


 実花を意識し始めるようになってから、俺にとって、バレンタインの意味合いが変わっていった。バレンタインが楽しみでしょうがなかった。もちろん今年も。そして、おそらく来年も。

 どんなチョコを渡してくれるのか。どんな渡し方をしてくれるのか。そんなことが気になって気になって、友人がチョコを抱えて戻ってきたことすら、話しかけられるまで気が付かなかった。



 ◇



 長い授業が終わり、ホームルームも終わる。そして迎えた放課後。


「おかしい……」


 俺は少し困惑していた。

 実花が校門にいないのである。


(いつも校門近くで待ってるのに……)


 約束しているわけでは無いが、用事がない日、俺たちは校門で待ち合わせをしているのだが――


(連絡が来ていないので、用事はないはず)


 誰かを手伝っているとしても、「先に帰っておいて」なりメッセージが来るはずだから気がかりだった。



 待っていても仕方ないので、すれ違いに注意しつつ、実花のクラスに向かった。

 階段を登っていると、実花の友人らとすれ違う。彼女たちなら何か知っているだろうと思い、恐る恐る尋ねる。

 彼女ら曰く、実花は急ぎの用事があるとか何とかで急いで帰ったらしい。


 どうして連絡しなかったのか分らないまま、とぼとぼ歩いて帰った。



 ◇



 そうして、今に至る。

 いつもなら寝ていてもおかしくない時間なのに、目が冴える。


(用事ってなんだよ……)


 最悪の可能性が頭をよぎり、すやすや寝ていられない。

 それを否定したいが否定できない。


(メッセージ送るのもな……)


 気になるが、伝えたくないことなのかもしれない。

 そう考えると、やっぱり最悪な事態が起きている気がしてくる。




 それは突然のことだった。

 実花から電話がかかってきたのだ。


 そして、頭が混乱していながらも、電話に出て平静を装う。


『もしもし? なんだいきなり?』

『窓開けて!』

『?』

『いいから窓開けて! 今すぐ!』

『分かった……』


 俺は意味がわからなかったが、何か意図があっての行動だろうと思い、窓を開けた。

 窓を開けると隣の家の窓から実花の顔が見える。

 昨日ぶりに見る顔だ。やっぱり落ち着く。


『これが私の気持ち! だからキャッチしてね』


 そう言われ、袋が投げられる。

 そして、うまい具合に部屋の中に入った。突然のことでキャッチまではできなかったが……


『何とか間に合ったぁ……』


 実花は安堵したように言う。

 何のことか分からず――というか分からないこと多すぎるなと思いつつ――実花に聞く。


『何にだ?』

『バレンタインに』

『え?』

『ホントは学校で渡そうと思ったけど、作ったチョコに納得いかなくて……。作り直してたんだ』


 俺は用事がようやく分かった。実花からのチョコを貰え、心の底から「良かったぁ」って思う。


『どう? 嬉しい? バレンタインチョコだよ。初めてあげた十年前とは大違いだよ?』

『ああ。そうだな』

『そうでしょ! そうでしょ! あと……チョコだけじゃなくて、私、こんなに成長したんだよ』

『そうだな』


 無愛想な返事になってしまった。


『それだけじゃなくて……私、む、胸も大きくなったし……家事もできるようになったし…………私、恋愛対象になれてる……?』

『ああ』


 随分と前から好きな幼馴染から問いかけられ、即答した。

 そして、俺はこれが思いを伝える絶好のチャンスだと思い――告白する


「実花、ずっと好きでした! 付き合ってください!」


 思ったより大声が出た。まあいい、嘘偽りのない気持ちを伝えられたのだから。


『窓越しで言わないでよ……声大きいって…………でも、うん! いいよ!』



 それから、しばらく経ち、冷静になった俺たちは、同じようなことを考えているだろう。


(何だか落ち着かない。この空気をなんとかせねば……)


 俺は空気を変えようとする。


『悪いが、実花。気づいてしまったんだ……投げた時点で日付変わってたぞ』

『うっ……バカぁ…………でも、来年はちゃんと、バレンタインの日に渡すから』

『そう……か』

『うん』


(いや、変わんなかったし……)


 変わらないどころかもっと気まずくなってしまった俺たちの間に、とてもとても長い時間が流れるのだった。




 翌日、両親から告白の件について根掘り葉掘り聞かれた。自分でも仕方ないとは思うのだが……

 実花も同じく聞かれたそうだ。それはごめん!

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