新作掌編「五十年後に大災害」


 五十年前、首都直下の大災害を予知した男がいた。

 その男は親しい人だけでなく、同じ地区の人間、さらに公共の電波を使って多くの人間に危険を知らせたものの、誰も相手にしてくれなかった……だって五十年後である。

 当時、できることはなにもなかった……心の準備をするくらいである。


 五十年ともなると……若者がベテランになっている時間だ。

 老人は大災害を待つまでもなく死んでいる……大災害よりもまず寿命だった。


 信じなかった者が多かったわけではないが、信じた上で、今はなにもすることがない、と判断しただけである。

 誰にも相手にされなかった男は、それでも自分だけは絶対に助かりたいと事細かに見えた未来の予知を思い返して対策を練っていた……まさかノアの方舟でも作るつもりか?


「首都が危ないなら移住する。場所さえ変えてしまえば拾える命があるだろう?」


 男は住み慣れた土地を離れた。首都から外れただけで田舎に向かったわけではないので会おうと思えば会える距離である。多少、首都にいた時よりも不便ではあるが、五十年後の大災害のことを考えればがまんできることだ。



 ――五十年後……つまりは現在である。


 首都直下の大災害が本当に起こった。男から聞いていた通りに大地震、大火事――高層ビルはあっけなく崩れ、赤黒い炎が町を包んでいた。

 消防車が駆けつけ何度も放水をしているが、火の手の方が早くとても追いつけない。このままでは消防士も巻き込まれてしまうだろう……。


 五十年前、ある男はこの映像を予知していたのだ。



 その男と言えば…………二年前、移住した先で死亡している。

 予知できなかった、自宅の火事で、である。


 酒に酔って、異変に起きられず。

 炎に巻き込まれ、命を落とした――――



 予知した大きな一件だけに目を引かれているせいだった。


 ……大災害でなくとも、命を脅かす『事件・事故』は起こるものだ。


 その男が予知したからと言って、見た大災害まで男が生きていられる保証はなかったのだ。



 …了

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