勇者20000殲滅計画/後編


 ――海の底。

 ――から、さらに目印を辿っていくことで洞窟に通じる入口を発見することができる。

 仮に勇者に嗅ぎつけられ、探られても、目印を見つけられなければ海底で彷徨うことになる。


 魔法によって海底に長時間いられたとしても、見つからない答えを探し続けるにも限界がある。目印を知っているからこそ、魔王の子である魔人たちは【海底洞窟・円卓の間】に入ることができるのだ。



「――揃いましたね」


 階段を下りた先。


 広がった空間があった。


 薄暗い中でも存在感を発揮するのは、世代別の魔人たちだ。

 ……腹違いの『きょうだい』たち。


 ジュニアも面識はあるが、仲が良いわけではなかった。

 それぞれ生活圏が違うし、思想に差があれば普通のきょうだいのように仲良くはならないだろう……、そもそも普通のきょうだいではないのだから当然だ。


 青い岩から切り出したような円卓を、ぐるりと囲むように魔人たちが座っていた。


 ぱっと見て数えられる数ではなく……、十人以上だが二十人はいなさそうだ。中にはジュニアが知らない顔もいた……逆に、前回の集まりの時にはいた人がいなくなっていたりもして……。

 こういうことがあるから、熱心に覚えても無駄になるのだ。


 さらに言えば年齢層も幅広い。上は杖をついた老人から、下は赤ん坊までいる……。

 その中で、ジュニアは若い部類に入るのだろう。


「ジュニア、座りなさい」


「へいへい」


 ジュニアが円卓の席についたことで、空席がなくなった……今日の参加者はこれで全員だ。

 あらかじめ決められた時間もある……

 間に合わなかった者は時間が過ぎれば弾かれてしまうのだ。


 海底にあった目印も、今はもうなくなっていることだろう。



「では、全員が揃ったところで、早速始めます――魔王様からの指示がありました」



 一、魔人たちは正体を隠して(偽り)各国に潜入し、水面下で事業を展開すること。



「事業?」

「質問は説明の後に受付けます……黙って聞きなさい」


 まとめ役の女性エルフにちくっと言われ、ジュニアは口を閉じた。


 ……事業、と言ったが、ようはひとつの手段ということだろう……、モデルケースか? 甘い蜜を吸う者と辛酸をなめる者が出てくる『商売』をすることが分かりやすいか。

 表立って動くことを禁じられているので、必然的にグレーゾーンを狙うことになる……それこそが最重要なのだろう。


(……影に紛れることで勇者側に調べさせるのか……。大々的に展開して目立てば、勇者よりも先に法律が手を出してくるからな……、勇者だけを誘き出すための餌か)


 世界に散らばる勇者を正面から相手すれば、当然、数の暴力で押し潰されることになる。勇者を減らすのであれば一網打尽よりもひとりずつ、暗殺するのが望ましい……。

 一網打尽を狙ったところで数人は必ず生きて出てくる……勇者とはそういうものだ。


 幸運を持つ者や、たとえ仲間を犠牲にしてでも這い上がってくる層はいて、泥臭い勇者と幸運の勇者が一斉に襲いかかってきたら魔人などひとたまりもない。

 そのため、勇者をひとりずつ確実に消すためには、深入りさせるための大きな餌を撒く必要がある……。入口を狭くすれば勇者も少数で入ってくるしかない……一網打尽にはできないが、相手がひとりなら袋小路に追い詰めれば倒せる確率はぐんと上がる。


 魔王の方針が分かったところで、次の指示が伝えられた。



 一、誘き出された勇者を、ジュニアの透明化で暗殺する。



「は? 名指しでオレかよ……」


「なんだぁ? 嫌なら俺が代わってやろーか? 透明化の魔法陣、持ってるからよぉ、俺でもできる任務だよな?」


 目元を隠したキノコ頭の男が突っかかる。ジュニアが選ばれたことが気に食わないようだが……――ジュニアも、譲れるものなら譲りたかったのだが……、


「ダメです。これは魔王様から直々の命令ですから……ジュニアで決定です」

「……あいよ」


「ちぇー。んだよ、魔王サマはなんでジュニアがお気に入りなんだ?」


 拗ねたようで、椅子に座る態度が悪くなったキノコ頭。

 彼を叱る声が左右から飛んだが、彼はどこ吹く風で聞き入れる気もなさそうだ。


「…………」

「勇者の数を減らすためにはジュニアが重要になってきます……あなた、ちゃんと作戦を理解していますか?」


「してるよ。お前らが各地で悪さをするから、その解決のために現れた勇者を後ろから殺せばいいってことだろ? この透明化で……――つーか、どうせ全員が透明化の魔法を持ってるなら、できるならオレ以外がとどめを刺してもいいんじゃないか? 必ずしもオレがやらなきゃいけねえわけじゃねえだろう。オレの手が回らない時だってある」


 ジュニアがいる場合はジュニアが……どうしてもジュニアの手がなければその場にいた別の魔人が代理を務めても構わない――臨機応変に、だ。


 しかし、


「いえ、必ずジュニアがするように、と……魔王様が」

「は?」


「――ッ、なんでだよッッ!!」


 キノコ頭が円卓に踵を落とした。

 ……強い衝撃があったが、円卓にはひびすら入らない。


「……欲を出せば殺される、だそうです……その点、ジュニアは深追いせず確実にひとりを殺すことができると……魔王様は高く評価しているようですので……」


「気に入らねえなあ」

「魔王様をか? それともオレか?」

「どっちもだァ」


 その答えは良くはないだろうが……非難する声がなかったということは、円卓を囲む魔人たちは賛成ではないものの、共感はしているようだ。


「――不満はあるでしょう。しかし、ここは魔王様の命令通りに、ジュニアに任せましょう……。魔王様にも、遠くを見据えた狙いがあるのかもしれません」


「なければ困るけどなぁ」


 すると、キノコ頭が離席した。


「――シャゴッド、どこにいくのです」


「先にいってるぜ。勇者を誘き出すために……――ようは『違法だが、一般人まちびとが求めてるもんを売れば』いいってことだろ? 性欲、快楽、色々あるもんなァ……差別も人身売買も色々とできそうだ――」


「話はまだ終わっていませんが」


「終わったよ。後は魔王サマからジュニアへの注意事項ってところだろ。俺らへのアドバイスなんかあるか? ねえだろ……魔王サマにとっちゃあ、俺たちはジュニア以下の子供なんだよ」


「そんなことは、」


「ねえか? 贔屓されたのは今回だけじゃねえはずだぜ」


 彼の言い分にはみな、思い当たる節があるようで……魔人たちが黙った。集会をまとめていた女性エルフも、ジュニアへの贔屓に思うことがあるようだ……当然ながら。


「ただでさえ納得いってねえ贔屓だってのに、さらに目の前で寵愛を受けてるコイツを見るのは気が滅入る。連絡があるなら今くれ、なければ俺はもう帰る……魔王サマに褒められるために多くの勇者を殺せる手を考えておきたいからな――」


 彼は止まる気がないようだった。

 仕方なく……はぁ、と肩を落とした彼女が、彼の離席を認めたようだ。


「追加事項があれば個別で連絡します……」


 彼が去ったことを皮切りに、魔人たちが続々と離席していく――

 ……やがて、部屋に残されたのは、ジュニアと彼女のみとなった。


 人が減り、広々と感じる円卓。


 ジュニアは最後まで立ち上がらなかった。


「そんで、魔王様からオレへの、アドバイスでもあんのか?」

「…………『無理はするな』、だそうです」


「……アドバイスか? それ」

「ただの心配、でしょうね。……私たちには一言もありませんが」

「…………」


 ――どうしてオレだけ特別扱いを……と目の前の彼女に聞こうとして、寸でのところで口を閉じた。こんなことを言えば、怒りを買うだけだ……、寵愛を受ける身としては、期待に応えるのが、魔王にもきょうだいにも見せる顔としては正解だろう。


「ああ……じゃあ無理をしない程度に、勇者を殺しておく」

「……仲間内で連絡を取り合いますか?」


「しねえ。連絡して勇者に情報が漏れても困るからな……ぶっつけ本番だ。あいつらが勇者を誘き出しているところに、オレが乗り込んで勝手に暗殺する……問題あるか?」


「ありませんが……不安はあります」

「ない方がおかしいから正常だ」


 椅子を引き、ジュニアが立ち上がった。


「こっからは別行動だな……ちなみにお前はどうすんだ?」


 グレーゾーンの商売をするようには見えないが……、ただ、魔王の命令であれば前向きに検討するくらいはするだろう。理由があれば動ける……それが彼女だ。


「私、顔が広い方ですからね――」


 つまり、多少無茶な事業も始められるということだ。


「手を変え、品を変え――色々とできますよ?」



 ――他の魔人たちも気づいているだろうか。

 勇者とは敗北を見て対策を講じる。

 つまり、餌として機能した事業(商売)は、二人目以降には通用しないことになる。


 彼女の言う通り、手を変え品を変え……なければ、20000にもなる勇者を殲滅することは叶わない……先の長い話だった。


 それでも、やらなければやられるなら、やるしかない。



 使える手がひとつだけなら使い物にならない。


 必殺の一撃より、致命傷でなくとも打撃を与える連撃が必要なのだ。




 …了

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