勇者20000殲滅計画/前編
魔王が統治する世界――
無敵の魔王に、手傷を負わせたひとりの人間がいた。
彼は魔王と敵対する長命のエルフの秘策によって生み出された勇者であり、彼を討つため魔王は力を振るい、勇者を爆殺した……かに思えたが。
爆発四散した勇者は、自らの力を分割して世界に解き放った。
魔王の追撃により、勇者の力を宿した【白い輝きを放つ欠片】はさらに増えて、およそ20000の数となり、世界へ散っていった――――
それから世界には、多くの勇者が誕生することになる。
無敵の魔王に傷を負わせられる貴重な存在……勇者。
世界は、彼らを蔑ろにはできなかったのだ。
「遅かったですね、ジュニア」
「……こっちは勇者共に追われてる身なんだが……。表立っては動けねえよ」
肩で揃えた赤髪の青年が、黒マントのフードを取る。彼はエルフ種と人間種の混血だが、耳は長い……容姿ですぐに正体がばれてしまうのでなかなか人通りの多い場所は歩けなかったのだ。
そのため移動に時間がかかるのは仕方ない……しかも呼び出されたこの場所は少々行き方が面倒でもあるし。
フードがなければ仮面や帽子を使えばいいと思うかもしれないが、ファッションでなければ隠している時点で「怪しい」ことを際立たせているようなものだった。
――千年前、この世界の主な住人だったエルフの血を引く子供が今も少ないわけではないが、色濃く受け継いでいるとなると限られてくる……。
そう、エルフの血が濃ければ『魔王』の血を受け継いでいると言ってもいい――
彼は魔王の配下――敵対者『魔人』である。
「目立ってしまうならあなたの固有魔法を使えばいいでしょう」
――ジュニアの固有魔法は『透明化』……自身の肉体はもちろん、彼が触れているものも透明にすることができる。
視覚的な誤魔化しが利くだけなので、匂いや音、軌跡は残ってしまうため、万能というわけでもないが……。
「だが、頼ってばかりもダメだろ……使えなくなった時に困るのはオレだ」
「それはそうかもしれませんが……。あなたの一生分、既に魔法陣が体に刻まれているはずですから、死ぬまで使い続けることは可能です……。仮に魔王様が亡くなったとしても、受け取った魔法陣が消えるわけではありませんよ?」
「そういう問題じゃねえよ。便利なものに頼ってばかりいると自分の力でなにもできなくなっちまうってことだ。……魔法がなくなれば、同時に生活が崩壊する今の人間社会と同じようなもんだ」
魔法によって全てが解決する世界。
魔法をアシストではなくメインウェポンとして利用しているがゆえに、魔法がなくなってしまえば路頭に迷う人々が多いだろう……、ほとんどがそうなのではないか。
火を起こすにせよ、魔法に頼っているのだ。
魔法以外で火を点ける方法を、もしかしたら知らないのではないか……。
いざ、なくなった時に困らないように、ジュニアは魔法の残量にまだ余裕がある段階から別の方法で生きる手段を模索している…………理想は、魔法がなくとも盤石な生活だ。
混血のエルフは特殊な構造をしている。
純潔のエルフは固有魔法を先天的に持っており、全ての生物の中で唯一、個人の力だけで魔法が発動できる種族だ。
他の生物は魔力を持っていても魔法を発動できないのだが……、エルフ種は0から1を生み出し、1を10にできる魔法が扱える。
――ただ、エルフはエルフでも、混血となると話は変わってくる。
半分はエルフなので固有魔法を持ってはいるが、自身の力だけでは発動できないのだ。
設置されている魔法陣に魔力を流すことで、誰でも魔法を発動させることができる……――人間種や他の生物が魔法を使えるのはそういう原理があるからだ。
しかし、混血エルフの固有魔法はこれまでになかった新発見であり、前例がないために魔力を流しただけでは魔法が発動しない。
自力で発動できない固有魔法は、その存在を証明する「発動後」が存在しないのだ。
……先天的なものなので頭で分かってはいても、発動できないもどかしさがあった。
だが、そんな悩みも魔王が解決してくれた――
自力で発動できないなら手を貸してあげればいい……。
本人では発動できないなら魔力を流すための『器=魔法陣』を作ってやればいいのだ。
エルフは他人の固有魔法を『開示させる』ことで中身の理論を理解し、誰もが使えるように整えた。千年近くの積み重ねで出来上がったのが、読むだけで(ただし純潔エルフなら……だが)他人の固有魔法を使えるようになる魔法書だ。
そういった歴史があるので、人から固有魔法の知識を聞けば、魔法陣を組み上げることは可能だ。
……千年以上生きている魔王にしかできない芸当かもしれないが……。
結果、魔王によって組み上げられた魔法陣をそれぞれの肉体に刻むことで、魔力を流し、自身の『固有魔法』を発動することができる。
……ただ、魔法陣化することで固有魔法を持つ本人でなくともその魔法が使えてしまうことになるが、道具ならまだしも肉体にいくつもの魔法陣を刻めば重複してしまう危険もある――
単純に、魔法陣が重なることで上手く発動しない不具合も生じてしまうため……、固有魔法を持つ本人にしか、魔法陣は刻まれていない……(身に着けるアイテムに魔法陣を刻んで、魔力を流し、同じ効果を受け取る、というやり方もある)。
そのため、半エルフは人間種とそう変わらない。
魔王からの支援がなければ、人間種と武装条件はさほど変わらないとも言えた。
いや、勇者に狙われている分、身を置く環境は過酷と言えるか……。
「だからあんたも、魔法に頼り過ぎない方がいいぜ……」
地下へ続く階段を下りながら……。
ジュニアが、先導している女性にそう声をかけた。
「あるかも分からない危険に備えて今を不便に生きるのは、賢いとは言えませんね」
備えあれば 憂いなしだが……、できる範囲で、である。
ジュニアがやっていることは「がまんしたのに報酬を受け取れず死んでいく」――のような危険性もある……。
そう考えたら、遠慮なく使ってしまった方がいいだろうし、頼ってしまえばいいだろう。
魔法がなければ、ないならないで代替物が出てくるものだ。そして、慣れてしまえば魔法の代わりに台頭してきたそれに、体が適応してくる……それが人間種だ。
エルフであっても人間種でもあるのだから、環境に適応する適性はあるはずだろう。
「あなたの憂いも理解できますが……まあ、勝手にしてくださいとしか思いませんが……」
「ああ、だから勝手にやってんだけどな」
「それもいいですが、第一に、人に迷惑をかけないでください。あなたの遅刻で全員が待っているのですから……」
――全員。
本当にいるのか疑問だった。
「(……
殺されている。
――勇者によって。
殺されても報告が上がってこなければ分かりようもないことだった。
「……なあ、集まる場所、分かりにくくないか? もぬけの殻の『魔王城』に集まるのはさすがにまずいのは分かるけどよお……」
「では、国の喫茶店でやれとでも?」
「人の出入りが鬱陶しいなら貸し部屋でもいいだろ」
「勇者に嗅ぎつけられたくありませんからね……。ここも絶対に安全とは言い切れませんが、それでも【海底洞窟】なら早々にばれることもないでしょう」
…続
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