相談者サンプル
「真面目な相談があるんだけど……いいか?」
「おう、いいぞ……スマホ見ながらでもいい?」
「ああ、構わない」
大学構内のベンチに座っていた友人を見つけた。たまたま見つけたから、相談をするにしては重たい内容ではあったものの、相談者は気にせず悩みを打ち明けた。
「……ふうん。妹の進路のことで、か。いや、そんなこと俺に相談されても正解なんて出せないぞ? まあ、主観で良ければこっちの考えを言ってもいいが」
「そういうのが聞きたいんだよ。……妹も進学したいはずなのに、金がかかるという理由で諦めて、就職しようとしている……兄としては望まぬ就職ならしてほしくないんだ」
「してほしくない、というお前の意見は伝えたのか?」
「伝えたけどな……うるせぇ、って一蹴された」
力関係は妹の方が上だった。……大学費用が思いのほか嵩んだことで妹へ回すお金がなくなってしまったとしたら……兄としてはあれこれ言いにくい。
「はは、強い妹じゃん」
「笑いごとじゃな……――。あの、さ……確かに片手間でいいとは言ったが、スマホを見過ぎじゃないか?」
「ん? でも、こうして答えてるじゃないか。ちゃんと聞いてるぞ。スマホだって音は出していないし――」
「お前っ、動画を見てんのか!?」
彼の片手にあるスマホを覗き込むと――そこには信じられない映像が……、
「は!? 人が真剣な相談してる時にエ○動画を見るか普通!?!?」
「安心しろ、サンプル動画だ」
「買ってもいねえ!!」
一分もないサンプル動画を見続けていたようだ。……平然と、公共の場で。
本編を流すのは気が引けるが、サンプルならセーフという倫理観が彼にあるらしい……相談する相手を間違えたか?
「……せめて買ったらどうなんだ?」
「買うほどに魅力的な作品にはまだ出会ってないからなあ……。おっ、このサンプル、三分もあるぞ」
「どうせほとんどが水着グラビアで、本番シーンは十数秒とかいうオチだろ」
「詳しいな……。うわ、しかも当たってる」
「だろ?」
……言うつもりのなかったことだったのだが……。
余計なことを引き出されたことでリズムが崩れたが、構内でサンプルとは言え、エ○動画を見ているのは非難するべきことだ。
いくら施設の利用は自由とは言え、モラルは持っていなければいけない――。
「…………」
「悪かったよ……そう怒るなって。ちゃんと相談に乗るからさ」
「違う」
……と。違うのであれば、ではなぜ彼は怒っているのか……。
相談者が相談にまともに乗ってくれない友人に不満を抱くのは当然だと思うが……。
「きちんと買え。サンプルで満足するな。売上がよくなければ、それで辞めてしまう逸材だっているかもしれないんだぞ!?」
「お、おうそうだな……え、そこで怒られてるの、俺?」
「とにかく! ……買え。気になったらひとまずバスケットに入れておけ!!」
いずれセールで安くなるだろうから! と力説してくれる。……前々から詳しいとは思っていたが、想像以上だ。そして、彼の言い分は愛用者のものである。
「もしかして……、親から金を借りてたりするか……?」
指摘すると、どうしてそれを……? と言わんばかりに表情が引きつっている……。
つまり親の金欠は、直接的ではないにしても、だらしがなく性に執着する兄のせいだった。
「サンプルで満足しないで買うから、妹の進学費用まで使っちまうんだよ、このバカ」
…了
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