杖つき少女は≪空想上≫では魔法の子
「……あ」
「手伝うぞ」
杖をつき、階段を下りている女子生徒がいた。
周囲も彼女の病気(杖をついているのとは関係なく)には理解を示していて、否定することもなかった。肯定もしていなかったけど、中にはきちんと彼女のノリに乗ってくれる生徒もいたのだ。そのせいで彼女を増長させてしまったと言えば、原因は俺たちにあるのかもな。
「眼帯は外したんだな」
「だって、お医者さんに目も悪くないのに眼帯したら転ぶからやめなさいって……」
「腕の包帯も?」
「うん……、おすすめはしないって言われて……」
言われて素直にやめるところを見ると、専門家の言葉は信じるらしい。怯えてるのかもしれないけど……。専門家がおすすめしないということは「悪影響である」と勝手に解釈している……おすすめでないなら、当たらずとも遠からずだとは思うが……。
「眼帯を外して包帯も取って……そう言えば今日は魔術とか言わないんだな」
「……魔術なんてないし魔獣もいないよ」
「そうなのか?」
「そうでしょ! いるわけない――だってあんなのはわたしが作った設定だし! 小説や漫画から流用してきただけだもん! 詠唱したからってわたしが空を飛べるわけもないのに……っっ」
本気で信じて窓から飛ぼうとして――なんてバカな真似をしたわけではない。
さすがに中二病であっても可能か不可能かは理解しているのだ。
彼女が杖をついているのは無謀な飛行魔法を試したわけではなく、単純に足を滑らせて――だ。
詠唱をして、飛び立つ寸前まで……思い描いていた役になりきっていた。映画監督が「オッケー」の合図を出したように「……なんてね」と切り替えた七宮は振り返った時にかかとが窓枠の外にはみ出し、バランスを崩してしまった……そして彼女は真っ逆さまに落ちた。
咄嗟に頭を守ったけれど代わりに足が折れた――足一本の骨折で済んだのは幸運だっただろう。彼女が落下したのは四階からだ……。
当たり所によっては命を落としてもおかしくはなかった。ひとつ上に上がれば屋上なのだから。……自殺する生徒は、だって屋上から飛び降りるものだろう?
「……魔術はないし魔獣もいないかもな……そして七宮も魔法使いじゃない」
「うん……、分かってたけどね」
「中二からの卒業か?」
「まあ、こうして怪我をすれば……嫌でも卒業しなくちゃって思うよ」
夢を壊した、みたいな罪悪感があるが、七宮の自爆だ。
扇動した(ようになってしまったが)のは俺たちだが、中二でいることの落とし穴にはまったのは彼女である。誰が悪いでもなく、自業自得だ。
「ところでさ、階段、下りるの大変じゃないか?」
「慣れたよ。エスカレーターやエレベーターがあればそっちを使うけど……でも、待つのが面倒だったら階段を使っちゃうもん。
杖をついていてもまだまだ若いんだから、階段の上り下りくらいできちゃうねっ!」
確かに杖をついていても老人よりは動きやすいだろう。
階段にしても平坦な歩道にしても、杖をついているだけで骨折した足以外は健康体なのだから。極端なことを言えば、片足だけで生活するなら杖なんていらないのだ。
「それでも二足でいるよりは大変だろ? 手を貸すぞ」
「いいよ、別に」
これは贖罪だ……なんてことは言わない。
別に、俺が七宮の骨折に関わったわけでもないし。
「いや、手を貸す。お前に拒否権はないんだ」
「えぇ……。でもまあ、ありがた迷惑じゃないから、じゃあ甘えちゃおうかな…………。でもなんで……――はっ!」
七宮は手を口に当て、気づいちゃったっ、みたいな顔をする……。
なにを思いついたのか知らないけど、たぶん違うぞ?
「もしかして、わたしのことが、好、」
「あ、違うよ」
「即否定も腹立つ!」
階段の途中だということも忘れて七宮が杖を振り上げる。
片手は手すりにあったが、バランスを崩すと同時に手すりへかけていた手も滑って……。
片足では体重を支えられなかった彼女が倒れる。すぐ傍にいて良かったな……、俺の方へ倒れてくる彼女をそっと受け止めた。
そこで不意に密着してしまい、至近距離になって先に顔を真っ赤にしたのは、彼女の方だった。
「うわっ近っ痛っ!?」
「骨折してるから暴れるなって」
同級生にしては小柄な彼女を、ひょい、と持ち上げ、階段に下ろす。
このまま持ち上げて階段下まで持っていってあげても良かったが、怪我人だけど荷物扱いするのは不服かな……。と思い、やらなかった。頼まれたらやってあげよう。
「あ、ありがと……なんで君は照れないのかな……?」
「好きじゃないからじゃない?」
それを言ってしまえば、照れた七宮が俺を好きだって理論にもなってしまうけど……まあ違うか。
俺と七宮に接点はそうない。クラスメイトだからまったくないわけではないが、雑談する交流はあってもそれ以上はない。
同じ班になったこともないしな。
「あらためて。手を貸すぞ」
「なんで……うん、とりあえず、じゃあお願いするね……」
なーんか、納得いってなさそうだったけど、構わず手を貸す。と言っても俺の存在なんてのは手すり代わりだ。彼女を抱えて階段下まで持っていくこともできたけど、それだと経験が詰めない。いつも俺が一緒にいるわけではないのだ。
手を貸しながらも、七宮が階段をスムーズに下りられるように、成長の余白は残しておかないとな。
「ありがとう……助かったよ……、でもなんで助けてくれたの? だってわたしのこと、その……好きじゃないのに」
好きじゃないことが不満そうだ。
俺に好かれたいの? ……俺に好かれても誰にもマウントなんか取れないと思うけど……。
人物ではなく、好かれている『状態』でマウントは取れるんだっけ?
「……怪我人がいれば手を貸すのが普通だろ。離れたところから見ているだけならわざわざ話しかけてまで手を貸すことはないとしても……、雑談しながら並んで歩いているなら、やっぱり手を貸さないとさ……」
「……貸さないと?」
「世間体が悪い」
「なにそれ」
怪我人が隣にいて、一切手を貸さないというのは印象が悪いだろう。
一から十を手助け……となると、彼女の成長を止めてしまうことになるからしないとしても、多少、片手を貸す、肩を貸すくらいはしないと、隣を歩く俺に非難が集まることになる。
たかが少数の非難、気にしないと思えば、痛くも痒くもないと言えばそうだけど、まあ、気持ちの良いものではないな。
だから最低限、怪我人の隣を歩くなら片手くらいは差し出さないといけない。
七宮には悪いが、好意ではない……厚意でもないな。
これは自衛だ。
あとは…………女の子に手を貸す自分がカッコイイと、酔いたいだけだ。
つまり、最初から最後まで、俺は俺のためにやっている……自己満足だ。
だから七宮が感謝することはない。
「だから七宮も、遠慮なく周りを使えばいいよ――特に男子が狙い目だな。俺みたいに弱者を助けて優越感に浸りたい奴はわんさかいるからな。困ってるフリでもして誘き出せば、男は簡単に釣られてくれるはずだ」
「なんか……嫌なこと聞いちゃったな……」
「人助けなんてそんなもんだけどな」
階段を下りた七宮が、平地では使い慣れているようで、杖を使いながらもスムーズに振り返り、にっ、と笑った。
「ありがと。そうやってクズ発言をすることで、わたしが周りへ頼りやすいようにしてくれたんでしょ?」
「…………違うけど」
「あ、違うんだ……まあ、違うってことにしておくね」
…………。
気を遣ったけど、ばれてるな……こっちが気を遣われたか。
「…………七宮」
「うん?」
「そう言えば伝え忘れてた。移動教室の行先が変わったんだ――視聴覚室になった」
「あ、そうなんだ……何階だっけ?」
「四階」
「…………ここは?」
「二階だな」
つまり、下りた階段を、また上らなければならないことになる。
「……ねえ、言うの遅くない?」
「だから伝え忘れてたって――う、」
杖の先端が俺の腹を突いた。
杖はそうやって使うものじゃないだろ……。
「下りちゃったじゃん! はぁ……また上がるの…………もうっ」
文句を言っても移動教室自体がなくなるわけではない。
ここで駄々をこねても授業に遅刻するだけだ……悩むなら早々に動き出した方がいい。
そろそろ、休み時間も終わるだろう。
七宮がいるなら急がないとまずそうだ。
「七宮。また手を貸すけど、どうする? 時間もギリギリだし、運んでやろうか?」
「運ぶって……えっ、お姫様だっこ!?」
目を輝かせる七宮だが、両手が塞がるのは嫌なので、必然的に決まった持ち方になる……それは――――
「米俵みたいに肩に担ぐの!?」
「これが一番楽だし、片手も空くんだよ――やべ、チャイム鳴ってる! 速度上げるけどびっくりするなよ!?」
「え――うぇええ!?!?」
急いだおかげでなんとか授業には間に合った。
七宮は激しく揺られて、しばらくは船酔いみたいに苦しんでいたけれど……。
「お得意の魔術でどうにかならないのか?」
「ならないっ! というか魔術なんかないし!!」
そうか?
魔術という言い方だけど、ようは思い込みだろ?
病は気から、と言われているんだから――気持ち次第で変化があるはずだ。
魔術がなくとも、思い込めば想像を凌駕する奇跡が起きるかもしれないぞ?
…了
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