掌編「SNS黎明期」


 死のうと思った。

 首を吊る? 飛び降りる? 溺れてみる? どれも痛そう(つらそう)だと思ったので先送りにしてみた。死ぬ死ぬ言いながらも結局死なないのね、と言われても仕方がないくらい、私は口に出すだけで行動には移さなかった。


 思えば昔からそうだったかもしれない。

 やると言いながらもやらない。先送りにして問題が自然消滅するのを待っている。これまではそれで解決していたけれど、今回のはどうにも消えそうになかった。

 待っていたところで消えないのであれば、やっぱり行動しなければいけないみたいだ――死にたいと思ったなら死ぬしかないのかもしれない。


 私は学校の屋上にやってきた。

 高い金網があるので飛び降りるためには金網を乗り越えなければいけない。なのに、金網の上には鋭い鉄線があって乗り越えられない。どうせ死ぬなら怪我のひとつやふたつ、誤差だと思うけど、痛いのは嫌だった……今から死ぬのに変な話だ。


 首を吊ろうと思って縄を買い、家で試してみたけど、私の体を支えられるような頑丈な突起がなかった。近くの公園の木でもいいけれど、目立ち過ぎるし……、夜中でも人通りが多いからすぐに止められてしまうだろう……できなかった。

 じゃあ溺死……は、しようと思えば家の浴槽でもできるけど、すぐに顔を上げてしまいそうなので、たぶんできない。

 駅のホームから飛び降りてみる? 車道に飛び出して……、どちらも他人に迷惑をかけてしまうだろう。自殺でさえ私のわがままなのに、他人に迷惑をかけるのは違うだろう……死ぬことが迷惑になると言えばそうだけど、そこまで気を遣うのも人として変な気もした。


 死にたい時くらいこっちの都合で死なせてほしい。


 引き留めるなら私にメリットを提示してほしい……私に、生きる理由を与えてほしい……。


 今のところ世界は、私が死ぬように促しているようにしか見えなかった――。



 私がSNSに出会ったのはその時だった。

 絶望の淵に立ち、まさに一歩踏み外せば落ちてしまいそうな状況で、私を誘った光の先は――SNS。


 まさか当時は、便利だけど後に社会問題として取り上げられることになるとは思ってもみなかった――問題なのは、コミュニケーション、匿名性だった。


 私は最大限利用し、死にたい欲を消化するように、鬱憤を吐き出し続けた。


 何度アカウントが停止されたか分からない。

 何度捨てアカウントを作ったか覚えていない。問題になっていても辞められなかった……これがスマホ依存症なのかもしれないけど……私にとってこれは生命線だったから。


 スマホを取り上げられたら、SNSができなくなれば、私は死にたい欲が無限に湧き出てしまう。SNSで消化できなければ自然と行動せざるを得なくなり、口先だけだった私は、再び死のうとするだろう。


 ――救われていたのだ。


 標的を決めて攻撃し続けることで、私は救われていた。

 相手は傷つくだろうし嫌な思いをするかもしれない……でも、私はあなたよりも下の人間で、クズだ。社会のはじかれ者だ。

 犯罪者でないだけで、確かに私は人間社会の癌なのだ……、だから大目に見てほしいわけではないけど、理解はしてほしい……。

 誹謗中傷をし続けていなければ自殺してしまう、私みたいな人間もいるのだから。


「……心無い言葉を投げてごめんなさい。嫌なことを言ってごめんなさい、芯を食った一言を浴びせてごめんなさい――でも、今だけはお願いします、攻撃させてください……でないと私が、壊れてしまうから……」


 誹謗中傷をすることで私は救われている。


 ――あなたが誹謗中傷を受けている裏では、ひとりの人間が自殺を思いとどまっている――。


 攻撃を受けているあなたが人を救っている事実もあるのだと。


 ……誇りを持たなくともいいです、でも、胸を張っていてください。



 だってあなたは私の、命の恩人ですから。




 …了

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