隠しキャラとお目見えなるか

 体調もすっかり回復した俺達は、再び馬車に乗り込んだ。目指すは隠しキャラのひとり、デジレ・ガルニエの住処だ。


 デジレ・ガルニエとは、ジルベールの家出イベントで出会うことができる。

 外の世界を知りたくなったジルベールは門番の目を盗み屋敷から抜け出す。その時、世間知らずなジルベールを浮浪者から守ってくれたのがデジレだった。

 デジレ自身も天涯孤独のストリートチルドレンだけど、彼は犯罪を好まず、街の人々の手助けをすることでお金や食料を得て暮らしていた。デジレは優しい性格から、街の人達の人気者だった。

 物語の中盤、彼が実は没落した王族の血筋、つまりはジルベールの遠い親戚だということが明かされる。デジレは同じ王族であるジルベールと結婚し子供を産むことで、国内で地位を得て、自分のような貧しい子供が生まれないように世の中を変えようと画策する。ジルベールもデジレの考えに深く共感し、尊敬の念と共に愛情を抱くようになる。


 ……というシナリオである。隠しキャラとは思えないほど壮大な世界観だね。


 王族にはある身体的な特徴がある。背中の部分にハート型のような大きなアザがあるらしい。

 レオルートにおいて、レオが実は血が繋がっていないと分かるのは、このアザのせいだったりする。ジルベールの異父兄弟(どっちも父親だからややこしいね)として育てられたレオは人前では素肌を見せないように教育を受けていたけど、主人公は偶然にもレオが服を脱いでいるところを見てしまうんだ。


 それにしても、ハート型って……。つぐづくBLっぽいというか何というか。


 そんなことを話しているうちに、デジレが暮らしている路地裏にたどり着いた。


「ここに住んでいるのか?」


 アレクサンドルが不審そうに辺りを見回す。バヤールは少し離れたところに馬車を止め、オベールは俺を守るように前に立つ。


「手紙にはそう書いてあった。でも、ひっそりとしていて、誰もいないみたいだね」

「気をつけろ。油断していると襲われるかもしれない」


 薄暗い路地裏へと歩を進める。地面を踏み締める3人分の足音に、誰かの気配が混じった瞬間、オベールが俺の隣で鞘から剣を抜いていた。


「誰だ」


 問いかけに答える人はいなかった。オベールがもう一度尋ねるも、やっぱり返事はない。

 

「気のせいか」

「ここにはいないのかもしれない」

「でも、確かに聞いたんだ。デジレはここにいるって」

「……聞いた? 誰から?」


 アレクサンドルが眉をひそめる。やば、今のは失言だったかもしれない。


「いや、聞いたっていうのは言葉のあやで、手紙にそう書いてあったって言いたかったんだけど……」


 俺が苦し紛れな言い訳をした時だった。


「お兄さん達、デジレさんを探してんの?」


 子供の声が聞こえてきた。声の方を振り向けば、そこには痩せた少年の姿があった。服は汚れていて、風呂に入っていないのかも髪もベタついている。そんな中で、生命力を宿した瞳が、異様なほどに綺麗に澄んでいた。


「デジレさんを知ってるの?」

「もちろん知ってるよ。この辺りじゃ有名だもん」

「デジレさんがここに住んでるって聞いたんだけど、君は何か知ってる?」


 少年は俺達に痩せこけた手を差し出してきた。


「デジレさんの情報を知りたいならお金を払ってよ。それか、ご飯をちょうだい。もう3日くらい何も食べてないんだ」


 オベールが懐から金を取り出そうとするのを止める。


「ダメだよ、オベール。何も渡しちゃいけない」

「でも、デジレの情報が……」

「渡したからと言って、この子が本当に情報を持っているとも限らない。それに、一度渡してしまったら、他の子にも渡さなくちゃいけなくなる」


 俺は子供に笑いかけた。


「ごめんね。お兄さん達はお金もご飯も持ってないんだ」

「じゃあ、服を置いていってよ。売ったらお金になるから」

「それも難しいかな。お兄さん達、これから行くところがあるんだ」


 子供は途端に凶悪な顔付きになると、背中に手を伸ばし、錆びたナイフを取り出した。


「じゃあ、力づくで奪うまでだね」


 子供が俺に襲いかかってくる。オベールとアレクサンドルが俺の前に立ち塞がった。


「想来、お前は先に戻ってろ!」

「そうはさせるか!」


 子供はナイフを持った手を振り上げる。アレクサンドルが咄嗟にナイフを掴み、少年の動きを封じた。


「離せ、離せよ!」


 子供がジタバタと暴れるたびに、ナイフの刃が食い込み、アレクサンドルの手から血が滴り落ちる。


「アレクサンドルさん!」

 

 うわ、血だ……! ゲームの世界にも血は存在するのか。それもそうだよな。馬から落ちて怪我もすれば、車酔いだってするんだから。


「このくらい、手当てすれば何ともない。それよりお前は早くバヤールのところに戻れ!」


 オベールは子供の脇腹に蹴りを入れた。子供の体は横に飛び、壁に打ちつけられる。子供は咳き込みながら、それでも立ちあがろうとした。アレクサンドルが子供の手を蹴り、ナイフを弾き飛ばす。


「大人しくしな、小僧」

「離せ、離せ……っ」


 アレクサンドルは子供の手首を掴み、それ以上暴れ出さないように体を拘束した。


「俺だってこんなことはしたくないんだ。ただ質問に答えるだけで良い。デジル・ガルニエの居場所を教えてくれ」

「だから、知りたければ金を払えって!」


 オベールは冷淡な態度で子供を睨みつけた。


「今すぐデジレの居場所を吐くんだ。俺はそこにいるお人好しの馬鹿ほど優しくはないよ。君がどうしても言いたくないと言うなら、君の体に聞くことになるけど、それでも良い?」

「おい、オベール。そんな言い方はよせ。この子は子供なんだ」

「だから何? こいつは俺達を、想来を傷つけようとしたんだよ。人を傷つけようっていうんだから、もちろん傷つけられる覚悟があってのことだよね?」


 子供は顔を青くさせ、体を震わせた。


 オベールは本気だ。俺のためなら、きっと人を殺すことも厭わない。


「オベール、ダメだよ。その子を傷つけちゃダメだ」

「想来、君は早くバヤールのところに戻るんだ」

「オベール! 僕は、君に手を汚してほしくないんだよ!」


 善良な主人公、ジルベールならこの場合どう動くだろう。きっとジルベールなら、たとえオベールとアレクサンドルに嫌われようと、少年を助けようと手を差し伸べるはずだ。


 好感度を下げる。それは、俺にとって都合が良いことだ。

 だけど、それだけじゃなかった。


 俺のせいでオベールが子供を傷つけるなんて、耐えられなかった。


「……ねぇ、君。名前は?」

「……お前に名乗る名前なんてない」

「じゃあ、僕の方から名乗ろう。僕の名前は想来だ。この辺りを統治しているセリーヌ家の次期当主だよ」

「おい、想来! お前、いったい何を_____!」


 俺は子供の前にしゃがみ込み、子供の目を見つめ返す。やっぱり綺麗な目をしている。


「デジレさんから僕の話は聞いていないかな?」


 子供は何度も俺の名前を呟いた。


「デジレさんとは仲良しでね、どうしても彼に会わなくちゃいけないんだ。デジレさんが今どこにいるか知らない?」

「ソラ……デジレさんから、聞いたことがある名前だ」

「彼は僕のことを何て言っていたの?」

「凄く優しい人だって。その人と一緒なら、この国の未来を変えられるって言ってた。貧しい子供達を減らすことができるって……」

「話してくれてありがとう」


 俺は子供を抱きしめた。背後で、アレクサンドルとオベールが狼狽える気配がする。


「君のお父さんとお母さんは?」

「いない。そんなの、生まれた時からいないよ」

「ここにいる子供達はみんなそうなの?」

「大体の子供はそうだよ。他にも、家出してきたり、親が殴ってくるから逃げてきたり、色んな子がここにはいるんだ」

「そっか。……つらかったね」

「何も知らないくせに、そんなこと言うなよ。誰よりもお金持ちなくせに。俺達のこと分かった気になるなよ」

「ごめんね。でも、僕は君達のことを理解したいんだ。だから、君達のこと、教えてくれないかな」

「……教えて何になるんだよ」


 子供の声は震えていた。


「デジレさんが何日も帰ってないって言ってたけど、それは良くあることなの?」

「たまに。でも、いつもならすぐに帰ってきてた」

「君がご飯を食べられてないのは、デジレさんが帰ってこないのと関係あるの?」

「……俺、この辺りでずっと盗みをしてきたからみんなに目をつけられてる。俺にご飯をくれるのはデジレさんだけだった」

「そっか。君も、デジレさんの居場所を知らないんだね」


 子供は頷いた。


「みんな、デジレさんが帰ってくるのを待ってるんだ。でも、デジレさん、帰ってこない。……デジレさん、俺達のこと嫌いになっちゃったのかなぁ」

「そんなことないよ。デジレさんはきっと帰ってくる。僕達も一緒にデジレさんのことを探すよ」

「本当に?」

「うん。だから安心して」


 俺はもう一度子供を抱きしめた。子供は緊張の糸が切れたのか、堰を切ったように泣き出した。


 子供と別れる間際、アレクサンドルが子供に近寄った。


「お前、学校は知ってるか?」

「学校?」

「教会が運営している学校があるんだ。そこに行けば、ご飯も食べられるし教育も受けられる。今から俺達はそこに行くつもりなんだが、お前も来るか?」


 子供はしばらく黙り込んで、首を横に振った。


「学校には行けない。俺、ここでデジレさんが帰ってくるのを待ってるから」

「……そうか」


 アレクサンドルは子供の頭に手を置き、優しく撫でる。

 

「盗みは絶対にするな。もしご飯が食べたいなら、デジレがそうしたように、お前も人を助けるんだ」

「……分かった」


 俺達は子供と別れ、馬車に乗り込んだ。アレクサンドルとオベールが俺を間に挟むように座る。


「デジレ様とはお話できましたか?」

「いや。デジレはいなかった。どこかに出かけてるみたいだ。取り敢えず先に、もうひとりの婚約者候補と会いにいこう。想来。そいつの家もこの辺りにあるんだよね」

「ここからそう離れてない場所だったはずだよ」


 馬車が動き出す。オベールが俺の手を握り、アレクサンドルは俺の肩を抱いた。


「……あまり、無茶をするな」


 アレクサンドルが深いため息を吐く。

 

「本当だよ。君があの子供を抱きしめた時、肝が冷えたんだから」

「心配かけてごめんね。でも、あの時はそうしなくちゃいけないと思ったんだ」


 俺は素直に頭を下げた。


「……僕のこと、嫌いになった?」


 ふたりは慌てて首を振る。


「嫌いになんてなるものか」

「そうだよ。そもそも俺達がデジレに会いたいと言ったんだ。君は悪くない」

「でも、僕は君達にデジレのことを黙ってだんだよ」

「俺達が、お前が言い出し辛い雰囲気を作っていたのかもしれない」

「アレクサンドルは嫉妬深いからな。想来が躊躇しても仕方ないよね」

「おい、お前にだけは言われたくねぇよ。どっちかと言えば嫉妬深いのはお前の方だろうが」


 くそ、なかなか好感度下がらないな。それなりに体を張ったつもりなのに。

 いざとなったら下ネタを言って場の空気を凍らせるか……? でも、このふたりならそれすら褒めてきそうだ。「面白いことを言うね」とか言って。


 路地裏を離れてからしばらくの間も、アレクサンドルは浮かない顔をしていた。


「アレクサンドルさん、傷が痛みますか?」


 包帯の巻かれた手にはわずかに血が滲んでいた。

 

「……できることなら、あいつを連れていってやりたかった。あいつだけじゃない。あそこで暮らしてる子供達に、たくさんご飯を食べさせてやりたかった」


 でも、それではダメなんだ。アレクサンドルは言った。


「……俺の父親は、これまで沢山の人々の病気を治療してきた。それこそ王族だけでなく、貧しい市民に無償で治療してやることもあった。そんな親父でも、ああいう子供だけは治療してやることができないと言っていた」

「どうして?」

「あいつらがそれを望まないからだ。あいつらは散々悪い大人に酷い目に遭わされたせいで、大人のことを信用していない。それだけじゃない。これまで酷い目に遭わされた分の借りを返してもらおうと、そうするのは自分達に与えられた当然の権利だと思っている。だから……そういう奴等に下手に優しくしたところで、痛い目を見るだけなんだ」


 アレクサンドルは深いため息を吐いた。


「体の治療はできても、心を治療してやることはできない。困っている奴がいるのを分かっていながら何もできないなんて、俺は医者失格だな」

「それを言うなら、僕も何もできなかった」

「いいや。お前は凄いよ。たった数分で、子供の警戒を解いてやることができたんだから。あいつも、お前のことは少しは信用してたんじゃないか」

「……それはどうかな」


 俺は懐を手で叩いた。本来お金が入っていたはずのそこは、空っぽになっていた。


 オベールが目尻を釣り上げて怒った。

 

「あいつ、君からお金を盗んだのか!」

「あの子は悪くないよ。僕が迂闊だったんだ」

「……想来、まさかお前、わざとあの子がお金を盗むように仕向けたのか?」


 ……そういうことにしとこう。本当は単に盗まれただけなんだけど、そっちの方がなんかカッコいい。


 袋にはそれなりのお金が入っていた。大金を得た彼は、これからどうなるだろう。

 せめて、これ以上悪い大人に騙されることがないことを願っておこう。

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