BLゲームの世界で、10人のαに求婚されている俺(Ω)の話。
霧嶋めぐる
BLゲームの主人公になってしまったらしい
目を覚ますと、見慣れない天井が視界に映った。いや、天井……というか布? 白い布、天蓋だ。
「……どこ、ここ」
俺、自分の部屋のベッドで寝てたはずなんだけど。ここ、明らかに俺の部屋じゃないよね。まさか……誘拐された!?
……ないない。ありえない。俺にそんな価値はないって。
「目が覚めたかい?」
声が聞こえてきた方を振り返ると、貴族のような格好の美男子が俺のそばにいた。
何だこれ、コスプレ?……でも、かなりのイケメンだ。
木々の隙間から差し込む柔らかな陽光を彷彿とさせる淡い金色の髪。肩にかかるほどの長さの髪は、手入れが行き届いているんだろう、高級な布のように一本のほつれもなく艶々と光り輝き、心地良い肌触りだろうことは見て分かる。
ターコイズのように晴れやかな空色の瞳に見つめられ、俺の心臓は大きく拍動する。
もしかしてこの人、
確か、名前は……オベール。そう、オベール・ベルトランだ。主人公の幼馴染で、攻略できるキャラのひとりだ。優しい性格だが、闘争心が強く、勝負事で負けるのを好まない。柔和で大人びた外見に反して案外子供っぽい面のある男……だと、公式サイトのプロフィールにあった。
「ああ、【驕句多縺ョ莠コ】、無事で良かったよ」
待って、今なんて言った?
「ご、ごめん、オベール。もう1回俺の名前を呼んでくれる?」
オベールは首を傾げた。
「【驕句多縺ョ莠コ】、だろ?」
やっぱり上手く聞き取れない。どういうことだろう。
と俺が思っていると、突然俺の目の前に、透明のパネルが現れた。
うわ、なんだこれ!?
【あなたの名前を記入してください】
パネルはまるで自分の存在を誇示するみたいに、チカチカとエメラルドグリーンの光を発している。今自分が寝かせられている中世風の天蓋付きベッドには到底似合わない、近未来的なデザインだ。
「な、名前……?」
まるでゲームのダイアログみたいだな。
俺のものとは思えないほど白い指(たぶん主人公の指だろう)をパネルへと伸ばし、【想来】と記入すると、パネルはすかさず
【想来。読み方は「ソラ」で間違いありませんか?】
と問いかけてくる。俺は「はい」のボタンを指で押した。モニターは背景に溶けるようにフェードアウトし、数秒経たないうちに完全に姿を消してしまった。
なんなんだ、これは一体……。
*
自称腐男子の友人、磯貝が教室に持ってきたゲーム。それが全ての始まりだった。
「朝日奈氏も是非やってみてください。オススメでござるよ!」
「えー……」
「頼むでござる、この通り! 絶対に朝日奈氏も気に入るでござる! 後悔はさせないでござるよ!」
俺はまさに今、お前と交友関係を持っていることを絶賛後悔してるところだよ。
今時そんなテンプレなオタクなんかいないよ、と突っ込みたくなる喋りと共に、磯貝が俺にゲームを渡してくる。その場で突き返してやろうとしたが、好きなコンテンツを布教するオタクは、筋力とメンタルにバフがかかっているんだろう。もの凄い力で押しつけられ、仕方なく持ち帰ることになった。
「感想お待ちしておりますぞ~!」なんて言ってたけど、俺は絶対にBLなんてプレイなんてしないからな。人の趣味にケチをつけるつもりはないけど、自分でやるかって言われたら話は別だ。
誰が好き好んで恋愛ゲームなんてやるんだか。それも、BLゲームなんて。
磯貝は超絶面倒なオタクである。自分の好きなコンテンツを人に押し付けては感想をせがむ。そのうえ感想を言わないと不機嫌になるのが、とにかくダルい。
そんなんだから煙たがれるんだよ。
学校の成績も悪くないし、顔の素材もまぁ悪くはない。でもその独特な喋りと性格のせいで全ての長所が霞んでいる。本人が幸せなら良いのかもしれないけど、磯貝と一緒にいる俺まで「同類」として扱われるのは嫌だ。
一方の俺もオタクだった。磯貝とは違ってBLに興味はない。俺が好きなのはRPGやアクションゲームなんかの1人で黙々と作業をできるゲームだ。
なんだ、同類じゃん? だって? 違う。全然違う。
俺は磯貝みたいな面倒臭いオタクとは違って、善良なオタクであることを心がけているんだ。
人に自分の趣味を押し付けたりなんてしないし、感想をせがんだりもしない。人前でオタクコンテンツの話を大声でしたりしない。
俺は自分が世間からどんな目で見られているか分かっているからこそ、隅っこで目立たないようにして生きているんだ。
地味でいること。人に迷惑をかけないこと。それが俺がこの16年間の人生で築いてきた人生の戦略だった。
学校の成績は普通。顔立ちも普通。取り柄がなければ悪いところも恐らくない……はず。それが俺、
そんなオタクコンテンツに対する態度も性格も違う俺等がどうして仲良くしているかという話は今は置いておいて、兎にも角にも今の問題は磯貝に押し付けられたBLゲームだ。
さっき言ったように磯貝はとにかく面倒臭い性格をしているので、感想を言ってあげないと不機嫌になる。可愛くもないのにほっぺたを膨らませて、「むう」とか言ったり、「とにかくゲームをしてくれ」アピールをし、感想を言うまでその態度を貫き通すんだ。
そんな磯貝といるせいで俺まで気持ち悪い同類と思われ、努力によって手に入れた地味で平穏な生活が水の泡になるのは嫌なので、俺は何とかして感想を捻り出さなければならない。
でも、したくねぇな、BLゲーム。ギャルゲーや女の子向けの恋愛ゲームならまだしも、BLゲームって……。
幸いにもゲームのパッケージは洒落た文字でタイトルのみが書かれたシンプルなものになっている。万が一親に見られても、パッケージだけだったらBLとは思われないだろう。
俺は家に帰ると勉強机の上に借りたゲームを置き、そいつと睨めっこした。
やるか、やらないか……ううん、やっぱりやりたくない!
俺はネットであらすじやレビューを探して、それっぽい感想を送ることにした。
すまない、ゲーム。君に罪はないが、俺は男同士の恋愛を見て楽しむ趣味はない。
パソコンを起動させてブラウザを開く。タイトルを検索すると、最初に表示されたのは公式サイトだった。俺は迷いなくそのリンクをクリックした。
サイトを上からじっくりと眺め、画面をスクロールさせていく。
へぇ、インディーズゲームなんだ。しかも個人製作。ってことは、イラストも音楽もシナリオも、全部1人でやってるってことでしょ? マジかよ、すごいなぁ。
なるほど、舞台は中世風ファンタジーかつオメガバースの世界か。主人公は侯爵家の次男であり第2の性別はΩ。主人公の家では代々Ωが家督を継ぐことになっていて、いかに優秀なαを婿に迎えるかがこの家にとっては最重要らしい。
ストーリーには数々のイケメンα達が登場し、主人公は彼らと親交を深めながら自分に相応しい婿を探していく。最終的には主人公とαが結ばれ、首の頸を噛む、つまりは「運命の番」となったらハッピーエンドと、そういうわけね。
なるほどなるほど。
……って、ストップストップ。そもそもオメガバースってなんやねん。皆様ご存知のって感じでそのワードを出してきても分からないよ。何の説明もなくαとかΩとか運命の番とか、専門用語を出してこないでほしい。頭が混乱しちゃうだろ。
俺ばオメガバースの意味を調べてから(こんな不思議な設定があるとは、BLも奥が深いな)、改めてゲームについて調べなおす。公式サイトでキャラクター一覧を見てみると、そこには多種多様のイケメンが勢揃いしていた。チラ見するだけのつもりだったんだけど、あまりのイケメン祭りにちょっと興味が湧いて、まじまじと観察してしまう。
ふーん、これが主人公か。中性的だけど、絶妙なバランスで男だということが分かるような繊細な顔立ちをしている。まぁ、当然だけどイケメンだな。
瞳は闇夜に浮かぶ月のような金色で、肌は陶器のように白くすべすべしている。白銀の髪を三つ編みにして後ろに流した姿は愛嬌があって可愛いけど、長い髪を下ろしている姿のほうが俺は好きだ。こういうキャラがアクションゲーでプレイアブルだと、動くたびに髪がさらさらと揺れて画面映えするんだよなー。
へぇ、この子とか女の子みたいに可愛いじゃん。こんなに可愛いのに男なんだ。こっちは如何にも女の子が好きそうな見た目をしてる。おとぎ話に出てくるような異国の王子様みたいだ。こいつは見た目はイカついが、たぶん同性からも慕われるような兄貴肌キャラだろうな。見た目で分かる。
ゲームについてあらかた調べ終えた俺は晩ご飯を食べながら、磯貝に送る感想を考える。エアプだとバレたら面倒臭い。取り敢えず「このキャラが今のところ好きかな~」って感じで、当たり障りのない感想を送っておこうかな。そっから少しずつ感想を送っていけば、プレイしてる感は出るだろう。
ここまでするなら、普通にプレイしたほうが早いんじゃないか。そんなふうに思うけど、俺は最早ムキになっていた。磯貝にお勧めされたゲームだからこそ、かえってプレイはしたくなかったんだ。
反抗期の男子が母親に言われたことにいちいち反抗するみたいな、そういう心理だ。
もちろん磯貝は俺の母親でもないし、俺も子供になった覚えはないけどね。
『朝日奈氏も是非やってみてください。オススメでござるよ!』
……スマホを操作していると、磯貝の楽しそうな顔が頭に浮かんだ。
一方的に分かんない話をしてくるところとか、ゲームを押し付けてくるのは嫌だけど、あいつを羨ましいと思う時もある。
磯貝とは中学の頃からの仲だけど、BLに開眼してからのあいつはとにかく人生が楽しそうだ。昔は俺と同じくらい地味ーな性格してたのに、たった数年でこんなにも人が変わるもんなんだな。
お前、陰でそれなりに女子に人気あったんだよ。アンニュイな感じが好きだって。儚くて良いって。それが今ではどうだ。アンニュイのアの字もなければ、儚さの欠片もない。完全なキモオタである。
女子からの評判と引き換えに生まれし存在が、キモオタ磯貝なんだ。それで良いのか、お前……。
『頼むでござる、この通り! 絶対に朝日奈氏も気に入るでござる! 後悔はさせないでござるよ!』
でも、あいつ、本当にBLが好きなんだろうな。目をキラキラさせて、生き生きしてた。
……本当に好きなものを語る時って、どんな気分なんだろう。
ワクワクすんのかな。心臓がドキドキして、体が熱くなって……まるで恋みたいに、そのことしか考えられなくなんのかな……俺も恋愛ゲームとかやってみたら、その気持ちが分かるようになるのかな。
「……なんてね」
ただでさえ人付き合いがストレスなのに、何故ゲームでまで人と関わらなくちゃいけないのか。それも、恋愛だなんて。ましてやBLなんて。
バカバカしい。くだらない。
俺は磯貝にチャットを送り、ベッドに寝転がった。翌日に英単語の小テストがあることを思い出したけど、通学中にやれば十分間に合うだろうと判断して目を閉じた。
……そして目が覚めると、見知らぬ天井とイケメンが俺を待ち受けていたのだった。回想終わり。
「想来、さっきから様子がおかしいよ。大丈夫かい?」
イケメン男、オベールが心配そうな眼差しを俺に送る。
ゲームの登場人物が俺の名前を呼んでくれるなんて、すげー技術だな。KON⚪︎MIゲーでしか許されてないと思ってたのに。ちゃんと許可取ってんのかな。
「まだ頭の傷が痛むかい?」
俺が何と返答しようか考える隙を与えず、オベールが俺を引き寄せ、頭を覗き込む。
「ううん……傷自体はまだ残ってるけど、塞がってはいるみたいだね」
と、次にオベールは俺の額にこつ、と自分の額を当てる。
「熱もないみたいだ」
顎に指を当て、首を傾げる。
……ん? んん?
一連の流れるような動作に俺は反応が追いつかなかった。頭にたくさんのはてなが浮かぶ。
この人、男のくせになんて距離が近いんだ……って、忘れてた。磯貝が渡してきたのはBLゲームなんだ。距離が近いのは当たり前か。
そうだ。きっとこれは夢だ。
磯貝があんなゲームを勧めてきたから、恐らく夢に出てきてしまったんだな。
……待て、夢はその人の願望を反映するって聞いたことがある。
まさか、まさかだけど……俺は男に抱きしめられたり心配されたい願望があるってこと!?
嫌だ、そんなの認めたくない! 俺にはそんな趣味はないんだ!
「バヤール!」
「はい、ご主人様」
オベールがドアに向かって声を掛けた。ドアの向こうからひょっこりと姿を見せたのは、少女のような可愛らしい外見の少年だった。イケメンその2。というか、美少女だな。
バヤールって呼ばれてたな。この子もプロフィール一覧で見た顔だし、攻略キャラだよね。
大きな棗色の瞳に、赤色混じりの茶色い髪の毛。愛嬌のある小さな唇は、俺を見るとにっこりと弧を描く。可愛い。
「想来が目を覚ました。すぐに医者を呼んできてくれないか」
「かしこまりました」
バヤールは恭しく礼をした。部屋を出る直前、俺にだけ見えるように小さく手を振る。俺が手を振り返すとバヤールは嬉しそうにクスクスと笑い、扉を閉めた。
可愛い子だな。でも声変わりはしているし、喉仏だってあった。つまり男だ。バヤールもαってことは、俺……間違えた、主人公はあの子にも攻められるのか。なんか、変な気分だな。
「想来。今の調子はどうだい?」
そうだ、忘れてた。俺は今オベールと部屋でふたりきりなんだ。
オベールが俺の手を優しく取り、手の甲に口付けをする。自分のテリトリーを侵される不快感に、ぞわぞわと背筋を鳥肌が走った。
「や、やめろ!」
俺はオベールの手を咄嗟に振り払った。
「いきなり何するんだよ!? キ、キスとかあり得ないだろ!?」
たかが手にキスをされただけと思うかもしれない。だけど現実どころか二次元の世界にすら恋愛を求めてこなかった俺とって、キスどころか手を繋ぐことすら、未知の世界だ。
さっきはびっくりし過ぎて体が動かなかったけど、今度は反応できた。
夢だろうと、俺は絶対にBL展開は拒否させていただく。というか、性別関係なく触られるのは苦手だ。
オベールは愕然とした顔をする。
「やっぱり君、なんだかおかしいよ。いつもは自分のこと『僕』って言うのに、さっきは俺って言ってたじゃないか。それに今日はやけに態度が砕けているな」
知らない! 俺はエアプだから主人公のことなんて全く知らないよ!
「まさか君、頭を打った衝撃でどこかおかしくなったんじゃ_____」
オベールが手を俺に伸ばしてくる。もう一度振り払おうと手を上げたその時、扉が勢い良く音を立てて開かれた。
イケメンその3、登場である。
「想来、目を覚ましたのか!?」
烏の羽のように黒い髪にヘーゼル色の切れ長の瞳。背が高く厳つい風貌のその人は、急いで走り寄ってくると俺の元に跪いた。
「俺がついていながら、お前の体調に気が付かなかった……医者の息子として、これ以上の恥はないよ」
医者の息子……誰だっけな。こいつも公式サイトで見た顔だ。
「……アレクサンドル。君のお父さんはどこにいるんだい?」
そうだ、アレクサンドルだ。父親が医者で、アレクサンドルも医者を志している。見た目は怖いが面倒見は良く、人の泣き顔を見るのが苦手なのだとプロフィールには書かれていた。
「先日急患がやってきて、家に戻ってたんだ。連絡を頼んだから、夕刻には到着するだろう」
「そうか」
「俺も見習いとは言え医者の心得はある。どうだ、想来。傷を少し見せてみろ」
アレクサンドルが伸ばした手を、オベールが掴んだ。
「想来の傷なら先程僕が確認したが、問題はなかったよ。君が診る必要はない」
「……あ?」
アレクサンドルはドスを効かせてオベールを睨む。
「お前、医者でもないのに何分かった口を利いてんだ。問題があるかどうかなんて、お前には分からないだろうが」
「傷の様子くらい俺だって見ればちょっとは分かるよ。膿んでいる様子もないし、傷口も開いていない。じきに治るはずだ」
「あのなぁ、オベール。俺が想来に触れるのがどうしても嫌なようだが、今はそんなことやってる場合じゃないだろ。もし傷が悪化してたらどうする。すぐに治療してやらないと命に関わるかもしれないんだぞ。あるいはこの怪我がΩ性に影響を与える可能性だってあるんだ」
「君のお父さんがもうじき到着するんだろう。だったらその時に見るのでも十分間に合うはずだ」
アレクサンドルは盛大にため息を吐き、オベールの腕を捻り上げた。オベールが顔をしかめる。
「どうしても俺と喧嘩をしたいって言うなら、俺は受けて立つ。だが今はその時じゃない。良いか、オベール。やろうと思えば俺はいつだってお前から想来を奪うことができるんだぞ。幼馴染だからって、あまり調子に乗ってると、いつか痛い目を見るぜ」
オベールはアレクサンドルの手を振り払った。
「そっちこそ、俺が騎士学校の出だということを忘れていないかい? たとえどんな敵が来ようとも主人を守るのが騎士の役目だ。君なんかに想来は渡さないよ」
「はっ、主人だと? 笑わせる。剣を持たなきゃ大した力もないくせに、威勢だけは良いもんだな」
「……そんなに言うなら試してみるかい。剣を持たない俺の力がどれほどのものかを」
……あ、あの、どうしてこの2人はこんなに仲が悪いんでしょうか。
それにオベールの様子もおかしい。公式プロフィールには「優しい性格」と書いてあったはずなんだけど、なんだか全然優しくなさそうだ。むしろ怖いよ。
一触即発の空気が流れる。どうしたものかと俺が2人の横で慌てていると、ドアがまた開かれ、今度はぞろぞろと大勢の男が入ってくる。
イケメンその4、5、6……ああもう! 数えるのもめんどい!
「義兄さん、目を覚まされたんですね! 良かった!」
召使い風の服を着た誠実そうな青年。
「想来君、傷は大丈夫? 君が倒れたと聞いて、気が気じゃなかったよ」
落ち着いた雰囲気の年上の男の人。
「想来! 見舞いのブドウだ! これ食べて早く元気出しやがれ!」
背が高く、そしてテンションも高い赤髪の青年。
「想来様。ご無事で何よりです」
鎧姿の堅実そうな男の人。
「頭を打ったくらいで1週間も寝込むとは情けないですね、想来さん。二度とこんなことが起きないように、怪我が治った後でみっちりと鍛え直してあげましょう……もちろん、あなたに拒否権はありませんよ」
声色は穏やかだけど、どこか刺々しい雰囲気のある糸目の青年。あと他の人に比べて台詞が長い。
続々と入ってきて、男の人達は俺の腰掛けているベッドを取り囲んだ。
これからワッショイワッショイ
なんなんだ、マジでなんなんだこれは……。
「あ、あの!」
俺が大声を出すと、みんなは一斉に口を閉ざす。
「俺、どうして今ここに寝かせられているんでしょうか。というか、怪我って、何の話なんですかね……」
俺のすぐ近くに座っていたオベールが「そうだ」と小さく呟く。
「想来の様子がなんだかおかしいんだ。いつもと喋り方も違うし、それに何があったかも覚えてないみたいなんだよ」
「それを早く言え馬鹿野郎!」
アレクサンドルがオベールを怒鳴りつけ、俺の頭に触れた。
「傷を見せてもらうぞ……うん。確かに酷くはないみたいだな。熱もない。発情も……まあ、俺達がここにいられる時点で起きてはいないだろう」
アレクサンドルは咳払いをするみたいに低く唸る。
「怪我に問題はない。ただ、頭を打った衝撃で一時的に記憶が混乱しているのかもしれないな」
部屋中が騒ついた。俺の左隣にいた青年が、か細い声を上げる。
「義兄さん、もしかして僕のことも忘れてしまったのですか?」
青年の言葉を皮切りに、他の人達も口々に声を上げる。
「俺のことも!?」
「わ、私は一体どうしたら……」
糸目の人が、部屋に響くほどに大きく手を叩く。
「皆さん、一旦落ち着いたらいかがですか? 騒ぐより先に、まずは想来さんに事情を説明する必要があるのではないですか?」
「でしたら、私が状況を説明しましょう」
男達の中で、一番年長らしき男の人が、俺に事情を説明してくれた。
どうやら、今この部屋に集まっている人達は、森の中で狩りをしていたらしい。狩りで一番大きな獲物を捕らえた人が俺……つまり主人公の婿になる予定だったみたいだ。
だけど狩りの途中で俺が突然気を失って馬から落ちてしまった。勝負は引き分けとなり、依然として誰が主人公の婿になるかは決まっていない。
その人が言うには、そういうことらしい。
「そ、そんなことがあったんだ……」
流石は夢だ。現実で一度もモテたことない俺が、まさか夢の中で沢山の男の人に求められるなんて。
ああ、情報量の多さに眩暈がしてきた……。
オベールが俺の手を取り、俺に優しく微笑みかける。
「想来。僕はたとえ君が僕のことを忘れようと、君を愛する気持ちは変わらないよ」
アレクサンドルはオベールに張り合うように、俺の髪を撫でて言った。
「想来。俺はお前の力になりたい。どうか、俺を選んでくれないか」
他の人達も、俺に愛の言葉を囁きかけた。でも、俺にはその言葉の殆どが聞こえていなかった。
眩暈は耳鳴りへと変わり、段々と意識が遠のいていく。
「義兄さん。僕があなたを幸せにしてみせます!」
「想来! もし俺のこと選んでくれたら、いっぱい一緒にいてやるぞ!」
「想来君。君から見て私は冴えないおじさんかもしれないが、どうか君のそばにいることを許してほしい。愛しているよ」
「想来様、私はあなたを一生涯守ると誓います」
「想来さん、あなたって人は本当にたくさん人に愛されているんですね……でも、あなたを一番愛しているのはこの僕ですよ。あなたを一番幸せにしてあげられるのも、この僕です。もし僕を選ばなかったら、どうなるか分かってますね?」
……だから、1人だけ台詞長いって。
そう思ったのを最後に俺の意識はぷつりと途絶えた。
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