描かれた美女(修正版)

221

幸せと胸の痛み

 ある日、男は仕事を辞めて絵描きになろうと思った。


男は小さい子供の時に絵を描いていた時期があり、その当時の創作の無限の喜びが、最近ふとした瞬間に何度も湧き上がってくるのだった。


その感情に運命を感じて男はすぐに仕事を辞め、借りているアパートの一室をアトリエにして、そこで絵を描き始めた。


 初めて出来上がった絵は、猫が街の風景に溶け込んだ油絵だった。


出来上がったのは夜で丸一日絵に時間を費やした。


これを明日、試しに幾つかの画廊に持ち込もうと思った。


男はアトリエを後にしてベッドルームに戻って眠りに就いた。


 その日の晩、絵に描いた猫が夢の中に出てきた。


男と猫は楽しく戯れて遊んだ。


そんな夢を見た。


次の日の朝、アトリエに入って絵を見ると、絵の中から猫の姿だけがポッカリとキレイに姿を消していた。


描いた猫が絵の中の何処にも居ないのだ。


男は狐につままれたように、しばらくポカンとしてしまった。


 仕方なくその絵はボツにして男は今日も絵を描き始めた。


今日は野良犬を描いた。


 そして眠りに就くと、夢に野良犬が出てきた。


餌をやって懐かせて家に連れて帰って一緒に住み始める夢を見た。


次の日の朝、アトリエに行くと絵から犬は消えていた。


なるほど、と男は思った。


2回目で男は、絵の中の生き物と夢の因果関係が掴めた。


絵の中の生き物は夢に出てくるのだと確信した。


そこで男は興奮しながら自分好みの女の絵を裸で描くことにした。


スレンダーで豊かな胸をもった飛び切りの美女を描こうと頑張った。


男の股間は絵を描いている最中ずっと膨れ上がっていた。


 美女の絵が描けた後、男は眠りに就いた。


興奮してなかなか眠れなかったが、疲れていていつの間にか男は眠っていた。


夢の中に裸の美女が出てきて、男は興奮して女を追いかけた。


でも、女を腕を捕まえたところで朝になり目が覚めてしまった。


仕方なく男はアトリエに向かった。


絵の中の美女は居なくなっているのだろうと思った。


しかし、絵の中の美女は鎌を両手に抱えた皺皺のお婆さんに変わっていた。


ギョッとして男は恐ろしい気持ちに襲われた。


絵の中の美女がこんなことになるなんて……。


己の欲望が生み出した呪いの産物だと、絵描きの男は自分で思ってしまった。


これからどうなるか考えると想像したくなくて脇から冷や汗が出た。


男は精神的に参ってしまってアトリエを出てベッドに横になった。


そしていつの間にか昼寝をしてしまった。


夢の中に鎌を持ったお婆さんが現れて、男の首を落とそうとしぶとく追いかけて来た。


ずっと、ずっと、男は恐怖のあまり逃げ続けた。


お婆さんはしつこく追いかけて来て、崖の行き止まりに行き着いてしまった。


初めてお婆さんと目があった。


お婆さんは泣いていた。


よく見るとそのお婆さんは時を超えて老化した美女だと男には分かった。


お婆さんは鎌を振り上げた。


 そこで目が覚めた。


全身に脂汗をかいていた。


気分が悪くてしょうがなかった。


気が向かなかったが、男はとりあえずアトリエにある絵を見に行った。


アトリエに入ってから、恐る恐る絵を見た。


お婆さんは絵からいなくなっていた。


男はホッと一安心した。


2度と絵は描かないと男は自分に誓った。


簡素なアトリエはその日の内に片付けて、空っぽの部屋にした。


 そしてその日の夜、男のアパートに訪問者が現れた。


ドアの鐘が鳴っている。


男は玄関の扉を開けた。


絵に描いた美女そっくりの女性が扉の向こうに立っていた。


 昼間の悪夢から男は学んだ。


突如現れた美女に、できる限りの優しさで接して家の中へ招き入れた。


「外は寒かったでしょう。さあ、中へお入りください、お食事の準備をします」


丁度ステーキ肉があったので、こんがり焼いて二人で食べた。


二人で食べる食事はいつもより当然美味しく感じられた。


その後は二人掛けのソファーに座り、一緒にコーヒーを飲んだ。


二人はお互いの事を知ってるようで知らないような関係だ。


それはお互いが感じているようだった。


良い雰囲気になって来たので男はたまらず美女にキスをした。


美女は拒否せず口づけを返してきてくれた。


男は優しく優しく美女のおしりを撫でた。


勢いは止まらず胸にまで手が伸びた。


男は美女を自然とベッドに誘った。


ベッドに美女を寝かせると、男は急に獣になった。


乱暴に美女の衣服を剥ぎ取り、本能の赴くまま美女の裸体にむしゃぶりついた。


乱暴に裸体を触り、何よりも大好きな美女の局部を弄くり回す。


男の口から唾液が止まらない。


結局、男は美女に優しくできず、傷つけるようにしか愛せなかった。


男は一方的に快楽を味わい尽くした。


乱暴に事を終えた後、女は泣きながら帰って行った。


男は満たされたが、ベッドのシーツに付いた涙を見ると男は何処か空虚な気持ちになった。


ただその日は本当によく眠れた。


悪夢を見ることもなかった。


 男は気持ちよく目覚めた。


昨日の夜に美女を好き放題に傷つけたこと事などさほど気にならなかった。


晴れ渡った朝の空を見つめると気分が良かった。


絵を描くのをやめた男は、別の仕事を探しに街へ行った。


工場でのライン作業の仕事がすぐに見つかった。


選ばなければ街には仕事なんて腐る程あった。


早速、明日から工場で仕事をすることになった。


 帰り道の夕方、裏路地で性的暴行を受けていると思われる女の姿を目にした。


男は助けたいと思い現場に向かった。


だが暴行を受けていたのは昨晩自分が傷つけた美女だった。


男はこの性的暴行の現場を見ることで昨日の自分の事を第三者的に見ることができた。


今暴行している男と、昨晩の自分の行動に大した違いはないと思った。


男は自分が情けなくなって、何故か美女を助けるのをやめてしまった。


好き放題に犯されて汚されている美女を、見て見ぬふりをしてその場を通り過ぎた。


男は自分に助ける資格は無いと思ったのだった。


女は泣きながら目で何かを訴えていた。


 家に帰ってきた男は、ソファで淀んだ気持ちでうなだれた。


気がついたら眠っていた。


起きた男は朝に作ったゆで卵を食べた。


食欲はあまりなかった。


食べ終わるとドアの鐘が鳴った。


訪問者だ。


扉を開けると、暴行を受けて傷ついた美女が所々血だらけで立っていた。


「……」


美女は無言で立っていた。


2度と来ないと男は思っていた。


男は今度こそ優しく手当をした。


優しく彼女の傷に包帯を巻いた。


二人の間に言葉はいらなかった。


男は彼女の怪我が治るまで一緒にいた。


そしてアトリエだった部屋はやがて彼女が住むようになった。


彼女は街から気に入った物を買ってきては少しずつ部屋に持ち込むのだった。


そして彼女との間に子供ができた。


可愛い女の子が生まれた。


 男は幸せだったが、その幸せを支えているのは自分自身に対する罪悪感と彼女への痛々しい情による胸の痛みだった。


だから男が生活の中で幸せを感じるときは、いつも同時に胸が痛くなった。


何気なく過ぎていく暮らしの日々に、男は感謝を覚えていった。


男は一度、彼女の似顔絵を描いて彼女にプレゼントした。


寝ている時に、彼女の似顔絵が夢に出てくることはなく、翌朝になって彼女の顔が絵から消えているということもなかった。


でもそれ以来、男は2度と絵を描くことはなかった。














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描かれた美女(修正版) 221 @2tsu2tsu1i

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