009

亮平は車椅子をソファに添わせるように動かし、器用にぐっと体を持ち上げた。


「お手伝いした方がいいですか?」


「ありがとう。じゃあ少し支えてもらえると嬉しい」


「了解です」


陽茉莉は肩を貸すように亮平の体を支える。


(あ、やば。思わず手伝っちゃったけど、水瀬さんがめっちゃ近い。やばい~!)


急に近づいた距離感に意識が持っていかれそうになり、陽茉莉は慌てて自分を戒める。

亮平がソファに座ったのを見届けて、陽茉莉も隣にポスンと座った。


「確かに、フカフカだね」


「ですよね。気持ちがいいです。ふふっ」


亮平は興味深げにソファを撫でる。陽茉莉はそんな亮平に柔らかいまなざしを向けた。


「今日は電動車椅子なんですか?」


「ああ、会社にいるときはこれなんだけど、運動不足になりやすいからね。気候がいいときは普通の車椅子で通勤をしているよ」


「ああ、そういうことでしたか」


「先日は……って、もうずいぶん前のことだけど、助けてくれてありがとう」


「いいえ、こちらこそ、わざわざ訪ねてくださったのにお目にかかれなくてすみませんでした」


「だから来てくれたんだ?」


「あー、えっと、……はい。そうです。私、水瀬さんとお話してみたかったんです」


返事に躊躇いつつも、陽茉莉は正直に気持ちを告げる。

亮平は一瞬目を見開き、けれどすぐに目尻を下げて「ありがとう」と囁いた。

その微笑みがあまりにも綺麗で陽茉莉の心臓はトクンと音を立てる。


――脈アリなんじゃないの?


ふいに思い出される言葉。


(やばい。私が水瀬さんに脈アリなのかも。どうしよう、結子さんっ)


ドキンドキンと鼓動は速くなるばかり。

自分の動揺を打ち消すように、陽茉莉は紙袋から化粧箱を取り出した。


「あ、ああ、そうだ、これ。レトワールのお菓子です」


「もらっても?」


「はい、自慢のお菓子なんです。ぜひ食べてください」


「ありがとう。何だか貰ってばかりで申し訳ないな」


亮平は顎に手を当てふむ、と考える。

自分でレトワールに行って買おうと思っていたのに先に陽茉莉にプレゼントされてしまった。これでは本末転倒だ。


「今日はこの後用事ある?」


「いいえ」


「じゃあ、食事でも一緒にどう?」


軽い気持ちで聞いたのに、陽茉莉は目をキラキラと輝かせて「ぜひ!」と喜んだ。

あまりの無邪気さに亮平は思わず笑ってしまった。

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