008
エレベーターホールもまた立派で陽茉莉は落ち着かずキョロキョロとしてしまう。
レトワールで働いているだけでは知り得ない世界がそこにあった。
「水瀬はただいま別の会議中でして、矢田様を少々お待たせしてしまうかもしれませんが、お時間大丈夫でしょうか」
「はい、それは問題ありません。こちらこそ突然でしたのにご対応いただきありがとうございます」
「なにやら水瀬が大変お世話になったそうで」
「えっ。とんでもないです。こちらこそ、水瀬さんがお店に訪ねてきてくださったのに会えなくて申し訳なかったというか……」
「そうでしたか。でしたら矢田様が訪ねてきてくださったこと、水瀬はとても喜ぶと思いますよ」
そんな風に言われると陽茉莉も嬉しくなる。
まだ彼に会ってもいないのに、勇気を出して訪ねてよかったなと思った。
通された応接室からは外の様子がよく見えた。
夕暮れの街は徐々にネオンに包まれていく。
どれくらい待っただろうか。ふいにトントンとノックの音が聞こえて、ガチャリと応接室の扉が開いた。
「ずいぶんお待たせして申し訳ありません」
丁寧にあいさつをする亮平に、陽茉莉は目が釘付けになった。彼を真正面から見たのは初めてだ。
すっと通った目鼻立ちに切れ長の目、さらりと流れる髪の毛。
車椅子の君が目の前にいることに陽茉莉は感動さえ覚えた。
「水瀬データファイナンスの水瀬亮平と申します」
「あっ、えと、矢田陽茉莉です」
ペコリと頭を下げれば亮平がくすりと微笑む気配がした。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
促されてソファへ腰を下ろす。
と、「わぁっ」と陽茉莉は盛大に転げた。思ったよりもクッション性の良いソファに体が持っていかれ身が沈んだのだ。
「えっ、大丈夫?」
「ごめんなさい。あまりにもフカフカで。ああ、やだ、恥ずかしい」
顔を真っ赤にしながら陽茉莉はきちんと座り直す。とんだ醜態を晒したのに、亮平はぷっと吹き出した。
「ぷっ……くくっ……ははっ」
「ああ、なんで笑うんですか~。もうっ」
と言いつつ、陽茉莉もふふふと笑う。
お互い一気に緊張が解けたような、そんな柔らかな雰囲気になった。
「俺はこの通り車椅子だから、ソファのクッション性なんて気にしたことなかったけど、意外と座りにくいのかな?」
「いえ、私がバランスをくずしただけで、座り心地はとてもいいですよ。座ってみてください」
陽茉莉はポンポンと自分の横を叩く。
その様子に亮平は一瞬呆気にとられた。
「……隣に座っても?」
「はい、どうぞ」
にこやかに言われて亮平はぐっと言葉に詰まる。
なんだろうか。強引なわけじゃないのに気付くと陽茉莉のペースに巻き込まれそうになっている。それが良いのか悪いのかわからないけれど、少し心が落ち着かない。
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