一 ごろり
1.ご同行願えますか
目覚めと同時に勢いよく布団を跳ね上げた。その勢いのままに上半身を起こして、ぺたりと自分の首に手を当てる。ぜいぜいと荒くなった息は全力疾走をした後のようで、何もないはずなのに息が苦しい。
首はつながっている。この首は、落ちていない。
「何なんだ、毎日毎日……」
ここ数日ずっと、ひどく夢見が悪かった。
暗い闇の中で何かに追われ続け、ただひたすらに走り続ける。そしていつだって足がもつれて転んで、「ひ」と短い声を吐き出して尻餅をついたままに後ろを振り返るのだ。
そうして見える、白。
けたけたと笑い声が聞こえ、そして視界いっぱいに真っ白な女の顔が広がるのだ。女は真っ赤な口で笑い、こう言うのだ――「お前、こうべをたれていないね」と。
わたしとちがう、おとさねば。
ささやくような声が、耳の中でわんわんと反響する。何が起きたかも分からないうちにごとりと自分の首が落ちて、地面に転がった自分の首で女の足を見るのだ。
女は、裸足だった。その足は傷だらけで、どこを走ったかも分からないものだった。
「首」
ごろりと首が落ちる夢など、気分の良いものではない。
ようやく呼吸が落ち着いてきて、のそのそとベッドから降りた。パジャマを脱ぎ捨てて着替えたところで、ピンポーンとインターホンが鳴る。
「はいはい、何ですか休日なのに」
ドアのドアスコープから外を覗けば、スーツ姿の男が二人。一人はまだ若く、一人は中年だろうか。見覚えのない顔に思わず眉を顰め、ドアの鍵に手をかけた。
チェーンはそのまま、扉を少し開ける。
「
「はあ……そう、ですけど」
名前を確認されて、一体何の確認かと眉間の皺が深くなる。そもそも見ず知らずの男たちがなぜ、茅の名前を知っているのか。
若い方の男がごそりとスーツの内ポケットを探り、ふたつに畳まれている手帳を開いた。どこかで見たことのある手帳だな、などという現実逃避じみたことを思ったのは一瞬のことだった。
「警察です」
「見れば分かりますが……警察が、自分に何の用事ですか」
特に身近で事件が起きたとか、そんなことを聞いた覚えもない。そもそもパトカーのサイレンを最近聞いた覚えもない。
「
「は……はあ?」
名前も知らない人間を殺害したと言われても、茅にはさっぱり意味が分からない。そもそもそれは誰だとかそういう言葉を口にしたところで、きっと意味はないのだろう。
ずきりと、首が痛んだ気がした。あの夢で、茅は後ろから首を落とされた。ごろりと転がった首、見えた女の足。
スイゼンサマが来るぞ。
うわんと、耳の奥で声が響いた。スイゼンサマ、スイゼンサマ、男か女か老人か若者か、それすらも分からない声が聞こえる。
これはあの女の、声なのだろうか。
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