第一部 帰郷の夏に 3
目的地へ向かう途中に、再び声を掛けられた。
幼い子供が母親と歩いていて、子供が元気に挨拶をしてくれたものだから、私も微笑んで挨拶を返すと、斜め先の視界に交通事故目撃情報の看板が目に入った。
子供が交通事故に巻き込まれることがないように、ひたすらに願うばかりだ。
軽やかに歩みを進めていくと、ようやく商店街に着いた。
やはり予想通りというか、商店街は閑散としていて、寂しい雰囲気を漂わせている。
自動車の往来と人通りは幾らかある。
私の故郷にあっては、所謂、アーケード商店街という形ではない。
中々に入り組んだ町中に、色々な商店や会社や家屋が点在している。
本通りに位置する場所には、居酒屋、蕎麦屋、鮨屋、本屋、雑貨屋、時計屋、電気屋などが暖簾や看板を掲げて、名を連ねている。
営業しているのか不明であるが、暖簾を出している店もあるし、人の気配もあるようだから、思いの外、店自体における過疎は進んでいないようである。
地域住民が利用している、観光客も足を運んでいるのかもしれない。
私の生家は、町の中心から少し離れた場所にあったから、幼い頃に、この商店街で遊んだ記憶は無い。
学生時分には通学路としていたり、友人達と遊んだ場所が散見されて、何とも懐かしい風景である。
歩みを続けていると、目的地が現れた。
【五十嵐弁当】
店の上部に赤字で書かれている。
赤字といっても、殆ど茶色のような退色をしていて、店自体も元々は、白かったであろう外観が淡黄色になっている。
私の予想していた通り。
経年の埃が溜まっているシャッターが、店の入口を大きく隠している。
どうやら、休業日というわけではなさそうだ。
なぜ、この場所に足を運んだのかといえば、一箇月前、会社の部下の一言に由来する。
その日は、仕事帰りの同僚数人と居酒屋で酒を飲んでいた。
その中にあって、揚げたてのコロッケと冷えたビールを口内に流しこむ私を見て、女性の部下が言った。
『風間さんって、コロッケ好きですよね?
居酒屋のメニューにあると、必ず注文していますもんね。
あーでも、なぜか、ご飯屋さんでは頼みませんよね?』
『え? ああ……そうかも』
『えーでも、不思議です。ポテトサラダは、じゃがいもを多く使って、
マヨネーズで和えて高カロリーだから、あまり好きじゃないって、言っていましたよね?
コロッケだって、多くのじゃがいもを使って、さらに油で揚げていますよ!』
彼女は、私が職場で弁当を食べていた際に言い放った、ポテトサラダの件を覚えていたらしい。
『別に、ポテトサラダが嫌いなわけではないよ。
ただ、潰す前のじゃがいもを食べた時と、潰したじゃがいもを食べた時とでは、同量の場合、満足感が違うっていうだけ。
弁当に付いているポテトサラダなら少量だけど、手作りで量があるなら、多めに食べちゃうでしょ』
『んーということは、コロッケも似ているから……揚げているし! やっぱり変ですよ!
言っていること、おかしいです!』
ずいぶん酔いが回った彼女の絡んでくる気性を、柔らかく躱しつつ、少しぬるくなったビールを飲みながら一考した。
コロッケ……確かに彼女が言うように、居酒屋のメニューにあれば毎回注文していた気がする。
それは、コロッケに紐付く女性の姿が、忘れられなかったからだろうか。
忙殺の社会にあっても、未だに彼女のことを思い出す。
一度も忘れたことはない。
中学生時分に、彼女が作ってくれたコロッケ。
とても美味しい、コロッケだった。
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