第一部 帰郷の夏に 2
都会の人からすれば、道の駅に販売されている商品が目当てであったり、自然豊かな地を休日に求めて、自家用車やレンタカーでドライブすることが目的だろう。
もちろん、景色を眺めて、散歩するといったことや名産品を扱った食事に舌鼓を打つことも含まれる。
商店街とは、都会から人が来ることによって受けられる恩恵は、微々たるものではないだろうか。
事実、先程の駐車場の方を振り返ると、道の駅を筆頭として、様々な料理店、ちょっとした商業施設などが建ち並んでいる。
都会から来た人は、こちらで目的のほとんどが完結してしまう。
そうであるから、少子高齢化に伴って過疎地域となっている、観光客も来ない商店街というのは、衰退していく一方だ。
全国には、そうではない商店街も存在すると思われるが。
道の駅から商店街に行くには、徒歩でおよそ二十分ほどであり、自動車で進むほうが簡単である。
しかし、道幅が狭い路地もあるから、私の自動車で進むには、なかなか難しい。
夏の容赦ない陽射しに身体を打たれながら、早歩きを進めていく。
私の顔から首筋にかけて、次々と汗が流れ去っていく。
耳に一際大きく入ってくる蝉の鳴き声。
辺りの木々が揺らす音色。家々から聞こえてくる生活音。
それら、すべてが重なって、夏を際立たせる素晴らしい管弦楽団だと感じる。
もちろん、蝉の鳴き声が鬱陶しいと感じる人達が、一定数存在することは理解している。
青空からは、直射日光が爆撃の如く放たれて、身体を蝕むのを感じ始めた時に、前から一人の女性が歩いてくる。
この辺りの人々は、主に自動車での移動が主であるから、観光客が散歩をしているのだろうか。
徐々に女性との距離が近付いてくる。
女性は、明るい青色のマキシスカート、白いリブカーディガンに身を包み、頭上には濃色の日傘が覆っている。
顔は見えないけれど、肩にふわりと乗っている黒髪が艷やかで美しい。
手足がスラリと長く、どうやらスタイルが良い女性だった。
女性との境界が、手を伸ばせば届きそうな距離になってきた頃合いで、女性から言葉を投げかけられた。
「こんにちは。今日も――暑いですね」
いきなり声をかけられるのは、予想していなかったが、
「こんにちは。そうですね――暑いのでお気を付けて」と、答えた。
交わした言葉の後、ほとんど同時に、お互いが会釈をした。
同時にしたものだから、表情も伺えなかった。
そして、二人はすれ違い、お互いの目指している場所に歩を進めていく。
私は不意に立ち止まる。
女性がつけている香水は、とても好きな香りに似ていた。
とても瑞々しくて、爽やかで、花の甘い香りだ。
香りにつられて、思わず振り返る。
後ろ姿の女性は、白い手を上げて顔に指を滑らした後で、何やら正面に向かって、掌を広げて大きく手を掲げた。
距離があるものだから、完全には視認できないが、手を掲げた先にいる目標は、白いシャツの男性のようだ。
女性は、日傘から出ている髪を揺らして、駆け足で男性に近付いていった。
二人が一緒に歩き出すのを見届ける前に、ポケットからハンドタオルを取り出して顔を拭った。
私は身体を反転させて、目的地へと進んで行く。
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