◇Phase 14◇

【戦場・野営地】


二人、夢から覚める。


カルミア:――んっ……!

ドライアン:――っは!


悪魔と天使、それぞれの野営地。

ドライアンのそばにはグレモリアが。

カルミアのそばにはレリアがいる。


グレモリア:随分うなされてたっすよ?

レリア:姉さん、大丈夫ですか?

グレモリア:悪い夢でも見たんすか?

レリア:きっと戦いの疲れが出たんですよ。

グレモリア:先輩、すごい活躍でしたもんね。

レリア:僕も姉さんを見習わないと。

グレモリア:でも、あんまり心配かけないで欲しいっす。

レリア:姉さんには僕がついてますから。

グレモリア:先輩にはあーしがついてるっす。

レリア:いえ。気にしないで下さい。

グレモリア:いいんすよ。

レリア:ところで姉さん。

グレモリア:ところで先輩。

レリア:ドライアンって、

グレモリア:カルミアって、


(可能なら同時に)


レリア:誰ですか?

グレモリア:誰っすか?


レリア:言いたくないのですか?

グレモリア:先輩は何も言ってくれないんすね。

レリア:言いたくなければ言わなくても良いんです。姉さん。

グレモリア:そうすか、分かりました。なら別に良いっすよ。

レリア:姉さんには姉さんのお考えがあるのでしょう?

グレモリア:先輩が何も言ってくれないなら、あーしは。

レリア:僕はこれ以上聞きません。

グレモリア:勝手に喋るだけっす。

レリア:姉さんは、僕のたった一人の家族ですから。

グレモリア:先輩は、あーしの憧れなんっすよ。だから、

レリア:謝る必要はありません。

グレモリア:先輩、顔を上げて下さい。

レリア:姉さんは誰に恥じることの無い、立派な功績を上げられているじゃないですか。

グレモリア:先輩、今から超大切なこと言うので耳を刮目かつもくしてよく聞くっすよ!

レリア:僕は姉さんを責めたりしません。

グレモリア:あーしは先輩のこと尊敬してます。

レリア:何故なら、

グレモリア:だって、

レリア:天使レリア・アンセプスは。

グレモリア:悪魔グレモリア・グリモニーは!

レリア:僕の味方になってくれたあの日から。

グレモリア:あーしの仲間になってくれたあの日から。

レリア:僕を弟と呼んでくれたあの日から。

グレモリア:あーしを家族みたいなものと呼んでくれたあの日から。

レリア:僕を拾ってくれたあの日から。

グレモリア:あーしを救ってくれたあの日から。

レリア:カルミア姉さんのことを。

グレモリア:ドライ先輩のことを!!


間。


レリア:心より愛しております。

グレモリア:ぶっちゃけ愛してます!!


間。


カルミア:……レリア。

レリア:大丈夫です。

レリア:姉さんが言わなくても、僕は分かっていますから。

レリア:ふふふ。愛してます、僕の姉さん。

カルミア:レリア……?



ドライアン:……グレモリア。

グレモリア:おいおいおいおい。そこは俺も愛してるぜグレモリア! だろうがよ、おいごらぁ! ドライアン!


グレモリア、ドライアンを殴る。


ドライアン:痛ぇ! なんで殴った!?

グレモリア:これが殴らずにいられるますか? 大大大大大好きな先輩に大大大大大好きなどこぞの女がいて、……そんな状況、私の拳と恋心が黙っていられますか? いや、無理。絶対無理。これはもうぶん殴るしかないっす! 大大大大大好きだからぶん殴る。殴りたいほど愛してるっす。ドライ先輩! さぁ、行きますよ、あーしの愛を顔面で受け止めろっす!

ドライアン:グレモリア……。



レリア:姉さんは、

グレモリア:先輩は!

レリア:強くて、

グレモリア:弱くて!

レリア:美しくて、

グレモリア:醜くて!

レリア:儚くて、

グレモリア:虚しくて!

レリア:可愛くて、

グレモリア:憎たらしくて!

レリア:賢くて、

グレモリア:愚かしくて!

レリア:晴々しくて、

グレモリア:穢らわしくて!

レリア:繊細で、

グレモリア:粗忽で!

レリア:素敵で、

グレモリア:野卑で!

レリア:神にも勝る。

グレモリア:どうしようもない!

レリア:世界の誰よりも敬愛すべき、

グレモリア:そんな!

レリア:この世で唯一僕だけの姉さんです。

グレモリア:私を救ってくれたたった一人の愛する先輩です。

レリア:だから。

グレモリア:だから!

レリア:僕は、

グレモリア:あーしは、

レリア:その瞳の輝きを曇らせるやつが、

グレモリア:その目ん玉で追いかけるやつが、

レリア:もしもいたなら、

グレモリア:もしもいたなら!


レリア、カルミアから『爪』を奪う。

グレモリア、ドライアンの『羽根』を撫でる。


カルミア:あ……!

ドライアン:あ……!


レリア:全て殺す。


間。


カルミア:レリア! 待ってくれ!

ドライアン:グレモリア! 待て!


レリア:僕は愛しています。カルミア姉さん。

カルミア:レリア!!


レリア、去る。


グレモリア:もしいたとしても、関係ない!

ドライアン:え……?

グレモリア:あーしは愛していますよ、ドライアン先輩。

ドライアン:グレモリ――


グレモリア、ドライアンに口づけをする。


グレモリア:…………。

ドライアン:…………。

グレモリア:……ん。

ドライアン:……グレモリア。

グレモリア:……なんすか?

ドライアン:こんなことして、お前は何がしたいんだ。

グレモリア:そんなの、決まってるじゃないすか。

ドライアン:何がだよ。

グレモリア:分からないっすか?

グレモリア:あーしの願いは変わらないっす。


間。


グレモリア:ずっと先輩を愛していたい。ただそれだけっす。

ドライアン:…………。

グレモリア:ずっとずっと同じっす。

ドライアン:グレモリア……。

グレモリア:出会ったときから、変わらない。先輩を愛してる。たとえ好きな相手が出来たとしても、それをあーしに教えてくれなくても、たとえ先輩があーしのことを憎んでも、たとえ先輩が変わってしまっても、たとえ先輩があーしを置いて遠く離れてしまっても、あーしの愛は変わらない。ずっとずっと愛してる。これまでみたいに愛してる。これからもずっと愛してる。変わらないっす。この愛だけは変わらない。世界の何が変わろうと、この愛だけは、先輩への愛だけは変わらない――


グレモリア:だから、愛してるっす。


グレモリア:届かなくても愛してるっす。

グレモリア:振り向かなくても愛してるっす。

グレモリア:愛しい顔を殴りたいほど愛してるっす。

グレモリア:愛しい顔に口づけしたいほど愛してるっす。

グレモリア:まさか天使に恋しちゃう先輩のことも愛してるっす。

グレモリア:そんな阿呆みたいな先輩のことマジで馬鹿って心の底から呆れながらもやっぱり心の底から愛してるっす。

グレモリア:先輩のこと愛してるっす。

グレモリア:先輩のこと、愛してるっす。

ドライアン:グレモリア。

グレモリア:先輩。

ドライアン:ありがとう。

グレモリア:先輩……!


間。


グレモリア:って、いや、おいおいおいおい。そこは俺も愛してるぜグレモリア! だろうがよ、おいごらぁ! ドライアン! それかもう一回チューしろやこら! もう一回殴られてぇっすかこら!


ドライアン:いや、

グレモリア:そんなに嫌っすか?!

ドライアン:いや、そうじゃなくて、

グレモリア:なんすか? 言いたいことがあるならはっきり言うっすよ。いや、待って! はっきり言われたらマジで凹むかもしんないっす。言わないで欲しいっす。

ドライアン:グレモリア、その、なんて言うか、その…………照れる。


間。


グレモリア:いや、照れんなし。なんすか、その反応。

ドライアン:こういうの、初めてなんだよ。

グレモリア:あー……。いや、マジすか? その見た目で? 女何人、はべらせられるかグランプリとかやってそうなのに?

ドライアン:やるかそんなもん! 阿呆か! 別に見た目は関係ないだろ。

グレモリア:ほんとに、一切……無いんすか?

ドライアン:そうだよ! 俺は生まれてこの方戦いばっかで、そういうのは一切知らん。……悪いかよ。

グレモリア:いや、悪くは無いっすよ。でもたまに下ネタとか振ってきてたじゃないですか。

ドライアン:お前の影響だよ。

グレモリア:ははは。

ドライアン:笑ってんじゃねぇよ。

グレモリア:……もしかしてあーしがどれだけ誘惑してもなびかなかったのは、先輩がただヘタレだったからっすか?

ドライアン:それは……!

グレモリア:あれ? 意外といける感じっすか? え? カルミアとかいう女に負けること前提で打ってたあーしの大博打おおばくち、ただの空回りだったんすか?!

ドライアン:今、カルミアのことは関係ねぇだろ!

グレモリア:あるっすよ!

ドライアン:何が!

グレモリア:好きなんでしょ。

ドライアン:いや、好きとかじゃ……。

グレモリア:何言ってんすか、今更。天使だから遠慮してんすか? そんなのいらねぇっすよ。よく考えて下さい、相手は天使なんすよ。寧ろ遠慮はいらねぇっす。容赦無く堕天させてやれば良いだけっす。

ドライアン:お前が何言ってんだ。グレモリア。お前、悪魔かよ。

グレモリア:そうっす悪魔っす。先輩も悪魔っすよ。目の前に可愛い後輩の悪魔がいるのに何考えてんすか。相手は天使っす、何考えてんだってのはこっちの台詞っすよ。どうせ考えるなら、あーしのエロいこと考えろよ!

ドライアン:考えられねぇよ、そんなもん! もういいだろ、お前、何なんだよ、俺を愛してるんじゃ無いのかよ、なんでそんなにカルミアのこと……。

グレモリア:愛してるっすよ! じゃあさ、先輩! どうすれば良いんすかねぇ先輩? たとえば恋敵を殺せばいいんすか? そしたら、先輩はあーしのことだけ見てくれるっすか? あーしのことを愛してくれるっすか?

ドライアン:それは……!

グレモリア:違うでしょそんな訳ない。天使を何匹殺したところで、愛する天使を殺したところで、先輩はあーしを愛してくれる訳ない。分かりきってるっすよ。愛のために殺すなんて間違ってるっす。

ドライアン:間違ってる? でも俺達は、悪魔と天使だ! 出会ったときから殺し合う宿命さだめで、たとえ好きになったとしても殺し合うことでしか交われない。俺はあいつを斬らなきゃならない。遠慮はいらない、容赦なくあいつを殺す。だって、天使なんだから仕方ねぇだろ! 守りてぇとか言ったって、戦場で出会っちまったら殺すしかねぇ。あいつだって俺を殺すだろ? 殺さないと生きていけない。生きている限りは殺す! 俺達は殺す為に生きてて、俺が殺さないならあいつに殺されるしかねぇ! 二人が生きるには殺されないように強くなくちゃいけねぇ! は、ははは! そうだ! あいつを愛すには強くなくちゃいけねぇんだ! そして俺はあいつを殺すために強くなってきた! あいつを愛すにはだから殺すしかねぇんだ! そうだろう!?

グレモリア:先輩、歯ぁ食いしばるっす。

ドライアン:あ?


グレモリア:この大馬鹿野郎!


グレモリア、ドライアンを殴る。


ドライアン:ぐがはっ……!?


グレモリア:本気で言ってんのかてめぇ!

ドライアン:グレモリア……!

グレモリア:もし本気で言ってんなら! てめぇは悪魔でも天使でもねぇ! ひん曲がった欲望でできたドブ臭ぇ鬼畜野郎だ!! うだうだ自己弁護じこべんごしてる暇があったらとっとと腹掻っ捌いてはらわたから薄汚れたクソ垂れ流して死ね! そんなもんは愛じゃねぇ! あーしの愛をけがすんじゃねぇ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


グレモリア、涙を流す。


ドライアン:お前……。

グレモリア:痛いんだよ! 拳が! 心が! 先輩を殴ったら! こんなにも痛い! 全然幸せになんてなれない! キスしたい! あーしは先輩を抱きしめて、キスしたい! 殴りたくなんて無い! なのにさ、殴るしかないんだよ! 愛してるから! あーしは殴る! 何回でも! 何百回でも! あーしの骨が折れても! 心が砕けても! 愛してる! だから殴る! 先輩の歪んだ愛をあーしの愛でぶん殴る! だって! だって! 先輩にこんな思いして欲しくないから! 愛で殺してしまおうだなんて、そんな残酷なことをさせるくらいなら! あーしが!


間。


グレモリア:先輩を殺す!!


間。


グレモリア:……だから!

グレモリア:殺さないで欲しいっす。あなたの天使を。あなたの心を。

ドライアン:グレモリア、


ドライアン、グレモリアを抱きしめる。


ドライアン:ごめん。

グレモリア:……もう。仕方の無い悪魔っすね。そこは「グレモリア、愛してる」だって何回言ったら――あ。


風を切るような音。

グレモリアが倒れる。


ドライアン:グレモリア? どうした、グレモリア?! グレモリア!

グレモリア:ドライ……先輩、愛して――。

ドライアン:おいおいおいおいおい、なぁ、グレモリア! 嘘だよな! 嘘だよな! おい! あ、ぁぁぁぁああああああああああああああ……!

レリア:うるさいぞ、悪魔。不愉快だ。


影の中にレリアが立っている。


ドライアン:お前……?

レリア:っは! どんなやつが姉さんを曇らせたかと思ったら、醜い悪魔が、これまた醜い悪魔と抱き合っているなど、反吐へどが出る! あああああああああ! 貴様、姉さんに何をした? 姉さんの御心みこころを歪めるなど万死に値する。いや、ぬるい。この世の悪徳全てをはかりにかけてもなお余りある罪業ざいごう! 引き千切り切り裂き押し潰し磨り潰し焼き尽くし燃やし尽くし消し去ってくれる! 無論、その汚い悪魔の死骸諸共だ。姉さんを姉さんを姉さんを姉さんを姉さんを!

レリア:……けがしたその罪深さを、痛苦恥辱絶望虚無後悔焦燥喪失憤怒恐怖つうくちじょくぜつぼうきょむこうかいしょうそうそうしつふんぬきょうふと共に寸刻みに飲み下し、消滅するが良い!! ――天虚ザ・ヴォイド

ドライアン:ぁ、ぁ、ああああああああああああああああああああ!


静寂。


レリア:あ、あは、あはは、あははははははは! やったよ! 姉さん、姉さんを穢そうとする悪魔は消し去ってやったから、ああ、でもつい、一瞬で消し去ってしまった。一秒でも早く、姉さんを助けたくて。ふふ、安心して! 僕は――。

ドライアン:……ア。

レリア:は?

ドライアン:グレモリア。

レリア:そんな、馬鹿な……! どうして生きてる! この! 化けも――

ドライアン:――静かにしろ。

レリア:っ!

ドライアン:聞こえないだろ。

レリア:な、何が……!

ドライアン:グレモリアの、声が。

レリア:…………ふ、ふふふ、何だ! こいつ、満身創痍まんしんそういじゃないか。っは! さっさととどめを刺して、姉さんのところに、カルミア姉さんのところに僕は帰るんだ!

ドライアン:カルミア?

ドライアン:カルミア。そうだ、俺はカルミアに愛を伝えないと。

レリア:何だと?

ドライアン:愛を伝えて――そして、


間。


ドライアン:殺すんだ。

レリア:殺すだと? 姉さんには指一本触れさせは――!

ドライアン:静かにしろって、言ったよな。


ドライアン、剣を振り抜く。


ドライアン:死ね。


レリア、倒れる。


レリア:な、そんな……姉さ――!

ドライアン:死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。


レリア、動かなくなる。

その懐から『爪』が落ちる。


ドライアン:俺の爪? ああ、カルミアにやったやつだ。それを何でこの天使が持ってる? グレモリアを殺したこいつ――違う! 生きてるんだ! グレモリアは生きてる! 愛してる! 愛してるグレモリア! だから、こいつはグレモリアを、……あれ? おかしいな。何かが違う。何だ。間違ってる。ああ。あああ。あああああ。……そうか。殺さないと。約束だから、俺は殺さないと、行こう一緒に。ずっと一緒だ。一緒。聞こえるからな。声が、愛してるって言ってくれたあの声が。カルミアを殺そう。そういう運命さだめなんだ。ああ。全てをこの手で終わらせよう。ああ。…………ウルが鳴いてる。


ドライアン、去る。

響く電話のような着信音。


カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、星典の囁きスター・コネクト


間。


カルミア:星典の囁きスター・コネクト

カルミア:星典の囁きスター・コネクト

カルミア:星典の囁きスター・コネクト

カルミア:星典の囁きスター・コネクト


カルミア:どうして?


カルミア:どうして、レリアに繋がらない……? そうか、もう、既に。


間。


カルミア:ふふふ。ふふふふふ。ああ。私はきっと甘い夢を見ていたのだ。殺すべき悪魔と愛すべき弟。その二つを天秤てんびんに乗せた。結果。両方を失うのだ。もう、何も残っておらぬのなら――

カルミア:こんな、苦しいだけの心はいらぬ。

カルミア:我が神の意志のままに。天使カルミア・ラティフォリア、悪魔を。ドライアン・ダラスを討つ為だけの剣となろう。

カルミア:百度目の邂逅かいこう。それが、全ての終わり。

カルミア:天使に命ずるは死を以ての清算。悪魔に命ずるは凄惨なる死。天使よ、悪魔を蹂躙し殲滅せよ――

カルミア:愛していたよ。ドライアン。永遠にさようなら。

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