精神探偵
手辺溶液
第1話
東京のとある3階建てのビル、その2階には、奇妙なかんばんがあった。精神探偵━━━━そこに行けば、悩みをなんでも解決してくれるそんな噂があった。
「…それで…、死ぬのかい?」
その2階に一人で住んでいる探偵は言った。
「………だって、私なんて生きる意味…ない…から…。」
今回の依頼人は、Kさん(守秘義務により名前は伏せさせていただく)。都内の高校に通う学生だ。
「はぁ(ため息)。何を言っているんだい?この世に生きる意味を見つけられる人なんてほとんどいないよ。」
「……。」
Kさんはうつむいている。
「それに、生きる意味は見つけられないのに、死ぬ意味は見つけられたのかい?」
「それは……。」
「じゃあなぜ死のうと思ったの?」
「理由は…いまが……苦しいからです。」
「うん、なるほど。それで?死んでどうするつもりだい?」
「えっ。……死んで、楽になりたいです。…もう、この世にいたくないんです。」
「なるほど。」
探偵は考えるように口に手をあてた。
「なんで、死ぬと楽になれると思ったんだい?」
「えっ?」
Kさんは思わず顔を上げた。
「死とはなんなのか?その問いには、答えがない。つまり、死んだらどうなるかなど誰にも分からない。もしかしたら、この世よりずっと苦しい地獄のようなところに行くかもしれない。」
「……。」
Kさんはまたうつむく。
「まあ、分からないからこそ人は死を恐れ、希望を抱くんだけどね。」
「なら…。」
「でも、死なずとも同じ分からないものとして希望を抱くことができるものがあるよ。」
「…そんなものあるの?」
「あるさ、それは未来だよ。」
「未来……。」
Kさんは呟く。
「そう、未来。それは、死と同じで何があるか分からない。しかも、死ぬ必要がない。とてもいいものだと思わないかい?」
「でも!…私は、今すぐ逃げたいんです。」
「確かに今は辛いだろうね。この先しばらくはその苦しさが続くかもしれない。今日は水をかけられ、靴を隠されたかな?」
「えっ!なんで…?いじめられてるとしか言ってないのに。」
「僕はこれでも探偵だからね。服は、乾いたんだろうけど袖などの布の濃い部分まだ湿ってるみたいだし、乾いたところもシワが多い。靴は、普通汚れないはずの足のこうが汚れている。ゴミ箱にでもいれられたのかな?」
探偵が流れるように言った。
「なんでも分かるんですね。」
「まあね。それで?復讐とかは考えなかったのかい?」
「考えました。…でも、ここでやり返してもなんにもならないと思って…。やり返したら、やってきた奴らと同類になるような気がして…それで…やめました。」
「いいね、とてもいい考え方だ!」
急に探偵の声が大きくなったので、Kさんは驚いた。
「君はとても賢いね。」
「あの、なんでそう思うんですか?」
「なぜならね。君は復讐しようと突っ走るのではなく、一度立ち止まって考えた。そしてやめると言う判断に至った。それは、君がきちんと思考できていると言うことだ。」
「…そう…ですかね。」
Kさんの声が少し明るくなる。
「うん。だからね、君はちゃんと社会で生きていけるようになるよ。いじめられたという経験は必ず君をいい人にするよ。」
「そう…ですかね。」
「君のような人はこの世に必要なんだよ。Kさんは将来の夢とかあるのかい?」
Kさんは少し考えてから言った。
「特にないです。」
「それなら今は勉強しな。勉強はいいよ。やっただけ成果が出る。何かやりたいことが出来た時、必ず役に立つ。」
探偵は深呼吸した。
「できるかい?」
「はい。」
Kさんの口調はここに来たときより明らかに明るくなっていた。
「なら、もう僕は要らないね。」
「あの、ありがとうございました。」
Kさんが立ち上がる。
「いえいえ、また困ったことがあったら、来てください。」
「それでは…、」
「あのっ、ちょっと待って。」
探偵が帰る直前に言った。
「何ですか?」
「えっと、出来れば君をいじめていた人たちをここにつれてきてほしいんだけど…。」
「えっ!」
「いや、無理だったらいいんだ。」
「なぜですか?」
「あのね、いじめるという行為はなぜ起こると思う?」
「えーっと、その人が嫌いだからとかですか?」
「違う。嫌いなら人は関わらないという方法をとるよ。そうではなく、いじめるという行為をするのは、その人の精神に理由があるのではないか、と考えるわけだ。」
Kさんが首をかしげる。
「…なるほど?」
「人が誰かに暴力を振るうのは、大体自分を守るときだ。しかし、その行為を起こしてしまうということは、精神に異常があり、人をいじめて自分を守っていると本人は思いこんでいると考えられないかい?」
「なるほど…わかりました。頑張って呼んでみます。」
「いいのかい」
「はい、もしあの人たちも苦しんでいるとしたら、助けたいです。」
「やっぱり君は賢いね。じゃあ頼んだよ。さようなら。」
「はい、さようなら。」
Kさんは帰った。
「さて、コーヒーでも淹れるか~。」
そう言ってポットを手に取る。
「ふんふふ~ん♪」
鼻歌を歌いながらお湯を注いだ。
「うーん…なんか水っぽいというか、薄いというか…おかしいな、豆はきちんとしたやつなんだけどな…?」
探偵は、コーヒーを淹れるのが絶望的に下手だった───。
─精神探偵①終─
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