第五話 元悪役令息の自覚

 ウォレス神父から手紙が届いたのにリオルは首を傾げた。つい最近、両親宛に近況報告の手紙を送ったものの、ウォレス神父から手紙が届いたのは初めてのことだったからだ。

 なんだろうと首を傾げながら内容を読み進めて ―― リオルは頭を抱えた。

 幸いにも、部屋には今リオル以外誰もいない状態である。ここにルームメイトであるトールらがいれば「どうしたの」と心配しただろう。


(メディがビュエラ様の不貞の証拠を入手したから、ミラン先輩に話したいって)


 ウォレス神父から話すということは、よっぽどの証拠を手に入れたのだろう。

 そもそも、メディフェルアが証拠を入手したタイミングは校舎内の人気が少なくなる授業中だ。

 婚約関係が壊れるような…メディフェルアですら、話すのを戸惑うほどの証拠が確保できたのだとリオルでも分かる。恋人にしろ婚約にしろ、関係が壊れるほどの不貞の証拠となるとたかがキスではないのだろう。


 だが、それをミランが見て。どう思うだろうか。


「…ねぇ。お願いがあるんだけど」

『なぁに?』


 リオルの傍にはよく野良の闇精霊がいる。

 彼らは報酬さえ与えればかんたんな頼まれごとはやってくれる子らだ。リオルは引き出しから購買で購入したクッキーを二枚取り出すと、精霊に渡した。


「ミラン・グランパスって人に会いたいからカフェテリアに来てって伝えてくれる?」

『いーよ!』


 ぱ、と精霊とともにクッキーが消えた。


 寮に自炊する環境もないので、カフェは基本いつでも開いている。

 ロビーでは人目に付きやすいし、話しにくい内容であることも確かだった。

 軽く身だしなみを整えてからカフェテリアに向かおうとして、リオルは「あ」と眉間に皺を寄せた。


(…時間、伝えてないや)


 どこで、の指定はしたものの、時間を伝えていないため今日は来ないかもしれない。

 ため息をつきながら、リオルは勉強道具をカバンに突っ込んだ。勉強しながら待って、来なければ明後日の登校日の昼にでもまた会えるだろうから、そのときに話そうと考えたのである。



 まさか、カフェで席について勉強道具を広げた段階でミランが来るとはリオルは予想していなかった。


 私服姿のミランもきちっとしていた。ループタイをしているし、シャツの上にベストも着込んでいる。平民であるリオルは生成りのシャツにズボンというシンプルな出で立ちだが、全体的にぼさっとしていた。

 勉強道具をテーブルに広げているリオルに、ミランは怪訝な表情を浮かべる。


「話があったんじゃないのか?」

「あ、いや…時間を伝え忘れてたから…」

「…なるほど。まあ、そのままでいい。それで、話とは?」


 向かいの席に座ったミランを見て、片付けようとしたリオルにミランは制した。

 広げたままでいいというのであれば、とリオルは周囲の様子を探り、人がいないことを確認してから手紙を取り出す。


「僕がお世話になってるウォレス神父様から、メディが証拠を確保したと連絡がありまして」

「神父から…ということは、よっぽどの証拠なんだな」

「おそらくは。メディが授業中に体調不良を装って、精霊態になって確保しにいったので」

「……授業についていけているのか?彼女は」

「算学や周辺国の歴史等は苦手ですけど、Aクラスに在籍し続ける程度には」


 メディフェルアにとって、魔法は呼吸と同じだ。

 だが実力を出しすぎると目をつけられる、という理由でメディフェルアは魔法学については手抜きをしている。

 だが歴史等は長年生きているからこそ「こんなことあったっけ?これあっちの国の出来事じゃね?」と事実との乖離に混乱するため苦手としていた。算学はもともと、暮らしていく上で重要な要素ではなかったし、彼女の前世も数学は苦手だったということもあって成績はよろしくない。


 そして、リオルはといえば。


「…君はチェザリエ語か」

「う…はい」


 ミランに言われた通り、広げられた勉強道具はチェザリエ共和国の言語に関するものだ。

 チェザリエ共和国は、ここグランディス王国の隣国で貿易も活発である。交流も多く、第二言語として習得する者は平民でも多い。

 平民は、近所に住むチェザリエ出身の者に教わったりしているが、学園では授業として確立されている。学園卒業者はチェザリエ語をなんなく扱えるようになるので、彼の国に就職する者もいる。


 余談だが、チェザリエ共和国はグランディス王国よりも闇属性の扱いは良くないため、闇属性の者たちが行きたくない国のひとつでもある。

 だがこの国で働くにしても習得しておいて困ることはない、ということでリオルはチェザリエ語の授業を受けていた。


「隣の国なのに文法が全く違うので頭に入らなくて…」

「あの国は、以前は小国が連立していた。それぞれの言語が混ざった結果だな。我が国も国々を吸収しながら大きくなったが、違いは我が国の言語に統一させたこと。それによって統治はチェザリエよりは早く、大きな混乱もなく進んだが…吸収した国の言語が失われてしまったのが痛いな」


 ぱしぱし、とリオルは目を瞬かせた。

 歴史として国の成り立ちは習っていたが、言語の統一までさせていたとは知らなかったのだ。メディフェルアも国の統治方法は知らない、というよりも興味がなかったというのが正しい。


「どうして言語が失われたのが痛いんですか?」

「その吸収した国の文献が残っているんだ。だが、言語を操る者がいないから、解析しないといけない。当時の国が保有していた魔法なんかの記録もあるから」

「へえ…」

「闇魔法に関してもいくつか発見されている。当時は闇魔法もメジャーなものだったようだ」


 出世の道すら閉ざされている闇属性の人間も、当時は今よりも楽に生きていたのだろうか。

 そう、ぼんやり思ったリオルの視界に、すらっとした指が入った。肌荒れがない、きれいな指。

 それがトントンとノートのある箇所を叩いたので、リオルは我に返った。


「これは違う」

「えっ」

「我が国では正しいがな。向こうの国では違う意味になる」

「うぐ…」


 ―― 気づけば、いつの間にか勉強会になっていた。


 さすが貴族令息とでも言うべきか、チェザリエ語は習得済みで現在はツェルンガ皇国の言語を学んでいるとミランは告げた。

 ツェルンガ皇国といえば、この国からはだいぶ離れた位置にある国である。そこまで勉強する必要があるのか、とリオルが関心していると、ミランはあっさりと答えた。


「闇属性の皇子殿下が俺のクラスに留学していらっしゃるんだよ。何かと接する機会が多いから、学ばせてもらっている」

「闇属性…そういえば、ミラン先輩は俺やメディとも話してくれますね」

「俺の父があまり属性には頓着しないからか、俺もあまり気にならないんだ。むしろ、闇属性の魔法は生活面でも活用できると思うんだが…」


(…はじめてだ)


 リオルにとって、同世代の別属性の人間から変わらず接してくれる相手はジェーンとミラン以外知らない。ジェーンに至ってはもう数年前の話で、今はそうじゃないかもしれない。

 幼い頃から普通に話せるのは両親や精霊以外ではウォレス神父だけで、ウォレス以外の神父からは渋々といった態度で応対されることがほとんどだった。

 同じ属性同士のトーリやフランソワたちとは普通に話せるけれど、クラスメイトでも別属性の生徒なんかは硬い表情で会話はしてくれるだけ。阻害されないだけマシ、といった状態だ。


(こんなきれいで優しい人を悲しませるのか、ジャックって人は)


 僕だったらそんなことしないのに。

 そんな考えが頭を一瞬過ぎったが、リオルは胸の内にしまいこむ。


「…活用、できるかは分からないですけど」

「ん?」

「例えば、興奮してる人には鎮静効果だったり、不眠の人には眠りを与えることはできます」

「医療行為にも使えそうだな。風属性での治療で患者が暴れてしまい治療もままならないことがあると聞いたことがある」


 闇属性、というだけで皆厭われていたため、闇属性の魔法を研究した例は少ない。

 使うこと自体が悪、という見解が広まっている。発動する見た目が禍々しいからという理由もあるだろう。

 もし、戦闘以外でも皆の役に立てると理解が広まれば、リオルたち闇属性の人間も生きやすくなるのは明らかだ。


(考えてくれるだけでも、嬉しい)


「…今度、メディア嬢と一緒に俺のクラスに来てくれないか。許可証は渡す」

「ハイグレードのクラスに…?」

「そこに、闇の下級精霊がいるんだ。理不尽に囚われていたところをツェルンガ皇子殿下が保護されたのだが、|呪いがかけられているせいで鳥かごからも出れず、衰弱していくばかりで…」

「そんな!」

「ツェルンガ皇子殿下の魔力を受け取ってくれればいいんだが、警戒されてるのかできないんだ。だが、君らふたりならあの子も受け入れてくれるんじゃないかと思って」

「僕からメディに話します。絶対、メディなら助けてくれますから」


 メディフェルアは属性関係なく精霊たちに優しいことはリオルも知っている。

 彼女なら、その下級精霊の状態を知れば協力してくれるだろうとも。


「…ありがとう」 


 ふわり、とミランが嬉しそうに微笑んだ。

 普段の彼は無表情かアルカイックスマイルだから、こんな風に微笑むミランを目の当たりにするのはリオルは初めてだった。


 ドキドキと心臓が動く。どうしたんだろう、と思いながら、リオルはそこからしばらくの間、ミランから勉強法を教えてもらった。

 ミランの教え方はわかりやすく、その結果リオルは後日のテストで初めてチェザリエ語のテストで満点に近い点数を叩き出した。メディフェルアや周囲は驚いたものの、素直に祝福してくれてリオルは嬉しく、笑った。



 ◇◇



 日程を調整し、ウォレスに訪問したのはミランに説明した一週間後だった。

 十五年間過ごした、勝手知ったる敷地をリオルはミランに案内しながら進む。

 今日はメディフェルアは都合が悪いらしく、リオルとミランのふたりだけだ。


「やあ、いらっしゃい」


 指定された応接部屋に行けば、すでにウォレスが待っていた。

 スッと流れるように軽く頭を下げ「神のご加護に感謝を」と神父に対する挨拶を済ませたミランに、ウォレスは微笑んで頷く。

 リオルは案内役だから、とそのまま部屋から出ていこうとするとミランに引き止められた。首を傾げながらも、促されてソファにリオルはミランと並んで座る。シスターが三人分のお茶を配膳した。

 ミランの前に置かれたカップはリオルが見たことがある中でも文様が美しいものだ。おそらく、貴族向けのものなのだろう。リオルとウォレスの前に置かれたカップは見慣れた白磁のシンプルなものである。


 シスターが部屋から下がり、三人だけになって唇をお茶で潤してから「さて」とウォレスが呟いた。


「どこから話したものかな」

「リオルから大体の話は。メディア嬢が証拠を確保したと」

「うん、まあ、そうなんだ。映像記録の魔道具でね」

「そちらを拝見させていただくことは?」

「……当事者とはいえ、青少年である君には閲覧は許可できない。お父君であれば」


 ミランが眉間に皺を寄せる。

 どれほどのことをやらかしたのか…とは、リオルも抱いた感想だった。


「それに、ちょっとややこしいことになっていてね」

「ややこしいこととは?」

「アルス・ヤディール殿とジャック・ビュエラ殿、それからテオドール王子殿下三人での逢瀬の内容だった」


 ミランとリオルの目が大きく開かれる。

 映像自体の閲覧が制限される内容という前提からすると、要するに三人で不貞の言い逃れができない状況を作っていたということになる。


(だからメディはあの日早々に帰ったのか)


 証拠が確保できそうだ、と言われて協力したあの日。普段であれば成功しても失敗しても内容を話してくるメディフェルアが、証拠確保のため偽装した体調不良を理由にそのまま早退したのだ。

 映像を撮るためにそれを見ていたであろうメディフェルアの心労が計り知れない。

 

「……そうですか」


 しばらく間をおいて、ミランは淡々と感情を込めない声でそう呟いた。

 だが、膝の上に置かれた手は握り込まれ、ぐ、と力が込められている。


「どうする?証拠を送るかい?」

「…いえ。もう一押しがほしいので、まだ預かっていてもらえますか」

「もちろん」


 これではまだ、足りない。そう言わんばかりの申し出に、リオルはきゅっと口を一文字に結んで俯いた。

 この程度の不貞の証拠だけでは動いてくれないだろうとミランはグランパス伯爵を分析しているようだった。父なのに。家族なのに。


(ミラン先輩が、こんなに嫌がってるのに)


 どうしてこの人の幸せを願ってやれないのだろうか。

 庶民の考えかもしれないが、貴族だって、自分の家族が幸せになってほしいと思えないのだろうか。


「リオル」


 ミランから声がかかって、リオルはゆっくり顔をあげる。

 彼は苦笑いを浮かべている。そこに怒りなどの感情は見当たらない。


「そんなに握ってると血が出る」

「…ぁ」


 そっと手をとられる。いつの間にか握り込んでいた手のひらは真っ白になっていて、爪が食い込んだ痕がくっきりとついていた。


「ありがとう」

「え?」

「君がここにいてくれたから、落ち着いて聞けたと思う。ウォレス神父様も、彼の同席を許可いただき感謝いたします」

「内容が内容だから本来なら君ひとりで聞くべきだったんだろうけれど…リオルも事情を知っているし、いいかと思ったんだ。それが君の精神の安定に繋がったなら、良かったよ」


 ここに案内したとき、リオルは一度部屋から出ようとした。

 本来ならリオルが聞いてはいけない内容なのだ。事情は知っていてもセンシティブな内容だから。

 けれどミランは、リオルの同席を望んだ。ウォレスもそんなミランの様子を見て許可した。


 貴族子息らしく、立派で、勉強もできて、頼りになると思っていたミランに逆に頼られたのだと思った瞬間、リオルはぶわ、と頬を赤くした。

 そんなリオルの様子にミランは目を丸くしたが、リオルが照れたのだと思ったのだろう。年相応な笑顔を浮かべる。



 それを見た瞬間、リオルは理解した。

 ミランが好きだと。



 ウォレスはそんな微笑ましい光景を眺めながら、お茶を一口飲んだ。

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