第四話 元悪役令息と元義兄
ここ数日は同じようにカフェテリアに集まっているし、ミランも同じようにひとりでいるのでミランを捕まえることは簡単だった。
「ねー、相席いい?」
リオルがなんと声をかけようかと考えあぐねている間に、メディフェルアはさらっとミランに声をかけてしまった。
身分差から考えると考えられない行動である。リオルの顔から血の気が引いた。
ミランはミランで怪訝そうな表情を浮かべたが、ミランの後ろにいる精霊はぱあっと表情を明るくさせた。
『ミラン、ミラン。味方だよ!』
「は?」
「可愛いリオルのために味方することにしたよ」
「かわいい?」
「メディ、事あるごとにそういうのは止めて…。すみません。その、メディも精霊でして…」
制服を来たメディフェルアは、どこからどう見ても闇属性の人間である。
リオルの小声で告げられた内容に困惑した表情を浮かべたミランだったが、自身の相棒である精霊が喜々としているため害なしと判断したのか、相席を許可した。
メディフェルアは早速、と言わんばかりに席につく。
リオルが持ってきていたトレイを置いて席についた瞬間、カフェテリアが騒がしくなる。
ぴくり、とミランの表情がかすかに動いたが、それはわずかのことでリオルが二度、瞬きした頃には澄まし顔のミランが紅茶を飲んでいた。
「で、そこの精霊さんから助けを求めるような視線を受けてうちのリオルが協力を申し出たわけだけど。具体的には何に困ってるの?」
メディフェルアの唐突な質問に、リオルは飲みかけた水を吹き出しかけた。
ミランは目を細くしながらソーサーにカップを置いてメディフェルアを見つめる。
「…ミストは普段、姿を見せていないんだが。精霊同士だから視えているのか?」
「ミストっていうんだね。いい名前もらったねぇ。私じゃなくて、リオルからの頼みなんだってば」
リオルからの頼みである、ということを強調したメディフェルアの言葉にミランは察したらしい。
視線がリオルへと向けられ、ふむと口元に手が添えられる。
「君は精霊が視えるのか」
「視えすぎ、とも言えます」
「…俺は君たちを知らない。自己紹介してくれないか」
ミランから名乗りを許可されて、リオルはホッと安堵の息を吐いた。
原則、下の身分から声をかけてはならない。名乗りは上の身分の者から問われて初めて可能である。
…というのは、この学園に入学して真っ先に教わったことだ。市井に住む人間としては馴染みのないルールではあるが、ローグレードもハイグレードと交流する機会があるし、成績が良ければ貴族も関わる仕事に就くこともある。
つまり、メディフェルアはこのルールを破っていた。
本来ならミランの視界に入り、頭を下げて声をかけてもらってから用件を述べなければならないのに、よりにもよって敬語もなしに話しかけたのである。
すぐに無礼だと叱られても仕方のない行為だったのに、見逃されたのかはたまた後から何か言われるのか。
なお、メディフェルアとしては人間のルールは知っていても面倒になりそうなときだけ守っていた今までのスタンスを貫いているだけである。
「ローグレード一学年Aクラス、リオルです」
「同じく、メディア」
「…そういうときは、面倒でも所属を述べるんだメディア嬢。あと、敬語は使え。その方がいざこざが少なくなる」
「えー」
(呆れてる)
ミランは怒りは覚えていないようだが、呆れているようだった。
彼の精霊 ―― ミストがクスクスと笑っているから、そこまで気にしていないのかもしれない。
「グランパス伯爵家のミランだ。こいつはミスト」
「敬語…敬語ってどんなんだっけ…」
「あー…メディ、僕のマネをすればいいよ」
「しかし、精霊が人間のフリをして学園に通うなど聞いたことがないな」
『リオルは、愛し子だから。一緒にいたいって言ってた』
「ミストと知り合いなのか?」
「ん~、知り合いといえば、知り合い」
『うん』
いつの間にミランの精霊と接点があったのだろうか。
そこから、他愛もない話をしていたら昼休み終了の鐘が鳴ったので別れた。
その後もミランは必ずカフェテリアで食事を摂っていたので、メディフェルアに連れられてリオルは時折、ミランと一緒に食事を摂る。
いつの間にかメディフェルアがミランのことを「ミラン先輩」と呼び始めた。
まだ名前呼びを許可されていないのに、とリオルが慌てるも「メディア嬢は精霊なんだろう?なら仕方ない」と許可してしまった。ついでに、リオルにも。
一ヶ月も経つ頃には、メディフェルアとリオル、ミランは仲良くなっていた。
リオルとミランは男子寮で一緒なので、時折ロビーで会話を交わすこともある。周囲からは驚愕の視線を向けられていたが、ミランが気にしていないようだったのでリオルも気にしないことにした。
よく会うのはカフェテラスで、人目があるもののメディフェルアが「リオルと楽しい学園生活したいから目立ちたくない」と認識阻害の魔法を使ってるからあまりミランと仲が良いとは周囲にはバレていない、らしい。
今日はミランはまだ来ていないらしく、メディフェルアとリオルは席を確保して座っていた。
いつもならいるのに、と内心首を傾げていると耳慣れたざわつきに視線を向ける。
以前、ミストに睨みつけられていた男子生徒はまたそこにいた。アルスと会話をし、本当に楽しそうに笑っている。
一見すれば友人に見えなくもないが、アルスが他の生徒と話している間にうっとりと見つめているその様からただの友人だと思っていないことはリオルでも察せられた。
「あいつはビュエラ侯爵家三男、ジャックだ。二学年の生徒で、俺の婚約者だな」
「ミラン先輩」
気づけば、ミランが来ていた。相変わらず、ミストは眉間に皺を寄せて男子生徒 ―― ジャックを睨みつけている。
この国の平民では婚約なんて過程はなく、基本恋人を経て夫婦となる。
平民感覚では恋人=婚約の認識だが、仮にも将来夫婦となる相手を放っておいてひとりの男子生徒に傾倒しているのはおかしくないだろうかと感じたリオルの感覚は正しい。
「僕は平民だからよく分からないけど…、ビュエラ様はミラン先輩の婚約者なんですよね」
「いわゆる政略結婚だ。我が家は三世代前に功績によって叙爵された新興貴族だが、羽振りがいい。ビュエラ侯爵家は血筋が古いが、昨年の水害で甚大な被害を被り、援助がほしい。嫡子である俺の婿として、三男のジャック様が婿入りする代わりに無償で支援する契約だった」
「…もう見限ってるんですか?」
察したリオルが問う。
ミランは盛大なため息を吐いて「そうだな」と答えた。
「でも政略的な意味合いも含む婚約なら、そんなあっさりと解消も白紙も破棄もできなさそ~」
「メディア嬢のくせに察しがいいな」
「にゃにおう!?」
「……父上は、上昇志向が強いお方だからな。目の前に動かぬ証拠を並べ、我が家に取り込めば悪影響を及ぼすと突きつけなければ動かんよ」
ぽつりとそう零れたミランの声色には半ば諦めの色が混じっていた。
ミランは伯爵家に連なるものだが、当主でもなんでもない。まだ庇護下に入っている未成年である。
当主である父親の意向に逆らえるほどの地盤も、実力もまだ身につけていなかった。
「…ありきたりな言葉になりますけど、貴族も大変なんですね」
「まぁな。そういった面ではお前らが羨ましいよ」
リオルの問いに苦笑いしながら、ミランはそう答えた。
ミストもミランの境遇を理解しているらしく、苦笑いを浮かべている。
(…意に沿わない結婚って、しんどいだろうに)
何でもない、という風に振る舞えるミランにどれほどの心労がかかっているのだろう。
そう、リオルが心配していると唐突にガタンとメディフェルアが立ち上がった。
リオルもミランも、ミストですらメディフェルアを見上げる。
「ミラン先輩」
「なんだ」
「もし、その証拠が揃えられるなら、婚約破棄なりなんなりできる?」
「……メディア嬢。何を考えてる?」
「メディ?」
リオルは嫌な予感が拭えない。
にぃ、と笑みを深くしているときのメディフェルアは本能で突き進んでいるときだ。
人間と精霊の常識が異なる、と突きつけられるとき。
「私を誰だとお思いか?」
ミランがリオルを見たのに気づき、リオルもミランを見返した。
ミランは明らかに困惑している。それに同情をしながら、リオルは「諦めて」と苦笑いを浮かべて返した。
「だいじょーぶ!ミラン先輩は、婚約が解消なり破棄なりされたあとのことを考えて!お任せあれ!」
こういうときのメディフェルアは、止まらないことをリオルは知っている。
リオルが言って多少(人間にとって)改善されるとはいえ目的が変わることはない。
リオルができることはせいぜい、メディフェルアの周囲への影響を極力小さくすることぐらいだ。
早速、とばかりに周囲の野良精霊とコソコソと話をしだしたメディフェルアに、ミランは困惑しっぱなしだ。
「…大丈夫なのか?」
「目的を達成するという意味では大丈夫です…まあ、過程は…精霊なので」
「ああ…」
ミランも精霊の常識については知っているらしい。
だが強く止めないところを見ると、ミランも現在の婚約者であるジャックとの婚約関係には辟易としているようだ。
「可能であれば、向こう有責による破棄が良いが」
ミランがぽつりと呟いたその願望が叶えられるとは、この場にいた人間は誰も知らない。
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