第2話 隊長と高級料理
「戻りましたよ~っと。」
詰め所に顔を出すといつものように山のように積みあがった書類に埋もれて顔が見えないミハイル姉さんが返事をしてくれる。
「その声はクライムか?お疲れ様。レイシアはどうした?一緒じゃないのか。」
「あ~なんか見回り続けるらしいっすよ。すげえっすよねー。」
「すげえっすよねー、じゃないんだよ。全く…。まあいい。ゆっくりしていろ。」
「うーい。」
ドラゴンを国に持ち帰って色々手続きをしていたら昼のピークをとっくに過ぎてしまっていた。
真面目一徹なレイシアさまとそのまま一緒に見回りをするのは気が引けたので詰め所に戻った次第だ。
「しっかし誰もいないっすねえ、詰め所で他の隊員あんま見たこと無いんすけどホントに来てるんすか?」
「ん?そうだな…正直顔を見るのはお前が一番多いな。次点で…レイシアか。他の奴はほとんど来んな。」
「自由過ぎでしょ。俺がどんだけ真面目かって話っすよ。」
任務の時は一緒になるため他の隊員とも顔を合わせたことが無いわけではないが逆に言うとそれ以外の時は碌に会わない。
全員が見回り…というわけでもなく俺と同様ただのさぼりだの昼間っから酒を飲んでるだのまあ酷いもんだ。
「全員、任務をすっぽかすってのは見たこと無いんすけどねえ。」
「あんまりすっぽかされたらクビにするがね。」
全体的に体の小さなミハイル隊長がぐるぐると肩を回す。
上司にこういうのは失礼だがどこか子供っぽい感じで素直に目上の人間だと感じられない。
それにまあ本人が口調に文句を言ってこないので俺もやや砕けた話し方に落ち着いてしまった。
「ふう…、書類もやっと落ち着いた。どうだ、飯でも食べに行くかクライム。どうせまだ食べてないんだろ。」
「お、いいですねえ~。あそこいきましょ、鯨飲亭。一度行ってみたかったんすよ。」
「言っておくが奢らないぞ。」
「ええ?そんな殺生なあ…。」
「冗談だ。ほら、行くぞ。」
よかったよかった。年下に奢られるのは人として、いや男としてどうなのかと思われるかもしれないが俺は気にしない。
妙なプライドは棄てちまった方が気楽に生きられるってもんだ。
隊長に誘われるままに俺は高級料理店へと足を向けた。
◆◇◆
「おお~さすが王国でも随一の料理屋。雰囲気から違うんすね。」
「あまりはしゃぐな。子供じゃああるまいし。」
明らかに俺より子供っぽい隊長に言われると流石に恥ずかしいものがあった。
一応個室に通されてるので誰に見られるというものでもないがきまりが悪い。
プライドを捨てたといっても恥を知らないという領域には踏み込めていないのが俺の未熟さか。
「しかし、お前は此処に来たこと無かったのか?金に困るってわけでもないだろう。」
豪勢な個室の椅子に腰かけて隊長が俺に尋ねる。
「困ってますよ。最近仲良くなった女の子へのプレゼントに香水とかお洋服とか色々出費があるんです。」
「どうせ1週間もしたら振られるんだからそんな風に金を使うもんじゃないよ。」
「酷い!!」
なんて事をいうんだ。確かに今付き合ってる彼女は歴代で…確か8人目だけど。でも今度こそ大丈夫なはずだ。多分、きっと。
「お前とちょっと話したら分かるんだよ。他人に興味が無いってことがな。」
「なんてこと言うんすか!いくら姉さんでも言っていい事と悪い事ってもんが…」
「思ってもないことをいうな。」
手厳しいったらありゃしない。日を追うごとに隊長の俺への接し方ってもんが悪くなってきている気がする。
「少しは私にも興味を持ったらどうだ?クライム。」
「いつだって俺は姉さんに興味津々っすよ。なんなら今の彼女と別れて隊長とお付き合いを始めたって…。」
「そういう所がダメなんだよ全く…。あと姉さんと呼ぶな。」
すげなく振られてしまった。実を言うと隊長には何度かアタックしているのだがことごとく撃沈している。
一体何がダメなんだろうか。
折角イイお店に来ているというのにこうも手酷く振られては気分もダダ下がり…と思っていたがガラガラ、と扉が開く。
「お待たせしました。コース料理の前菜になります。」
店員が普段お目にかかることの無いようなコース料理の前菜とやらを持ってくる。
これは…マンドラゴラか?食えるの?
「こちら、マンドラゴラのピンチョスになります。」
出てきたのはなんというか…キワモノって感じの料理。ベーコンか何かをマンドラゴラで挟んで串でまとめている。
「こりゃあ…すごいな。」
なんつーか…あまり食う気にならねえな…。だってこっち見てるもん。苦痛の表情を浮かべたマンドラゴラがこっち見てるもん。
「…?何をしてるほら、食べるぞ。」
いやここに来たいって言ったのは俺だけどさ…こんな常識の一歩先を行く掟破りな飯が出てくるとは思わないじゃん。
早くしろと言わんばかりの隊長の目に屈してマンドラゴラさんに手を付けようとすると隊長の様子が変わる。
「っと…すまん。ちょっと待て。」
吐き捨てるような言い方で隊長が人差し指でトン、トン、トン、とこめかみの部分を叩き始める。
どうやら脳内伝達をしているらしい。という事はまさか…。
「いい顔をするじゃないかクライム。予想は大当たりだ。今日は忙しいな。」
「噓でしょお…。俺お腹ペコペコっすよ?ここからめっちゃ遠いとかないんすか?」
「残念すぐそこだ。ほら、宿屋があるだろう。あのー結構高い所。」
「アリアドネっすか?すぐそこじゃないっすか…。」
俺が現場に出向くのが確定した。今日は厄日だなまじで。
「いわゆるジャックだ。宿屋にいる全員を人質に取っている。首謀者はカルト集団で10人以上。要求は国王の首、つまりは飲めないってわけだ。」
なんかめんどくさそうな案件だ。まあS級以上の任務しか来ないわけで、ドラゴン討伐みたいなわかりやすいものの方が珍しい。
「そう肩を落とすな。まあ、なんだ。終わったら私が何か食べれる物を用意しておく。」
「ホントに!?言いましたからね!?姉さんの手料理のためならいくらでも働きますよ!!じゃ、行ってきまーす!!」
「おい、待て!誰も手料理を作るとは…」
姉さんが何か言っていた気がするが店を駆け出していた俺の耳には届かなかった。
◆◇◆
店を出て走る事数分、すぐに現場の宿屋アリアドネに着いた。
宿屋の周りは既に衛兵たちに取り囲まれており、ジャックを行ったカルト集団との交渉を行っていた。
「早く中の者たちを解放しろ!今ならまだ罪は軽くなる!」
「罪?罪深いのは貴様らだ…現国王の奴隷たる貴様らの無知蒙昧さこそが!何よりも恥ずべき罪だ…。」
窓から顔を出した首謀者らしきリーダー格の男が衛兵の言葉に対して何やら言っている。
まあ大抵カルト集団の思想って理解に苦しむものが多いし、発言も大方わからないことが多い。
「1時間だ。1時間以内に俺たちの前に王の首を持ってこなければこの宿屋を我々ごと破壊する。」
そういうとリーダーらしき男は手をかざして魔法陣を作る。
アレは…。土と火…爆発系だったか?自分たちもろとも木っ端微塵、とでもいいたいのだろうか。
俺の使う属性とやや被ってるのがムカつくが…、
「ん?おい、
衛兵に紛れて宿屋の様子をうかがう俺に後ろから声をかけたのは特殊部隊の一人。
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