異世界に転生した犯罪者が正義の側に立つ話
狼と子羊
第1話 特殊部隊のお仕事
「誰も見ていないとわかり切っている場合、君は犯罪を犯せるか?」
俺の問いかけに対して当然とでも言わんばかりの表情で彼は言う。
「犯さないわけが無い。」と。
「いやいや、中には善性に従って法を守るやつだっているはずだ。」
「誰にも見られず、極大のメリットが目の前にあるのに法を気にして何もしないなんてそんなの人間じゃないよ。」
あんまりだろう。目の前の男の人間像は穿ち過ぎだ。
「まあでも俺達にはあんまり関係のない話だよな。だって―
衆人観衆の前で堂々と犯罪を犯すのが俺達だから
いつかの記憶がふと蘇っていた。あれは確か死ぬ数週間前だった気がする。
ま、いわゆる前世の事など考えたって仕方がない。終わったことだ。
体を起こしてカーテンを開け、朝日を浴びる。いつも通りの時間、寝坊も今日はなしだ。
「今日も今日とて肉体労働か、あんまり俺の得意じゃあないんだがなあ…。」
犯罪者としての生を終え、気が付いたら俺は第二の生を別の世界で歩んでいた。
およそ3歳ぐらいの頃に前世の記憶ってやつが脳内に流れ込んだ。
驚いたぜ?こんなクズ野郎が前世だったなんてね。受け入れちまったらそれまでだが。
いそいそと着替えをしながら生まれ変わりの時について考えていたがもう止めだ。時間がない。
「そろそろ行かないとどやされちゃうよ~。」
誰にも届かない独り言が宙に消え、親衛隊の格好に身を包み、いつもの通りのルーティーンを行う。
「うん、やっぱり俺は正常だ。」
巨大な姿見の前で確認をして家を出る。仕事の時間だ。
◆◇◆
魔法国家レイメイ。魔法学においても科学においても大陸の先をいくこの国では進歩による賑わいの代償に治安の悪さが有名でもある。
つまりは俺の職場は今日も今日とてブラック染みた働き方を要されるというわけだ。
「おはようございまーす。」
詰め所に来てやることは挨拶。まあどちらかと言えば人としての義務だろうか。
「遅いなクライム。今日は昨日より23分遅い到着だ。熱意を感じられないな。」
「すんませんミハイル姉さん。今日は空がきれいだったもんで見惚れてました。」
「姉さんをつけるなといつも言ってるだろう。私はお前より年下だ。」
俺に目もくれず膨大な量の書類仕事をこなし続けるのはミハイル隊長。まあ俺の上司って説明が早いだろうな、年下だけど。
「ん?何をしてる、早く外回りに行け。他の者はもう出払っているぞ。」
「来たばっかりじゃないっすか、ちょっとゆっくりさせてくださいよ。」
「我々にゆっくりなどという言葉は無い。いつ何時でもこの街の治安に貢献し続けろ。」
ワーカ―ホリック極まっている隊長様の思考は理解できない域に来ている。
つーか他の隊員もどんだけ働くの好きなんだよ。
「ウチは特殊部隊でしょ?本来見回りとかしなくていいんじゃなかったでしたっけ?」
「しなくてもいいがしてもいいんだからやるんだよ。ほら行った行った。」
「ういーっす。」
何度も抗議してるんだが流石にこう言われると見回りに行かざるを得ない。
詰め所に顔出しだけしてとんぼ返りするように外に出た。
◆◇◆
「おい、さぼりか?クライム。」
「やだなあ、そんなわけないじゃん。さっき空に怪しげな魔法陣が出たんで念入りに調査してるんだよ。」
魔法国家レイメイのなかでも随一の大きさを誇るアスール公園のベンチで空中の捜査というさぼりをしているところを隊員の一人に見つかってしまった。
長く伸びたブロンドの髪に俺より少しだけ高い身長。心身ともに俺よりイケメンな女レイシアが其処に立っていた。
「
「大事なのは結果だろ?レイシア。仕事ちゃんとやってんだからそれでいいと思うけどねえ…。」
実際、俺達特殊部隊の仕事は上から与えられた任務の遂行のみ、あとは自由って触れ込みだから色々楽をしたくて入ったんだけどなあ…。
「今更だ、報告もしないが精々クビを切られないように用心することだな。」
「まあ、そん時はそん時だよ。ミハイル姉さんのヒモにでもなろうかな。あの人金持ってそうだし。」
「やはりお前は一度死んだ方がいい。」
まあ一度死んでるんだけどね。死のうが死ぬまいが人間は変わらない。
「まあいい、私は見回りに戻…。」
レイシアが立ち去ろうとした時、俺たちの脳内にメッセージが飛んでくる。ミハイル姉さんのいつもの伝令魔法だ。
「仕事だ貴様ら。街よりやや南西の平野にて何らかの竜種が確認されたらしい。対応に当たれ。今街で近いのは…クライムとレイシアか。なら二人で行ってこい。残りのものは余裕があれば行くといい。では。」
一方的な命令を下されたあとは静けさが脳内を埋め尽くす。何時になってもいきなり頭ん中に言葉が響く感覚は慣れない。
「うわー…竜種かよ…。だる。」
「泣き言を言ってないでさっさと行くぞクライム。まさかこれもサボるとは言わないよな?」
「いやいやまさか。タノシイことするための苦労は惜しまない主義なんでね。クビにならない程度に頑張るさ。」
座っていたベンチから立ち上がり急いで指示された平野の方へとレイシアと共に向かう。レイシアの脚があんまりにも早いもんでちょっと置いてかれそうになったのは内緒だ。
◆◇◆
「到着ぅ…。」
「ん?おい疲れたわけじゃないよな。クライム。」
「はは…まさか。」
ぜえぜえ息を切らして肩を揺らしていてはどんな反論も無意味でしかないだろう。大体、公園から平野まで結構な距離あるのになんでこの女は息の一つも切らしてねえんだよ。
「しかし…でかいな。今回のは。」
平野に着く前から巨大すぎてぼんやりとシルエットが見えるほどの巨体に思わず言葉が漏れる。
竜種にカテゴリされるいわゆるドラゴンが野を闊歩していた。およそ人間が立ち向かうような相手ではない。本来は。
「これほどの相手は久しぶりだな、どれ、今日はコイツを使うか。」
レイシアが嬉しそうな顔をしながら空中に手を伸ばすとどこからともなく武器が引き抜かれる。
出てきたのは…なんだったか…。そうそう
刀身が2mを越していることを除けば使い勝手のいい刀だろう。
スッと優美な身のこなしで刀身を抜いて構えをとる。どういう身のこなしをしたらこんな刀を使うことができるんだろうね全く。
「私は勝手にやる。お前も勝手にやれ。」
そう言い残して大地を蹴り飛ばし、レイシアは一気にドラゴンの方へと距離を詰める。
「ういー。」
気の抜けた返事をして俺も行動を開始する。
両手を天に掲げて一気に横に振り抜き魔法陣を作る。
「どうせ首狙いなんだろ?」
レイシアが大した身のこなしをしていようが届かなければ全て無意味。逆に言えば届けばアイツはどうにかするってことでもある。
「地脈操作壱号 地歩き」
俺の魔法の詠唱と共に走り続けるレイシアの前方の地面が独りでに立ち上がり上空、ドラゴンの首元へと道を作る。
いい加減に向こうも走り込んでくる人間に気づいたようで敵対者へ向けて喉が赤熱し始める。
「あー…伍号
右手の魔法陣にちょっと手を加えて呼び出す呪文を変えるとレイシアの足元が爆発したかの如く空にせり出す。
当然レイシアは空中に飛び上がりドラゴンがため込んだブレスは空振り。そのままの勢いで彼女は竜にとびかかると
「ハッ!」
たった一息で馬鹿みたいに長い刀で一閃。頭と胴体が泣き別れし、数秒と経たずに巨大な図体が地面に倒れ伏すこととなった。
「すげえなおい。あ、やっべ…。」
流石にこれほどの巨体が倒れるさまは壮観だったが眼を奪われるあまり着地用の柔らかな地面を作るのを忘れていた。
「まあどうせ大丈夫だろ。」
大して心配もせずに彼女と倒れたドラゴン様の方へと向かっていった。
◆◇◆
「お疲れさーんレイシア先生。」
「どうした急に気色の悪い。」
「いやほら…。地面固くなかったかなって。」
「ん?ああそういえばそうだったな。まあ気にしなくていいさ。アレぐらいの高さなら怪我などするはずもない。」
30mくらいの高さから着地して怪我一つしないヤツを俺は人間と呼びたくないがね。
「しかし…、なんだ。これは我々が対処するほどの相手だったか?」
「まあS級相当ではあるんだろうよ。じゃねえとウチに回ってこねえし。」
「そうか…ならいいんだが。私としてはもっとこう倒しがいのある相手をだな。」
「この前SSS級の馬鹿みたいな狼倒したばっかりだろうがよ。俺はもう当分そういうのはお腹いっぱいだよ。」
先日出遭った首が3つある狼はヤバかった。なんか名前あったよな?ケル…なんとか。まあいい。
「疲れたしさっさと帰ろうぜレイシア。どうせこいつも引っ張って帰るんだろ?」
「ああ。死体があるなら研究に使うと言っていた。」
「こんなでかいもん持ち帰ってもどこに置いとくんだって話だけどな。」
愚痴を言いながらも竜の死骸の下にある大地を操作して適当に運びやすいように荷車のような構造を作る。
あとは馬鹿力のレイシアに引っ張って行ってもらえばいい。
これが俺の所属する特殊部隊ハウンドの任務。
魔法国家レイメイにおいてS級以上の任務が発生した際に迅速に処理をするのが今の俺のお仕事だ。
はあ…まったくもってツマラナイよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます