⑤

「何が飲みたい?」


 私が、自動販売機の前で訊くと、


「では、コーヒーのブラックでお願いしようかな。ホットで」


 なんて期待を裏切らないのだろう、この子は。私は、一五〇円の缶コーヒーのボタンを押す、カコンと音がして、下から缶コーヒーを取り出す。


 じゃあ、私はカフェオレかな。ボタンを押し、カフェオレを取り出す。私も大人の余裕でブラックとしたいどころだが、あの苦さがどうにも苦手だった。なので、多少甘くせねばコーヒーは飲めない。


 だったら、コーヒー自体を止めればいいのだが、しかし、なんだか知らぬが、気が付けば飲んでしまう。それも、また不思議。


「はい。お待たせ」

「誠、感謝の極み」

「あなた、そんなキャラじゃないでしょ」


 この子とは、出会って一時間も経っていないが、この子がこんな口調で話す子ではないという事は判る。


「おや、お気に召さないかい?」

「うん。そっちでお願い」


 この子は、服装がそうさせるのか、それともこの子の雰囲気がそうさせるのか。判らないが、この子はその口調が合っている。


「ありがたく、いただくよ」


 缶コーヒーを私の手から受け取ると、プルタブで開け、一口飲む。私もいただこうかな。


 うん、程よいこの甘さが苦さを中和していて美味しい。


「それで、ボクをお茶会に誘った理由を聞かせて貰えるかい?」


 ベンチの横に座る私に、問い掛ける。そうだよね、誘ったのは私なわけだし。う

ーん、いきなり単刀直入に訊くのは、どうしてもなー。よし、ここは軽いジャブから入るとしよう。


「あなたは、この町の人ではないわよね?」

「うん、そうだよ。この町には最近来たんだ」


 やっぱり。


「旅行か何か?」

「旅と言えば旅かもしれないね」


 なんだ、その返しは?


「あなた一人で来たの?」

「そうだね。ここには一人で来たね」


 えっ、こんな子どもが一人で来たの? 


「言っておくけど、ボクは立派なレディで成人しているよ」

「えっ⁉」


 今日一番の驚きの声が私の口から飛び出す。


「おやおや、やはりボクの事をそういう風に見ていたんだね」

「それは、だって……」


 どこから、どう見たって子どもにしか……。


「やれやれ、駄目だよ。人を見た目で判断してしまっては、ボクは寛容だが、人によ

っては烈火の如き、怒り出して、キミを八つ裂きにしてしまうかもしれないよ」

「…………本当はすごい怒っていたりする?」

「まさか」


 それにしては、例えに出す言葉が物騒過ぎるのだけれど。


「さて、冗談はここまでにして。そろそろ本題に入ってくれるとボクとしては、嬉しのだけれど」


 そういう言葉と、眼に私は無意識に唾を飲み込む。ば、ばれている。


「もし、言いにくいようなら、ボクが当ててあげようか?」


 そんな事を私に提案してくる。


「わ、判るの?」


 私の動揺している言葉を聞きながら、口角を上げる。


「先日の火事の一件を訊きたいんじゃないのかい?」

「!」


 本当に私の心が判っているのではないのだろうか。淀みの無い言葉に、私は冷や汗が出る。


「どうして、そう思うの?」


 私なりの意地とでも言うべきか、私はそう訊き返す。こんな意地は、若干の声の震

えから相手には悟られてしまっているだろうが。


 しかし、相手は訊き返した私に対して、さほど気にしてもいないのか、答えてくれる。


「だって、キミもあの現場に居ただろう。そして、さっきボクにこの町の人間か? と訊いたね。あの現場にこの町の人間でないボクが居れば、キミの目に入ったはず。そして、キミは恐らくだが、ボクがあの時呟いた言葉に引っ掛かりを覚え、それを知る為にボクにお茶会の誘いを出した。違うかい?」

「そ……」


 言葉に詰まってしまった。


「その通りです」


 そこまで知られているのなら、変に取り繕ってもしょうがない。私は素直に降参を認める。


「うん、素直でいいね。好感が持てるよ」


 そう言って、またコーヒーを一口飲む。相手のコクリと喉が鳴る。


「それじゃあ、教えてくれるの? あの言葉の意味を?」

「教えてあげたいのだけれど」


 そう言って、大仰に缶コーヒーを持っていない方の手を振る。


「忘れてしまった」

「……」


 この子は冗談を言っているのだろうか。いや、待って。これは、もしかして私は試されているのではないのだろうか? だって、さっきの私の意図を読み取った目の前のこの子が、自分の言った事を忘れてしまったなどと言うだろうか? そうだ、きっと私の口からその言葉が出るのを待っているんだ。 


 コホンとわざとらしい咳払いを一つ挟む。


「あなたは、こう言ったのよ。『やれやれ、これは厄介そうだ』『もう、ここには居ない、かな』って」


 私の少しだけ似せたモノマネに、パチパチと拍手が贈られる。


「いや、お見事。まさか一言一句たがわず、言い切るとは。しかも、間の取り方まで完璧だ。もし、ここ点数ボードがあるなら、ボクは迷わず満点を出すね」


「い、いやー」


 凄い絶賛の嵐に照れてしまう。


「って、そうじゃなくて、これで教えてくれるのよね?」

「うーん、キミの頑張りに、ボクとしても応えなくてはいけないね。と言っても、一体何から話すべきかな」


 どう切り出すかを悩んでいるみたいだった。相手の順序があるのかもしれないが、私はそれを待てずに切り出してしまう。


「あの火事は、ただの火事ではないのね?」


 これは、私がずっと気になっていた事だった。まずは、これを聞かない事には、どうにも落ち着かなかった。自分の段取りがあったのかもしれないが、気にも留めた様子はなく、すんなりと答えてくれる。


「そうだよ」


 私が、内心でやっぱり自分の勘は当たっていた事に、興奮した。やっぱり、あれは事件なんだ!


「じゃ、じゃあ、放火って事なのね」


 そう言う私に、


「放火…とは少し違うかな」

「はい?」


 私の言葉は、否定される。


「さっき、ただの火事じゃないって」

「放火というのは、人が自らの手で火を放つ事だろ。今回の火事は、そうではないよ」

「?」


 どういう事? 放火でないなら、なんだと言うんだろう。頭に?マークを浮かべる私に、更なる疑問を落とされる。


「あれは『創想像スピレ』の仕業だよ」

「……『創想像スピレ?』」


 そんな聞いた事もない言葉を聞かされたのであった。


「まあ、そうなるよね。普通に生活していれば、そうそう聞く事なんて無いだろうし」


 彼女は微笑む。

 

 その瞬間、私は訊かずにはいられなかった。


「あなた、何なの?」


 彼女は、空になった缶コーヒーを空中へと放る。それは綺麗な弧を描き、まるで吸い込まれたかのように、ゴミ箱にカランと入る。


 そして、舞台上の演者が、カーテンコールに応えるかのように右手を胸へと当て、一礼する。


「ボクは白詩乃兎『司書ライブラ』さ。『創想像スピレ』を蒐集し、管理する者だよ」

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